キルアが斬る! 作:コウモリ
(あの子……)
Dr.スタイリッシュは最初から不審に思っていた。
エスデスが連れてきた少年。名をタツミと言ったか。見込みがあるということだったが、彼の中ではタツミに対して強い違和感があった。
(私たちに心を全く許していないようね)
無理矢理連れてこられたのだから多少の警戒心は仕方がない。だが、それにしては接し方が慎重過ぎるように思う。クロメに関しては探るような質問もしていた。
他の仲間たちはあまり彼に疑念を抱いてはいないようだが、自身が疑い過ぎなのだろうか。
(オーガ、セリュー…………)
知り合い、それもそこそこの付き合いだった者たちが僅かな期間で二人も殺された。目下の敵ナイトレイドに、である。そのことが、彼にとって小さくない出来事であったのは確かであった。
他者を実験体としか見られない彼にとって、オーガは唯一と言っていい話せる知人であった。
セリューに関しては、それこそ当初はいい実験体以外の何者でも無かったが、健気に改造を繰り返しては嬉しそうに報告する彼女に対して、僅かながら親心のようなものが芽生えてきてる自分に驚いたものであった。
二人の存在は実験と研究に狂い、人間らしさを失いつつあった彼にとっての一匙のオアシスだったのかも知れない。
それが突然一気に奪われたのだから、色々と過敏になっていてもおかしくはない。Dr.スタイリッシュは自身に沸いてくるその感覚を信じることにした。
(あの子は、注意した方がいいかもね)
Dr.スタイリッシュの直感。
結論から言えば、それは正しかった。
そのことが分かる時は意外と早く訪れる。それは、賊の討伐任務にタツミを同行させた時であった。
他の者が任務に集中する中、Dr.スタイリッシュだけはタツミの動向を逐一チェックしていた。そして知ることになる。タツミが実は帝具使いであったこと。そして、どさくさに紛れてナイトレイドの一員と合流したこと。
(やって…くれるじゃない)
Dr.スタイリッシュは怒りに身を震わす。相手がただのスパイか何かならともかく、自身の友人たちを奪ったナイトレイドであったのだ。その怒りは計り知れない。
だが、同時に憎き連中を一網打尽にするチャンスでもある。こういう時の為に彼は自らの私兵を密かに連れていた。自身の手で強化改造を行った強力な手駒たちである。その内の一人、嗅覚を強化させた通称・鼻。彼の鋭敏な嗅覚で僅かに残ったタツミの匂いを追跡する。
そして、見つけた。ナイトレイドのアジトを。
(……クックック。見つけたわよ。ナイトレイド。全員殺した後、あなたたち全員この手で実験台にしてあげるわ!)
復讐、憤怒、欲望、様々な思惑からDr.スタイリッシュはアジトの場所などをすぐにエスデスへ報告はせず、援軍も呼ばなかった。
それは、今宵彼にとって一番のミステイクであった。
エスデスにさらわれたタツミが戻ってきたのは、ほぼ翌日のことである。自力で逃げ出したところを探しに出ていたアカメに保護され、アジトへと帰還した。
アジトでは軽いタツミの帰還パーティーが催される。手のこもった食事や酒がテーブルに並べられ、それぞれがタツミの無事を祝った。
その最中、タツミから連れ去られた理由がナイトレイドであることがバレたからではなく、単に恋人を探していたというエスデスに見初められたからであったということが話された。思わず拍子抜けしてしまいそうになるような理由であったが、そのお陰でエスデスがイェーガーズという組織を作っていたこと、あわよくばタツミをそこへ引き入れようとしていたことなどが分かった。
だが、キルアにとってその辺りの情報は既にカガリから得ていたので、新たな収穫は特に無かったと言える。
「そう言えば、ボスは?」
タツミが尋ねた。ナジェンダの不在は別段珍しいことでは無いが、仲間がさらわれたという状況下において、わざわざ出て行くというのはちょっとやそっとの用事で無いことは想像に難くない。
「革命軍の所だそうだ。もうすぐ帰って来る筈なんだがな」
ブラートが答えた。このタイミングで革命軍へ…と、なれば用件は限られる。例の増員の件だろう。どんな人物が来るのかと各自想像の翼を広げている内に夜は更けた。宴も酣となり、ナジェンダが帰ってくるのは明日になるだろうと、それぞれ就寝の為に自室へと戻っていく。
事件が起きたのは、そんな折りであった。
最初の犠牲者はレオーネであった。酔いを覚ましに外へ出たところを何者かに襲われる。ここがアジトであることから、完全な油断であった。
「カハッ!?」
鋭利なナイフがレオーネの首へ突き刺さり、鮮血が飛び散る。そのままレオーネは倒れ、動かなくなった。
「まず…一人」
黒い影がのそりと動き、素早くその場を立ち去っていった。
これが今宵巻き起こる闘争の開始の合図であることをナイトレイドのメンバーは知る由も無かった。
ただ、一人を除いて。
「へ?」
黒い影、その正体であるトローマは急に世界が百八十度回転したことに戸惑いを覚える。
「…へー、まだ生きてんだ」
感心したような声。トローマの背後に立つキルアのものであった。
「なっ!?貴様、何時の間……」
全てを言い終える前にトローマの首は胴体を離れ、キルアの手で握り潰された。
「…悪ぃな。助け損ねちまった」
キルアは倒れたレオーネに視線を向けながら言った。レオーネは仰向けに倒れたままである。
「ま、お姉さんの敵は取ってやるから、あの世から見てろよな」
「……………………じゃない」
「ん?」
「お姉さん…じゃ、ない!アタシの名前はレオーネ!だって言ってるだろ!」
と、その時、死んだと思われたレオーネが突然ガバッと起き上がってきた。その目は生気に満ちていて、つい先程に明らかな致命傷を受けたとはとても思えない。
「うっそ…。死んだんじゃないの?」
「幽霊でもゾンビでも無いよ!」
そう言ってレオーネは、首に刺さったナイフを抜いた。暫くすると傷口がどんどん塞がっていく。これには流石のキルアも驚きを隠せなかった。
「…驚いたな。すげー回復力じゃん」
「これがアタシの奥の手。あまり見せたく無かったけどね。それに…」
レオーネは拳をパキパキと鳴らした。
「アイツはアタシの手でやりたかったのにぃ!!」
レオーネは悔しそうにキルアを睨み付けた。どうも彼女は、やられたらやり返したいタイプらしい。
「わ、悪ぃ悪ぃ。次は譲るから勘弁してよ?」
「絶対だかんね!?」
(…面倒臭い女だな)
キルアは心の中で呟いた。
「…で、コイツ一体何者なの?」
レオーネはトローマの首の無い死体を見て尋ねた。
「…まさか、帝国からの刺客?どうやってここが分かったんだ?」
「十中八九、アイツを追ってきたんだろーな」
「タツミを?いくらタツミだって、後を尾けられてたら気付くと思うけどな」
「俺は気付かれなかったぜ?」
「…………」
レオーネは思わず閉口する。キルアが初めてナイトレイドのアジトに来た時は、アカメとタツミに一切気付かれずに尾行して来たのであった。
しかし、タツミもあれから相当腕を上げている。生半可な相手じゃタツミに気付かれずに尾行するなど出来ないだろう。
つまりは…。
「…それなりの相手ってことか」
「ま、俺にとっては大したことねーけどな」
「言うねえ」
(確かに敵じゃないんだろうけどさ…)
レオーネはキルアには負けぬと、アジトへ向けて走った。キルアは無言でその後を追う。
狂乱の夜は、まだ始まったばかりであった。