キルアが斬る!   作:コウモリ

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第2.5話

十二支ん。

前ハンター協会会長アイザック=ネテロ自らが選んだ側近であり、その名の通り、子から戌までの十二人のメンバーで構成されている。その活動規模は、ネテロの遊び相手から国の有事に携わることまで広い。ネテロの死後、会長選挙を経て子と亥が脱退するも、新たに二名の若者を加え、今に至る。

 

 

「帝国…?」

 

犬のような顔をした丸眼鏡の女性、十二支んの戌であるチードル=ヨークシャーは今しがた聞いた言葉を繰り返す。

 

「…ああ、例の勢力を伸ばしつつある非加盟国ね。それがどうかしたの?」

「近々、動くかも知れん」

 

牛のような格好をした男、十二支んの丑であるミザイストム=ナナが顎髭に手を置きながら言った。その表情は決して明るくは無い。

 

「その表情…動くって、つまり侵攻及び侵略行為って意味かしら?」

 

そうチードルが尋ねるとミザイストムは無言でコクっと頷いた。

 

「あくまで現地の者の情報から推測する限りは…だがな」

「そう…」

「確定事項では無いが、用心しておくに越したことはないだろうな」

「ハァ…」

 

チードルは溜め息と同時に眉を顰める。

 

「暗黒大陸のことで忙しい時に…」

「こんな時だからこそ…じゃないのか?世界中の話題が暗黒大陸一色で何処もゴタゴタしている今こそチャンスと思っても不思議ではないからな」

「ハァ…」

 

チードルはまたも溜め息を吐いた。

現在、十二支んはある重大なミッションの真っ最中であった。近代五大陸、通称V5より下されたその内容は、新興国家カキンと共に暗黒大陸への進出を明言したビヨンド=ネテロの捕獲というものである。

V5からすれば、暗黒大陸への渡航禁止という国際的ルールを非加盟の新興国家という立場を利用して破られ、暗黒大陸への進出が強行された上にそれが成功などということになってしまえば面子が立たなくなる。一度そうなってしまえば、法を破ってでも暗黒大陸へ挑戦する人間が爆発的に増えてしまうのは確実であろう。暗黒大陸は人類に革新的な恵みをもたらす何かが存在する代わりに人類を絶滅させかねない災厄がそこら中に潜んでいる危険な地。万が一無謀な冒険者がその災厄を持ち帰りでもすれば、この世界が滅ぶことなど簡単である。だからこそV5は暗黒大陸という存在自体をタブーとし、渡航を厳しく規制しているのである。だが、カキンが世界中に暗黒大陸の存在とその恩恵をアピールしてしまい、更に悪いことに民衆からの支持を得てしまった。カキンが非加盟の新興国家ということもあって、国際的な立場からカキンの暗黒大陸進出を食い止めることは難しい。故に今回の暗黒大陸進出のキーマン的存在であるビヨンドを捕らえ、その上でV5主導の元、暗黒大陸の調査を行うということで面目を保つというのがV5の狙いであった。

実はビヨンドは既に捕らえている。いや、正確には自らハンター協会へ出頭してきたといった方が正しいか。何れにせよミッションの一つはクリアしたも同然なのだが、それが新たな問題と懸念を生み出し、十二支んは今、全力でその対応に当たっているのである。なお、ビヨンドは名前の通りネテロの息子であり、その姿立ち振舞いは生前のそれに酷似していた。それはネテロ直々から「息子と名乗る者が現れたら狩り(ハント)せよ」との勅命を受けた十二支んの誰もが心を揺るがしそうになる程に。誰も直接口にはしないが、このビヨンドに心酔し、裏切る者が出るのではないか、或いは既に裏切り者がいるのではないかと互いに心の何処かでは疑っていた。

 

「…私が会長に就任してから、立て続けに色々起こり過ぎね。まるで何処かの誰かさんが謀ったみたい」

 

チードルは不機嫌そうな顔で言った。

 

「で、その件にパリストンが関わっている可能性は?」

「ゼロとは言い切れないが、可能性は低いだろうな。奴が色々と暗躍していたのは周知の事実だが、あの国にまで手を伸ばしていたなら流石に十二支んの誰かが気付くだろう。奴が今まで巧妙に動けたのは奴の手の届く範囲であるからこそだったからな」

「ええ、私もそう思うわ。でも…」

 

 

(チードルさん。あなたの協会がつまらなかったら、本気で遊びますからね?)

 

 

チードルの脳裏に浮かんだのは、そう言って寂しそうな目を向ける元ハンター協会副会長で元十二支んの子、パリストン=ヒルの顔であった。

彼女はパリストンのことが大嫌いであった。全てを見透かしたかのように動き、実際に全てを見透かしていて、こちらのやることの斜め上を当然のように行く頭脳。勝てる勝負で素直に勝とうとせず、敢えて自分が不利になるようなことさえ平気でしてしまうその度量。ただ、自分が楽しめればいいという自分勝手にも程があるエゴイズム。そして、そんな面が大好きだったネテロに何処か似ているというのが、チードルは何よりも気に入らなかった。そして、そんな男のことをネテロが特に気に入っていたという事実も。

パリストンは今、ビヨンドのところにいる。ビヨンドと共に暗黒大陸を目指す同士の中にしれっと混ざっていた。恐らくは、ずっと前…ネテロ会長が存命時からその計画は動いていたのだろう。ネテロ会長の死は絶好のタイミングだったというわけだ。

 

(でも、何処かであの男が関わっているんじゃないか。そう思ってしまう自分がいる)

 

「…あまりパリストンのことを意識し過ぎるなチードル」

 

ミザイストムが忠告する。

 

「無論、全く気にしないというのも危険だが、奴とて万能ではないし、出来ることにも限りがある。それに奴だって暗黒大陸が一筋縄でいくようなところでないことは重々承知している筈だ。その上で挑む以上はそこに注力せざるを得ないだろうし、その状況下でわざわざ帝国にまで手を伸ばすリスクを犯すとは思えん」

「…そうね。それにパリストンが関わっていなかったとしても厄介なことに変わりは無いわ」

「ああ」

 

ミザイストムが同調するように頷く。

 

「帝国も帝国で暗黒大陸と似たようなもので、長らくV5と不干渉だったが、ここに来て牙を向けてくるというのならば、連中も見過ごすわけにはいかないだろうな。近く、V5から帝国の調査依頼が来ると見た方がいい」

「…正直、頭が痛いわね。ただでさえ暗黒大陸の件で人材が不足しているっていうのに」

「変われるものなら変わってやりたいがな」

 

ミザイストムは一瞬、複雑そうな顔をする。彼自身、会長という立場に興味が無いわけではなかった。だが、まだ心身共にその器で無いことも理解していた。チードルは年下の後輩ではあるが、今の自分よりも会長に相応しい能力と責任感を持っているとミザイストムは思っている。だから、今は彼女を支えることに全力を尽くそうと考え、行動しているのだ。

 

「…お前のことは俺たち十二支んが全力でサポートする。だから、お前はお前の成すべきことをするんだ。今はそれが何よりもベストだろう」

「…ええ。有難う。有り難く頼らせて貰うわ」

 

チードルは少しだけ表情を柔らかくした。

 

 

「ん?お前らってそんな仲良かったか?」

 

突如、二人に誰かが話し掛けてきた。声のした方を見ると、そこには小柄で目付きの悪い縞々模様の男が立っていた。

彼は十二支んの寅、カンザイである。

 

「さっきから俺に分かんねえことを二人でペチャクチャと…デキてんのか?」

「小学生かお前は」

「そんなことより資料の一つくらいちゃんと読みなさい → 寅」

 

二人で一斉に突っ込む。

それを意に介さず、カンザイは再び口を開いた。

 

「大体、帝国って何だ?初めて聞いたぞ」

 

カンザイのこの発言にチードルとミザイストムは頭を抱えた。このカンザイという男は国語と算数が苦手なのである。

 

「…逆に聞きたいんだが、お前が知っているものって何なんだ?そこそこの付き合いだが、お前から何かを教えて貰ったことが一度も無かったと思うんだが」

「…一度しか言わないからよく聞きなさい? → 寅。帝国とは歴史ある大国でありながら、長きに渡ってV5と国交を断ち、独自の文化を築いてきた陸の孤島。そこが侵略してくるかもしれないって話です」

「んだと!?で、その帝国って強いのか?」

「国の規模は大きいけれども先の事情から武力の面では先進国に大分劣るでしょうね」

「何だ。じゃあ、別に気に病む必要ねえだろ。襲って来たら返り討ちにしてやりゃいい」

「…ことはそう単純では無いんだがな」

 

今度はミザイストムが大きく溜め息を吐いた。

一方、チードルはカンザイの為に説明を続ける。

 

「いい? → 寅。今は暗黒大陸へ向かうに当たって大事な時期です。万全を期してもなお足りないのに余計な騒動はなるべく避けるのが最善。そうでなくても国同士の争いは避けなければならない事態の一つ。国と国の争いは喧嘩とは大きく違います。例え相手が武力的に劣っていたとしても、双方少なくないダメージを受けることは必至。何れにしても、そうなることは今この状況では大変望ましくないと言えます」

「……つまり、どういうことだ?」

「…あなた、本当にどうやってハンターになって、どうやって十二支んになったの? → バカ 」

「あぁ!?」

「…そもそも、まだ可能性の段階の話だ。だから、まず我々がすることは帝国に侵略の意思があるのかどうかを探ることだな」

「まどろっこしいな!んなもん、直接聞きゃいいだろ!?」

「下手に刺激したら、それこそ帝国が侵略を始める口実にされる危険性がある。悪いのは仕掛けてきたそちらだ、とか言ってな」

「そうか。よく分かんねえが、面倒臭いんだな」

「…それに帝国には帝具と呼ばれる超兵器があるという。何にせよ舐めて掛かるべきではないな」

「ま、その帝具ってので襲って来たら俺様が返り討ちにしてやるから安心しておけ」

 

そう言ってカンザイは笑いながらこの場を去っていった。その背中を見送りながら、チードルとミザイストムは二人同時に溜め息を吐く。

 

「…カンザイを見ていると何か悩むのが馬鹿らしく思えてくるわ」

「全くだな」

 

(とは言え、考えないわけにもいかないんだがな)

 

ミザイストムはチラッと時計を見やる。

 

(そろそろ、か。クラピカに例の件の話を聞かねばな)

 

「…用事があるのでこれで失礼する。先程も言った通り、全力でお前をサポートするつもりだ。少なくとも俺はな」

「有難うミザイストム」

「……」

 

ミザイストムは無言で手を挙げてチードルの感謝に応える。

 

それから帝国の話が再び十二支んの間で交わされるのは、そう遠くない未来のことであった。


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