キルアが斬る!   作:コウモリ

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第2話 ②

帝都から少し離れた山中にあるナイトレイドのアジト。この場所は今、かつてない緊張に包まれていた。たった一人の少年の存在によって。

 

 

(何故、ここにいる!?)

 

それが目の前の銀髪の少年に対するナイトレイドのメンバー共通の率直な感想であった。特にそう思っていたのはアカメとタツミであろう。二人は少年があの現場からいち早く立ち去ったのをその目で見たのだから。

 

「何で俺たちがここにいるのか不思議って感じの表情だな」

 

銀髪の少年が口を開き、皆の心を読んだかのように言った。ただ立っているだけなのに、少年からとてつもない威圧感を感じる。間違いなくこの場の空気は目の前のたった一人の少年によって支配されていた。

 

「お、おま…っ」

 

ナイトレイドのメンバーで一番最初に口を開いたのはタツミであった。迂闊なのか恐れ知らずなのか。何れにせよ、その言葉で場が膠着するのを避けられた。

 

「お前、どうやってここに…!?」

「別に難しいことは何もしてないぜ?アンタとそこの黒髪の女の後を尾けたんだよ」

 

少年は何食わぬ顔であっけらかんとタツミの質問に答えた。あまりにも単純明快な答え。故にアカメもタツミも信じられないという表情になる。

このアジトを敵に知られることは絶対にあってはならない。だから、ここへ戻る時は誰もが慎重になる。仮に敵にアジトの場所を知られてしまった時は、あらゆる手を尽くしてそいつを始末する程である。そのくらい神経質になっている中、一切の気配を感じさせずに二人を尾けてきたというのだ。特にアカメ程の実力者が全く気付かなかったなど、今までに無いことであった。

 

「信じられん…」

 

ブラートが思わずそう声を漏らす。まだ、迷った末にここに行き着いたと言われた方が納得は出来た。それだけこの少年の言ったことは異常なのである。

 

「信じられん…って、実際に俺たちがここにいるのが何よりの証拠、だろ?」

 

銀髪の少年は自身の二倍近くの身長はあろうかと思われるブラートに対し、臆する様子もなく言った。

 

「…アンタ、何が目的なワケ?」

 

マインが尋ねる。その手は彼女の帝具、浪漫砲台・パンプキンに掛けられていた。返答次第では子供相手でも容赦はしない、といった様子である。

 

「目的って、そんなの決まってんだろ?」

 

そんなピリピリした空気の中、少年は表情を一切変えることなく言い放った。

 

「お前ら全員殺す為」

 

その瞬間、全員が完全に戦闘態勢に入った。タツミ以外は自身の帝具をそれぞれ構える。

一方、少年はナイトレイドの殺気に気圧されることなく、その様子をただじっと見つめていた。少しして、突然プッと吹き出す。

 

「…なーんてな。ウソウソ。んなことするワケねーじゃん」

 

少年はそう言うと朗らかに笑ってみせた。無邪気に笑うその姿は初めて年相応に見える。

しかし、冗談と言われたところで「ハイ、そうですか」というわけにはいかない。アカメたちは戦闘態勢を解くことなく少年と対峙し続けている。

 

「アンタねえ…ふざけんじゃないわよ!」

 

マインが沸き上がる怒りをそのまま言葉にして、目の前の少年へぶつけた。

 

「ワリィ、ワリィ。可愛い子供のジョークと思って許してくれない?」

 

対して、少年は悪びれる様子もなくそう答えた。明らかな平謝りである。当然、それで場が収まる程、ナイトレイドは甘くない。

 

「少年…答えろ。一体、何が目的だ?」

 

今度はブラートが尋ねる。緊張した面持ちで、少年の真意を何とか探ろうとしていた。元帝国の軍人であり、様々な修羅場をくぐり抜けてきた有能なこの男でさえ、目の前の少年に言い知れぬ不安を抱かざるを得ないでいる。

 

「まあ、一言で言うなら、ここに泊めろ。かな?」

 

少年はブラートの問いに即答する。こんなところにまで乗り込んできておいてその要求。この場にいる誰もがその言葉を信じようとはしなかった。

 

「ハァ?何それ?またウソついてるワケ?」

 

返す刀でマインが言った。他の者たちもマインと同じ気持ちで少年のことを見つめている。少年はポーカーフェイスに徹しているのか、表情からはその真意が全く読み取れない。

 

「いや、これはマジ」

 

少年からの返答は早かった。

 

「あの後、街中に警備兵が徘徊し始めてさ。他の宿探せる状態じゃ無かったんだよね。夜中に子供だけで彷徨いてっと絶対に怪しまれるし、取り敢えずほとぼりが覚めるまでってことで街を出たんだよ」

「その後、アカメとタツミを尾けたのか?」

「うん。たまたま見かけたからさ。バレないようにこそっとね」

 

(いや、違うな。たまたまな筈がない。恐らく、私とタツミを何処かで監視してたんだろう)

 

ブラートと会話する少年を見ながら、アカメはそう考える。あの後、アカメとタツミは一旦二手に分かれて追っ手を撹乱するように仕向けた。帝国の警備兵はあの少年の言う通り街中を徘徊していた。思っていたよりも向こうの配備が早かったが、これも日々ナイトレイドが任務をこなしている結果の産物だろう。少しの間、街中を逃げ回ってから頃合いを見てタツミと合流し、アジトへと帰ったのである。撒くようにして動き回っていた為、追跡する者だけでなく、周囲にも気を遣っていたのだから、偶然見掛けて追って来たと言うのであれば、少なからずこちらもそれに気付いている筈なのだ。

尤も、バレずにこそっと尾いてきたなどと簡単に言ってのけて、実際にこうしてアジトにまで現れた少年だから、本当に偶然見掛けたという可能性もある。だが、そんな偶然よりも尾行目的で最初から自分たちをマーキングしていたと考えた方が、まだ納得出来る答えであった。

何れにせよ、少年がただ宿泊したいというだけなら、帝都から十キロ以上も離れたこんな山中まで尾いてくるわけがない。何か別の目的があるのだろうと、アカメを始めとしてこの場にいる者たちは考えていた。

そんな彼らの考えを少年は見抜いているのかいないのか、話を続ける。

 

「俺だけなら野宿って手もあったけど、アルカがいるからさ…」

 

そう言って少年は自身が抱き抱えているアルカと呼ぶ子供を見つめた。当の本人はこんな雰囲気の中でも寝息を立ててぐっすりと眠っている。いい夢でも見ているのか幸せそうに笑っていた。

 

「だからさ。取り敢えずここに泊めてくんない?金なら払うし」

「分かった。ゆっくり泊まっていきなさい 。…とでも言うと思っているのか?悪いが、いくら子供だからって素性も分からない者をここに泊めることは出来ない。その意図が読めないならば尚更だ」

 

ナジェンダが努めて平静を装いながら少年のお願いを一蹴する。しかし、それでも少年は動じる素振りさえ見せない。

 

「あっそ。じゃあ、ここのことバラすよ?」

 

それどころか、少年はあろうことに脅迫までしてきた。今まで椅子に座っていたナジェンダが思わず立ち上がる。

 

「何?」

「ここ、どう見ても秘密のアジトだろ?だったら、誰にもバラされたくないよな?」

 

一切の躊躇を感じさせぬ眼差し。このまま帰せば、この少年は間違いなくアジトのことを誰かに告げるだろう。帝国側にアジトの場所を知られるのは非常に不味い。最悪、ナイトレイドだけでなく、革命軍にまで被害が及ぶ可能性もある。

 

「一晩でいいからさ。俺たちを泊めてくれさえすれば、ここのこともアンタたちのことも誰にも言わないよ」

 

少年は止めとばかりにそう言い放った。

ナジェンダは決断を迫られる。この少年の要求を呑むか、呑まないか。

呑まない場合はこの少年を黙って帰すわけにはいかない。ナイトレイド全員で始末に当たらねばならないだろう。問題なのは倫理的なことよりも少年の実力である。アカメをも圧倒したというその強さ。話で聞くだけではいまいち理解し難いものであったが、こうして実際に対峙することで、そのレベルの違いを今もひしひしと肌で感じている。なるほど、この少年であれば、アカメやタツミに気配さえ感じさせずに尾行することも可能であろう。ナジェンダは少年からそれだけのものを感じ取っていた。少年は恐らくその実力の半分も出してはいないだろう。それでこれなのだから、本気になられたらどうなるか。ナイトレイド全員で掛かっても勝てる画が浮かばない。

 

(…面白い)

 

この時、ナジェンダは意外にもわくわくしていた。少年はアカメよりもタツミよりも遥かに幼いのにこのレベルである。交渉の仕方など胆力も半端なものではなく、逸材の一言ではとても収まらない。レオーネが言っていたように、もしもこの少年がナイトレイドに加わったらどうなるのだろうか?あの“エスデス”でさえ、恐れるに足らないのではないだろうか。

 

ゾクリ。

 

捕らぬ狸の皮算用ではある。だが、自然とナジェンダの顔には笑みが浮かんでいた。

 

「…分かった。そちらの要求は飲もう。ここの宿泊施設を使うといい」

 

ナジェンダが了承すると、他の者たちは意外そうな顔で彼女のことを見る。ナイトレイドのボスともあろう者が、只者では無いとは言え、子供に屈したのだ。その事実は決して小さくはない。

 

「オーケイ。取引成立だな」

 

少年が特に喜ぶ感じでもなく言った。まるで、こうなることが予め分かっていたかのようである。

 

「…なあ、少年。こちらからも一つ提案があるんだが」

「ん?」

 

少し間を置いてから、今度はナジェンダが少年へ提案を持ち掛けた。

 

「宿を貸すんだ。そっちが呑むか呑まないかは別にしても、こちらからも何か条件を出す権利くらいはあると思うが、どうだ?」

「…ま、確かにそっちの言うことも一理あるな」

 

そう言って少年は納得する。

 

「で、いくら欲しいの?」

「私は金が欲しいとは一言も言ってないが?」

「まあ、改めて切り出したんだからそうだろーな。で、そっちの要求は何?」

 

ナジェンダは一呼吸置く。そして、少年の目を真っ直ぐ見据えながら、力強く言った。

 

「…ナイトレイドに入ってくれないか?」


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