キルアが斬る!   作:コウモリ

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第1話 ④

先に動いたキルアは移動速度に緩急をつけながら黒髪の少女の元へ近付いていく。これは「肢曲」と呼ばれる歩行術であり、速度に差をつけることで相手には自身の姿が幾つも重なった残像のように見えるのだ。

 

「!?」

 

案の定、黒髪の少女は面を食らったような表情になる。その隙をキルアは逃さない。すぐに間合いへ入ると、右腕を相手の心臓の部分へ向けて伸ばした。

 

「くっ!?」

 

黒髪の少女も瞬時に反応し、持っている刀で心臓の部分を覆い隠す。キルアは構わず、その刀をもへし折る勢いで貫手を放った。

 

「!?」

 

指先が刀に触れるか触れないかのところで、キルアは突然悪寒を感じて素早く後方へ飛び退いた。

あの刀に下手に触れるのは危険。

そうキルアの頭の中で警告音が鳴ったのだ。

 

(何か知らねーが、あの刀はヤバイ。俺のこういう直感、外れたことねーからな)

 

かつて、キルアは兄イルミの手により頭の中に洗脳の為の針を埋め込まれ、少しでも格上の相手とは真っ当に戦うことが出来ない状態にされていた。例え格下相手でも何か隠し持っているんじゃないか、こういうことをされたら不味い、といった思考が脳内を支配し、積極的に動けないことさえあった。その原因となった針を抜いた今は、格上相手でもその頃より大胆に戦うことが出来る様になったが、だからと言って元々備わっていた根本の慎重さを無くしてはいない。今、こうして下がったのは、その慎重さによるものであった。

 

(…さて、どうする?「神速」を使えば、あの刀を振られる前にあの女を殺ることは出来ると思うけど、こんな田舎じゃ満足に充電も出来ねーだろーしなあ)

 

キルアの念能力は自身のオーラを電気に変換するもので、それを用いて様々な技を使うことが出来る。

「神速(カンムル)」もその一種で、体内のオーラを電気に変え、全身の神経に作用させることで超人的な動きを可能とする技である。ただでさえ人間離れした運動能力を持つキルアの動きが更に強化されるのだから強力なことこの上ない。弱点があるとすれば、この技を使うと体内の電気を大量に消耗することだろう。いくら体内のオーラを電気に変えるといっても無尽蔵というわけにはいかず、足りない部分は外部から充電する必要がある。普段はコンセントなどから電気を引っ張ってきて体内へ流し込む(通常の人間にはこの時点で拷問に等しいが、キルアは幼少の頃から拷問の特訓の為に慣らされていたので 耐えることが出来る)のだが、生憎とこの辺にそういったものは見当たらない。

一応、予備の為にスタンガンを胸に忍ばせてはいるものの、これだと量が少ない為に能力の使用回数がかなり限られてしまうのだ。

 

(こっちの能力を見せるのもあまり得策じゃねーしな)

 

念能力者同士の戦いにおいて、能力を知られることは対策を立てられてしまうなど殆どの場合マイナスに働く。中には知られても問題無い程に応用が利く能力やそもそも戦闘に使わない能力などもあるが、基本的に誰もが自分の能力に関しては秘匿する場合が多い。

慎重なキルアは勿論、能力をなるべくなら見せたくはない、『切り札は先に見せるな、見せるなら更に奥の手を持て』というタイプである。能力を使うのであれば、確実に相手を仕留められる場合か相手に能力がバレても問題ない場合が望ましいと考えている。ただし、これはあくまで充電が何時でも好きなだけ行うことが出来る状態の話であって、今はそうではない。そういう意味でも能力の無駄遣いはなるべく避けるべきである。

 

(ま、能力使わなくても何とかなるだろ)

 

先程のやり取りで、素の状態での実力は自分の方が上であると確信したキルアは念能力を使わず攻めることに決める。しかし、あの得体の知れぬ刀に対しての警戒を怠ることは決して無かった。

 

 

一方。

 

 

(何なんだこいつ…!!)

 

アカメは戦慄していた。

目の前の少年が分身したかと思ったら、一瞬の内に懐へ潜り込まれ、自身の心臓を貫かんばかりの貫手を放ってきたのだ。何とか村雨で心臓をガードすることが出来たが、一瞬でも遅ければ確実にやられていただろう。

 

(こいつの動き…。間違いない。きっと私と同じだ)

 

アカメは幼少の頃から暗殺者として育てられていた。だから、目の前の少年も自身と似たような出自なのだろうということはその一連の動きから察せられた。それだけに、アカメはこの攻防だけで相手との歴然とした力の差を理解してしまった。信じられないことだが、実力は目の前の少年の方が圧倒的に上である。自身も相当訓練してきたという自負があるだけに、ショックも小さくは無かった。

唯一、相手に対してアドバンテージがあるとすれば、それはこの一斬必殺「村雨」だけであろう。この刀は帝具と呼ばれる超兵器の一つで、斬った相手の傷口へ呪毒を流し込み、即座に死に至らしめる力を持つ。その性質故に取り扱いも非常に難しい刀であった。かすり傷程度でも効果は発揮されるので、アカメの技量と合わせ、とても強力な武器であると言える。

相手が一旦距離を取ったり、こうして様子見したりしているのも、恐らくは村雨を警戒している為であろう。そうでなければ、タツミ共々既に殺られていたかも知れない。初めてこの刀を見てその行動が取れる時点で目の前の少年はやはり只者ではないとアカメは改めて思わされた。

 

(…くっ、踏み込めない!)

 

少年には一切の隙が無い。正確には攻め入る余地はあるのだが、それすらこちらを誘い込む為の罠にしか感じられない。村雨を持つ手が小さくカタカタと震え、一歩を踏み出すことさえ躊躇われた。かつて、ここまでの相手がいただろうか。見た目に騙されてはいけない。相手はただの子供ではなく格上の実力者なのだ。

 

(…な、何だ?何が起きてるんだ?)

 

タツミは唖然とした様子で二者の攻防を見ていた。いや、正確には何が起きたかすら把握出来ていない。ただ、本能的に理解していたのは、アカメが押されていること、そしてあの少年が自分たちより遥かに格上の存在であるということであった。

 

(くっ…!)

 

タツミは何も出来ない自分に対して歯噛みする。アカメは自身が出会って来た中でも最強と言っていい存在であった。年齢も近いということもあって、彼女の強さに対して少なからずの嫉妬心やそれ故の反発などもあったりしたが、同時にその強さへの憧れもあった。そんな彼女を自分たちよりも年下であろう幼い子供が強さで圧倒的に上回っているなどと考えたくも無かった。しかし、現実はその通りであり、アカメを救う為加勢に行くことさえ、彼女の足手まといにしかならず、彼女を危険に晒しかねないという状況に体がまるで金縛りにあったように動かないでいた。或いはあの少年に対して恐怖を抱いていたのかも知れない。何れにせよタツミは何も出来ない自分に悔しさしか感じられなかった。

 

何時しか互いに膠着状態となる。片や慎重に慎重を重ねて。片や実力差に躊躇いを感じて。双方、動けずにいた。時間で言えば五分も経ってはいなかっただろうが、体感ではもっと長い時間が経っているように思えた。

その膠着は意外な形で解かれる。

 

 

「貴様ら!ここで何をやっている!?」

 

 

突如、部屋の中へ数名の男たちが雪崩れ込んできた。見た目は先程の連中とは異なっていて、きちんとした鎧などを着ている。ナイトレイドの仲間という感じでもなく、この国の兵士か何かだと思われる。夜遅くとは言え、悲鳴なども上がっていたので近所の人が通報したのかも知れない。

先程の連中やあの二人のようなアウトロー相手ならともかく、公僕を相手にするのはそれこそ得策では無い。キルアは兵士たちの姿を視認すると同時に振り返ると、眠っているアルカを強引に抱き抱えた。

 

「おい!そこの子供動くな!」

「やなこった」

 

キルアは兵士の男にそう言い返すと、オーラを足へ集中させる。そして、近くの壁に思い切り蹴りを放った。すると、壁は大きく破壊されて、そこが外への出入り口となる。

 

「なっ!?」

 

呆気に取られる兵士たち。それを尻目にキルアはアルカを抱き抱えたまま夜の街へと消えていった。

 

 

「お、追え追え!!あのガキどもを追うんだ!!」

「隊長!この女、ナイトレイドです!」

「何ぃ!?」

 

兵士たちは部屋の中のもう片方の存在に気がつく。

 

「…ここは退くぞ」

 

アカメはそう言って、部屋の明かりを破壊すると、少年が作った出入り口の方へ向かって走った。いくら相手が帝国の兵士とはいえ、ただ任務に忠実なだけの者たちを無闇矢鱈に殺すわけにはいかない。それはナイトレイドの矜持に反することである。

 

「ま、待てって!」

 

タツミはアカメの後を追い掛けていく。少年がいなくなったことで動かなくなった体が自由を取り戻したようであった。

 

「くそ!何も見えん!!」

「何処だ!ナイトレイド!!」

 

暗闇の中、兵士たちが声を上げる。

惨劇の舞台となった宿屋には最早彼らしかいなくなっていた。


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