キルアが斬る! 作:コウモリ
昼下がりの帝都は何時ものように賑わいを見せている。特に今日の賑わいは一際大きく感じられた。何故ならば、帝都の中心で武大会が開催されていたからである。血気盛んな出場者や彼らの熱い戦いを見ようという客で街中がごった返していた。
「勝者、タツミ!」
「よっしゃ!」
勝ち名乗りを受け、子供のように無邪気な顔で喜ぶタツミ。彼は、この武大会へと参加していたのであった。いくら手配書が出回っていないとはいえ、仮にもナイトレイドである彼がこのような目立つ行動に出ているのには理由がある。
一つは単純な腕試し。ナイトレイドの一員として鍛え、今では帝具をも手にした彼が、生き死にとは別に他人と競い合い、自身がどれくらい強くなったのかを確かめたいと思うのは戦士として自然な感情であった。特に帝都中から我こそはという人間が集まってくるこの武大会はその格好の場である。タツミの性格からして、気合いが入らないわけがない。
そして、もう一つの理由はこの武大会の主催者にあった。その人物は、エスデス。ナイトレイドにとって目下の敵である。竜船でタツミたちを襲ったナイトレイドを騙っていた連中もそのエスデスの直属の部下と名乗っていた。彼らは結果的にブラートを再起不能へと追い込む程の強敵であった。それよりも更に強いとされるエスデス。それが、今この場にいる。
「…………」
タツミはなるべく意識はせずに周囲を見回す。チラッと視界に入ったのは、特別なゲストなどを招く貴賓席の存在。ここからではよく見えないが、エスデスがいるとすればあの場所だろう。彼女が何故、急にこんな大会を開催したかその意図は分からないが、敵情視察のチャンスでもあるとタツミは考え、参加を志願したのであった。
(…あまり見ると、不審に思われるかな?)
タツミは演技が上手い方ではない。だから、なるべく自然体でいるように努めていた。
(次は決勝か…。あまり目立ちたくは無いけど、わざと負けるのも違うと思うし難しいな…)
決勝戦をどう戦うか、タツミが思案していた一方で、キルアはラバックと一緒に客席にいた。
「ま、このままなら普通にアイツが優勝だろうな」
キルアが欠伸混じりで言う。あまり面白そうでは無い様子だ。ラバックがポツリと尋ねた。
「…なあ、何でお前は出なかったんだ?お前の実力なら優勝間違いないだろ?」
「は?何で?」
即答であった。
「こちらからわざわざ敵に姿を見せるとか常識的にあり得ねーし」
「…お前ならそう言うと思ったよ」
「ま、仮に俺が出てたとしたら片手だけで全部終わらせるけどね」
ラバックには、それが冗談に聞こえなかった。確かにキルアであれば、この程度の相手は余裕であろう。実質、帝具使いを何人もその手で倒しているのだから。
「…お?勝ったなアイツ。優勝じゃん」
舞台上では、タツミが決勝戦の相手に完全勝利し、ガッツポーズを決めているのが見えた。
「…タツミはどんどん強くなっていってるな。出会った頃とは大違いだ」
「そう?」
「今では帝具まで持ってるしな」
「ふーん」
二人でそんな会話をしていると優勝したタツミの元へ長身の女性が歩いていくのが見えた。
「!!」
瞬間、キルアは思わず視線を彼女へ向ける。
(なるほど、あの女がエスデスか)
キルアは一目でそれを確信した。
(…念使いじゃないのは、絶を全く使って無いことから間違いないだろうけど、それにしても奴の身体中から迸るオーラの量が桁外れだ。帝具から放たれるオーラに似ていることから考えっと、奴の帝具は体内にあるってことか?)
凝を使って敵を見ながらキルアはそう考えていた。
「あ!タツミが!!」
エスデスと思わしき女は一瞬でタツミを失神させると、そのまま肩に担いでスタスタと去って行ってしまう。一連の行動があまりに鮮やかすぎて、ラバックは助けに入ることさえ出来なかった。
「まさか…タツミがナイトレイドだってバレたのか?」
「いや、それはねーと思うぜ?もしバレてたら、直前までアイツと一緒にいた俺たちがこうしてスルーされるなんて有り得ないからな」
「じゃあ何で?」
「さあな」
「…取り敢えず、ボスに報告だ!戻るぞ!」
「先に行っててよ。俺は少しアイツらの足取りを追うから」
「!?おま…、いや…」
仲間意識から一瞬、キルアを止めようとしたが、結局ラバックは押し黙ってしまった。
「…先に行ってるからな」
「ああ」
そう言ってラバックは会場から出て、アジトへと戻って行った。
一方、残ったキルアはエスデスたちの後を追…わないで、足元のネズミを拾い上げて、急いで会場から出た。そして、人目につかない路地へ回ると、ネズミを何度も撫でる。
「……出たか」
カガリの声。
「そっちはどうだ?」
「ああ。エスデスって奴の部下ってのと戦った。少し手こずったけど、まあ倒せたよ」
「倒せた…って、エスデスの部下って言ったら、まさか三獣士のことか?」
「そういや、名前とか聞くの忘れてたな」
「驚いたな…」
(三獣士を退けるとはな…流石はプロハンターだ)
「で、そっちは?何かあったから連絡寄越したんだろ?」
「ああ」
カガリはコクリと頷く。実際にその姿は見えないが、そうと分かる間であった。
「エスデスはどうやら新しい部隊を結成したらしい。名前は特殊警察イェーガーズ」
「イェーガーズ…ねえ」
「全員が帝具使いのようだ」
「ふーん」
「…リアクション薄いな」
「だって、そのエスデスの部下で帝具使いって、船でやった連中と何か違うわけ?」
「まあ、それを言われたらそうなんだが…」
「話ってそれだけ?」
「…これは、あくまで俺の直感なんだが」
「?」
「……嫌な予感がする」
シンプルな忠告。その言葉の重みをキルアは何処と無く感じ取っていた。
「…ああ、分かったよ」
「気を付けろよ?お前にそんな心配は無用かも知れんが、現在のパートナーとして、年長者として忠告だけはさせて貰ったぞ」
「ま、無理はしねーから安心しろ。それよりアンタのが心配だよ。弱いんだろ、アンタ?」
「フッ、そうだったな。人の心配を出来るほど俺は強くは無かったな」
「アンタこそ死ぬなよ。例の件もあるしな」
「ああ。また、何かあったら連絡する」
「あ、それとナイトレイドの一人がエスデスに拉致られたから、可能だったらそっちで見てくんね?タツミとかいう名前だったと思うけど」
「ああ。そいつに関しても何かあったら連絡する。じゃあな」
直後、ネズミは憑き物が落ちたかのようになり、キルアの手から逃げて行った。
(嫌な予感、ねえ)
プロだからこそ、そういった直感は信頼に値する。カガリはハンターではなくても間違いなくプロフェッショナルである。そのカガリが言うのだから、気に止める価値はあるだろう。
「…取り敢えずアジトに帰るか」
キルアは踵を返した。
「……ふう」
一人の男が暗い廃墟の中で椅子に腰掛けていた。
「……ああ、あの人は間違いなく私の女王になってくれる方だった」
男はまるでオペラ劇のように感情を込めて言う。周囲に人の気配はまるでない。
「エスデス様…何故私をお選びにならなかったのか。帝具とやらを持っていないからですか?」
男の一人芝居は続く。
「…主亡き私に再び手を差し出して下さいませ、エスデス様」
その時、陽の光が廃墟の中へと差し込んだ。男の周囲には、あちこちを食い千切られた死体が幾つも転がっている。
「我が女王!」
男の口回りは紅色に染まっていた。