IS学園において留年を回避する方法を100字以内で書きなさい。 作:その愛に解なし
IS学園にも入学式というのはあるらしい。
よく分からないまま人の波に押し流されて、気付いた時には既に入学式は始まっていた。かのIS学園ともなるとバカ長い来賓挨拶だの何だのが待ち受けているのかとビクビクしていたが、実際には短めのサッパリとしたものだった。サッパリ、と言っても生徒会長のアクロバティックかつド派手な新入生挨拶を除けばの話だが。静寂を保っていた新入生達ですら思わずざわめいてしまう見事な挨拶だった。内容自体は普通だったけど。
私は1年1組28番だった。合格通知と一緒に届いたその他諸々の中に記載されていたため、クラス発表の貼り紙なんて非合理なシステムを取っていないのは流石だ。
ただ、そのせいか教室に入るまで件の男性操縦者の見た目や同じクラスかどうかが分からないのだ。まぁ、ここまで来たら望むことはあっても恐れることはない。堂々としていよう。何があっても泰然自若。
そう思っていたのが3分前のこと。件の男性操縦者と同じクラスだと分かった瞬間に私は頭を抱えたくなった。
恐れることはない?
そんなわけないじゃん! 嫌なことは嫌だよ!
教室はむちゃくちゃ広かった。普通の学校なら、理科室とか視聴覚室とかの特別教室並みの広さがある。そこに近未来的ボタンやディスプレイが付いた"いかにも"な机が並んでいた。
横に6、縦に7、合計で42席。入学前にもらった資料を参考にすれば、今年は確か1クラス40人だったはず。前年度までが3クラス制かつ1クラスあたり30人だったので、机を追加するにあたって「どうせだし2個ぐらい多めに置いててもええやろ」みたいな精神が働いたのかもしれない。
私の席は廊下側から3列目、前から6番目。後ろの方だ。前の黒板──というか電子黒板の上位互換みたいな凄そうなやつだが──はギリギリ見えるぐらい。
一瞬、黒板の文字ちゃんと見えるかなーと思ったが、机上のディスプレイと机内部(教卓みたいに前側面を覆われていて、左右に大分スペースがある)にセットされているノートパソコン、タブレット、携帯端末があることから板書についての心配は杞憂に終わりそうだ。ちなみに、良し悪しは全く分からないが、椅子も抜群の安定感を感じる座り心地だった。
気付いた時には既にクラス全員が座り終わっていた。私以外で設備に戸惑っている人間はほとんどいなかった。流石はエリート軍団。件の男性操縦者さんは真っ先に謎のボタンを押し、ディスプレイを起動させていた。慌てて再度ボタンを押して「もうどこにも触りません」と言わんばかりに手を膝の上にくっ付けている様子に非常に親近感を覚える。心中で共感しながら、私はボタンを押しかけていた手を引っ込めた。
教壇に先生が立った。「今から話し始めますよ」という雰囲気を感じたので姿勢を正す。
先生は丸い眼鏡をかけた若い女性だった。服に盛大な皺を作っている巨大な胸が特徴的。私は見た目や体型にあまりコンプレックスを抱かない人間なので「重そうだなー」ぐらいにしか思わなかった。
嘘だ。
「女子しかいないIS学園よりも普通の高校行ってた方が遥かにチヤホヤされるんだろうな」とか「今の時代に眼鏡って珍しいなー」とか「仕事できなさそうだけどここのいるってことは有能なんだろなー」とか「女尊男卑主義者だったら空気感終わりだよねー」とか、いろいろ思った。
「皆さん、おはようございます。1組の副担任を務めさせて頂きます、
副担任だった。
一番最初に担任ではなく副担任が来る、ということはやはりそういうことなのだろうか。1組の担任は『ブリュンヒルデ』なのか。
ブリュンヒルデ───
なにせ、織斑千冬は"ブレードオンリー"だったのだ。
織斑千冬は世界大会をたった1種類の武装で優勝している。レーザー銃やミサイルが飛び交うISの三次元戦闘を己の剣技一本で勝ち上がっていったのだ。そんなロマンの塊、人気が出るに決まっている。
さらに、続く第二回大会でも"ほとんど優勝"を果たし、モンド・グロッソ優勝者に贈られる世界一強い人間の称号『ブリュンヒルデ』の名を欲しいままにしている。第三回大会はまだ開かれていないが、世界中が「ブリュンヒルデ=織斑千冬」と認識している以上、第三回大会では『ブリュンヒルデ』の称号はなくなるのは確実と言われている。ISを開発した篠ノ之束と並ぶ、IS関連有名人だ。
そんな織斑千冬は1年前から、IS学園で教師として働いている。これにはいくつかの理由があると思われる。が、一番の理由は「世界一強い奴、むっちゃ怖い」だろう。
ISは絶対数が少なく、対IS以外の方法での正面突破が現実的に不可能だ。
ゆえに、数ではなく個の力が勝敗を分けるのがISの戦闘の現状である。そんな中、世界大会をブレードオンリーで優勝した人間がいたらどうなるかは目に見えている。勿論、競技と実戦は違うだろうが、戦いに参加していなくても民衆への影響力という点において織斑千冬は"いる"だけで強いのだ。
だから、外部からの干渉を受け付けないIS学園に織斑千冬は閉じ込められたのだろう。世界一安全の名は伊達じゃない。中からも、外からも安全なのだ。
まぁ、織斑千冬が先生になるということで昨年度の倍率は過去最多。出願者だけで言えば今年は去年よりも多い。1学年3クラス90人だったのが、今年から4クラス160人になるぐらいだ。
ある事情から考えても、織斑千冬が私達のクラスの担任であることはほぼ確実だろう。
憂鬱だ。
1組はどうあっても中心になってしまうのだから。
だが、輪をかけて憂鬱な事態が発生。山田先生が「自己紹介でもしようかい」(意訳)と宣言したのだ。
自己紹介、事故紹介とも言う。
無難に終わらせるのが最適解なのは誰もが理解している。けれど、理性でそう思っていても実際にできるかどうかは別問題だ。理性による最善を時折無視してしまうのが人間なのだ。緊張してやらかしそうで怖いが、席順的にまだ猶予はある。とりあえず他の人の自己紹介を聞こう。話はそれからだ。
「出席番号1、相川清香です! トップバッター歴10年目のベテランの貫禄を見せていきたいと思います。1年間よろしく!」
うわぁぁああああー!!
やりおった。初っぱなからかました。彼女は……相川さんは確実に陽の者だろう。あれとまったく同じことを私が言ったら教室内の空気はゴートゥーヘルまっしぐらだ。
にしても、IS学園だし堅苦しい挨拶で埋め尽くされるかと思っていたがそんなことはなかった。相川さんが偏見を先行ワンターンキルで破壊してくれた。私語はなかったが、教室の空気は緩まった。
私がぐだぐだと考えている内に自己紹介は回り、男性操縦者の彼の番が早くも回ってきていた。
山田先生に何回か呼ばれてようやく自分の順番が回ってきていることに気付いたようだ。慌てて立ち上がった。
瞬間、静寂。
今までも私語を発する人間なんていなかったので、単純音量としての静かさは変わっていない。でも、クラスの全員の意識が静聴していた。その一挙手一投足に40の視線と期待が突き刺さる。
「えぇと……
織斑一夏はペコッと一礼をすると即、椅子に尻を叩き付けた。本人は一仕事やり終えたかのように盛大な溜め息を吐いた。「いやいやいや。もっと何かあるだろ」クラス全員がそう思っていたに違いない。張り詰めた雰囲気が一瞬にして雲散霧消する。
その時、教室前方のドアが開いた。黒いスーツでビシッと決めるクールな美人。やはりと言うべきか、織斑千冬だった。
織斑千冬は出席簿片手に安心しきった織斑一夏の前に立った。
バゴォン!
とてつもない爆発音に思わずビビってしまった。周りの生徒達もビクッとしていた。何が起こったのかは明白だった。織斑千冬がその手に握る出席簿で、机を叩いたのだ。なんという威力。明らかに出席簿で出せるスコアじゃなかった。流石は世界最強。一番近くで被害を被ったにも関わらず、織斑一夏の復帰は早かった。顔を上げて織斑千冬を認識すると叫んだ。
「げぇっ!? 千冬姉!」
織斑千冬は一言も発することなく、ゆっくりとその動作に移行した。私は迫り来る爆音に両手で迎撃準備を整えながら思った。
やっぱり織斑一夏と同じクラスになったのがよろしくない、と。
織斑 一夏。おりむら いちか。男性。
身長はパッと見で、170~180前半はありそうな感じ。顔立ちは整っている。スタイルも女子が夢を見るぐらいには均整が取れている。ちなみに声もカッコよくて、声優としてやっていけそうな程だった。中学時代はとんでもなくモテていたというの情報がネットに放流されているが、それも納得のモテモテ偏差値だ。
名字で察する通り、織斑一夏は織斑千冬の弟である。
これはとんでもない問題だった。
男性操縦者というのは存在自体が核爆弾みたいなものであるが、それが更にあのブリュンヒルデの血縁者というのだから話はかなり面倒臭い。
例えば発見された男性操縦者が『佐藤太郎(28) 焼肉が好物』みたいなどこの馬の骨とも分からない人間だったなら、即刻、世界IS委員会に飛ばされてモルモット化で人生おしまいだっただろう。
だが、あの織斑千冬の弟なのだ。第二回モンド・グロッソ決勝戦前に"迷子"になり、結果として織斑千冬の二連破を止める原因になった織斑一夏なのだ。両親のいない織斑千冬の唯一の肉親なのだ。
そりゃあ、IS学園で保護されるだろうし、織斑千冬が担任に就くのは十分に予想可能だ。
いくら凡人で頭の悪い私でも、IS学園のクラス別けが適当だとは考えない。織斑千冬は教師としてのキャリアはともかく、他の部分においては圧倒的な発言力を持っている。頭も切れると評判の織斑千冬なら、織斑一夏の担任を受け持つことになった時にどうするだろうか。両親がおらず、姉弟二人三脚でやってきた大切な弟のクラスメイトにどういう人間をチョイスするだろうか。
私が1組なのは、つまりそういうことだと思う。
というか、合格自体それが理由だろう。まぁ、果たして私を合格させる意味はあったのかは疑問だが、どうせ私にとって最悪なのは変わりない。
私は自身の不運を恨んだが、真に恨むべきは記念受験だったとしても軽い気持ちでIS学園に出願してしまった自分なのだから。
なんというゴミのような伏線回収。全ては運命どころか必然で偶然で至った自然な蓋然性の因果応報でしかなかった。何言ってんだこいつ。
私がうだうだと逃避的思考を働かせている内に現実パートは進行していた。織斑千冬信者の迫真の鳴き声も、私のゴッドハンドWを貫通して聴こえてきていたが、どうやら収まったようだ。
教壇では言いたいことだけをクールに言って、自体の収拾を山田先生に放り投げて華麗に去っていく織斑千冬を目撃。どうやら騒ぎのむにゃむにゃで自己紹介は有耶無耶になって終わりそうだ。良くやった、織斑千冬……いや、織斑先生! これはファンになりますわー。
そして、チャイムがなった。IS学園でも授業の区切りは古き良きチャイムで報せるみたいだ。
「えっと……今のが休み時間終了のチャイムですね。今からLHRを始めたいと思います」
私はお先真っ暗で頭も思わず真っ白になること請け合いなしの灰色高校生活に、限りなく透明に近いブルーを感じた。
学校を出よう!(憂鬱)