キルアが斬る!   作:コウモリ

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第2話 ③

「いやだね」

 

キルアは即答した。

眼帯の女はキルアへ向けてナイトレイドという組織のことについて、何が目的で何をする組織なのかを聞いてもいないのに教えてきた。掻い摘んで説明すれば、今の帝国はとある大臣のせいで腐敗し切っていて、それを討つ為の革命軍が組織されており、ナイトレイドとはその革命軍に属する暗殺部隊なのだそうだ。ナイトレイドの主な任務は大臣に与する者や帝都に蔓延る悪人、屑共を消すことだという。

そんな説明が一通り終わったところでキルアは目の前の眼帯の女から出された「ナイトレイドの一員になってくれないか?」という要請を一蹴したのであった。

眼帯の女は特にガッカリしたような素振りは見せず寧ろ「そうだろうな」という表情でフッと笑う。

 

「ダメ元で言ってはみたのだが、やはりダメだったか。少年のような逸材が我が組織に入れば大きな戦力になると思ったんだがな」

「たりめーだろ。取り引き自体はさっきので終了してるんだぜ?聞くだけ聞いてやったけど、話になんないね。まあ、そうでなくても最初から入るつもりねーけどな」

「最初からとはな…。何がいけなかったのか、参考まで教えてくれないか?」

「別にいいけど。まあ、理由は大きく分けると三つだな」

 

そう言うとキルアは指を三本立てて見せた。

 

「一つは俺たちがあくまでここに観光で来ているってこと。長居するつもりもないし、ぶっちゃけこの国がどうなろうが知ったことじゃないのが本音だね」

 

キルアのこの発言に周囲の空気が僅かに張り詰めたのを感じる。彼らも彼らなりにこの国を少なからず案じているということなのだろう。眼帯の女も複雑そうな表情を浮かべている。

 

「冷たいな…。まあ、こちらが一方的に勧誘したのだから無理も無い話だが」

「次の理由だけど、そもそも俺が相応しくないよ。アンタらの仲間としてさ」

「何故だ?素質なら十分過ぎるくらいだと思うが?」

「だって、アンタらその大臣側を含むこの国の悪人や屑を殺るのが目的なんだろ?だったら、俺はアンタらに殺られる側の人間だぜ?どっちかと言われればな」

「確かに普通の出自では無いのだろうが…だとしても、そこまで自分のことを言い切るのか?」

「俺さ。ワケあって物心ついた時から人殺しまくってるんだよね。数も百や千じゃきかないくらい。その中には何の罪も無い子供や赤ん坊、老人だって含まれてる。それに、むしゃくしゃしたって理由だけで殺しちゃったこともあるしな」

 

平然とそう言ってのけるキルア。それが嘘や出任せじゃないということ、更にそのことに対して一切の躊躇や後悔を感じていないのだということを周囲の者たちは直感的に理解したのだろう。敵愾心のようなものが強まるのをキルアは感じた。

 

「殺られた相手から見たら俺なんかタチの悪い通り魔みたいなもんだぜ?な、相応しく無いだろ?」

「…………」

 

流石に眼帯の女も言葉を失う。気を取り直す為か、煙草を一吸いした。

 

「…ああ、すまない。話を続けてくれ」

「んじゃ、三つ目だけど、アンタらに協力するメリットが俺たちに何一つない。デメリットなら今思い付くだけでも百個くらい言えそうだけどな。それに、アルカを危険に晒したくもねーし」

「逆に聞くが、メリットがあったら我々に協力してくれるのか?」

「こっちが協力したくなるようなメリットがあったらな。まあ、よっぽどじゃないと協力なんかしないだろうけど」

「例えば、金銭とか物品とかか?」

「話になんないね」

 

キルアがキッパリと言い切る。ここまで言われると、流石に眼帯の女も半ば勧誘を諦めたような表情になっていた。

 

「あ。それともう一つ」

「三つじゃないのかよ!」

 

キルアがそう言うと、タツミと呼ばれていた少年が即座にツッコミを入れた。キルアは構わずに続ける。

 

「まあ、これが最大の理由なんだけどさ…」

「最大の理由か…。是非とも聞かせて貰いたいな」

「アンタら全員、弱いから」

 

たった一言。

これで場の空気が一変した。

 

「弱い…ですって!?」

 

ツインテールの少女が真っ先に突っ掛かってきた。彼女以外のメンバーも面と向かって弱いと言われ、何か言いたそうな形相でキルアのことを見ている。

しかし、キルアは動じることなく当たり前のように話を続ける。

 

「俺、元プロだから分かるんだよね。アンタら暗殺者としては下の下だよ。そこの黒髪の女は少しマシかも知んないけど。さっきのメリットが無いって話にも通じるんだけどさ。普通に戦うならともかく、こと暗殺に関しては自分よりも弱い連中とつるんだって仕事の足引っ張られるだけだしね」

「だから、我々の仲間にはならないと?」

「仮にやるとしても一人でやった方が大分マシだろうな。まあ、もう暗殺なんてやりたかねーから、どの道アンタらには協力しないよ」

 

キルアはそう言うと、もうこの話は終了と言わんばかりに手をパンと叩いた。

 

「…で、寝る所は何処?そろそろアルカをちゃんと寝かしてやんねーと。俺もねみーし」

「あ、ああ…。シェーレ、案内してやってくれ」

「…あ、はい」

 

シェーレと呼ばれた女性がキルアの元へ歩き出す。

 

「行きましょ」

「ああ。案内、よろしく頼むぜ」

 

そう言ってこの場を去ろうとするキルアの背中に向けて、眼帯の女が声を掛けた。

 

「…ところで少年。名前をまだ聞いていなかったな。よければ聞かせて貰ってもいいか?」

「ん?別にいいけど」

 

キルアは立ち止まり振り返る。

 

「俺の名はキルア=ゾルディック。で、こっちはアルカ=ゾルディック」

 

そう言って少年はシェーレと一緒に部屋から出て行った。

 

 

ナジェンダは今しがた聞いた名前を頭の中で反芻する。そして、あることを思い出した。

 

「ゾルディック…。!!まさか」

「ボス、知ってるんですか?」

 

レオーネが尋ねるとナジェンダは力強く頷いた。

 

「あの少年は、ゾルディック家だ」

「ゾル…何ですかそれ?」

「伝説の暗殺者一家…幼い子供から、年寄りまで等しく皆一流の暗殺者だという最凶最悪の家族だそうだ」

「な、何ですかそれ!?」

 

タツミが冗談でも聞いているかのような顔をして言った。タツミ以外にも何人か同じ反応をしている。

 

「お前たちが知らないのも無理はない。ゾルディック家については、元々が胡散臭い話だったし、彼らからの万が一の暗殺を恐れた大臣が秘匿したせいで一部の人間にしか知られていないからな。実際、私でさえその存在を全く信じてはいなかった」

「あの少年が本当にゾルディック家ならば、あの年齢にしてあの圧倒的な威圧感を放っていたことにも説明はつくな。まあ、俺は今でも半信半疑だが」

 

ブラートが腕を組みながら言った。

 

「ゾルディック家…」

「ん?アカメ、どうかしたのか?」

「いや、何でもない。…タツミは今の話、信じるか?」

「兄貴と一緒で半信半疑だな。何にせよ、あのキルアって奴が只者じゃないってのは間違いないし、油断出来ないな」

「そう、だな」

 

(まさか、ゾルディック家の人間だったとはな)

 

ナジェンダは少年の一挙手一投足を思い出す。暗殺者特有の冷たさを持ちつつも、まるで舞のような美しさを放っていた。それは怪しく誘う華蟷螂の如く、下手をすればこちらにも牙が向きかねない危うきもの。

 

(あの少年…キルアは偶然帝都を訪れた。そう、偶然だ。そして、我々と出会った。果たしてこの出会いには一体どういう意味があるのだろうか?)

 

ナジェンダは思考の海へ沈む。その答えを誰も知る筈もなく、長い夜は終わりを迎えつつあった。


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