IS学園において留年を回避する方法を100字以内で書きなさい。 作:その愛に解なし
まさかの実力テスト。
教科は英語と数学。どちらも難しくて秒速で諦めた。テスト用紙の余白に落書きしては消してを繰り返すだけの60分だった。
今からお昼休みらしいが、何をすれば良いのか分からない。先程説明があったから食堂に行けば良いのは分かるし、場所が分からなくても学生証にマップが入っているから迷うことはないのも分かっている。でも何だか動きづらい。まだ誰も席を立っていない。
こういうのは大衆の流れに便乗して行動するものだ。さぁ、誰か行け! れっつごーとぅーしょくどー!
と、私が席で固まっていると横から肩を叩かれた。アクションを起こしたのは通路を挟んだ右側の席の生徒。
もしや処刑宣告だろうか。テスト中の低次元な落書きから私がこの学園に相応しくない人間だということを見抜いた刺客ではないのか。もしくは決闘でも仕掛けるつもりか。目と目が合ったらバトルなんて堪ったもんじゃない。出会って5秒でバトルするのは犬猫だけで十分だ。今になって組み分け前のハリーの気持ちが分かった気がした。
私は内心の動揺を何とか顔に出さないようにゆっくりと身体を90°回した。
「ねぇ、一緒に食堂行かない?」
ランチタイムのお誘いだった。
とりあえず、もたもたしてると席が埋まってしまうとのことで自己紹介もせずに私達は移動を始めた。
私を絶望のランチタイムへと招待した生徒は、一見しただけでは何の特徴もなさそうな風貌をしていた。身長は私より低い。150cm台は確実。なぜそう推測できたかは秘密である。ストレートの黒髪とロリロリしい身長が融合し、そこはかとない小動物感を醸成している。なぜか美少女ばかりのIS学園においても外面偏差値50を割ることは絶対にないだろう。ただし、特徴はあまりない。
「わたし、夜竹さゆか。よろしくね」
「……あっ、穂波みなみです。よ、よろしくお願いします」
怖い。超絶緊張する。もし良家のお嬢様とかだったらどうしよう。それでなくても政治家の娘とか。今すぐにググりたい。「やたけ」なんて割と特徴的な名字しているし、大物だったらすぐヒットするはず。
とりあえず、発言数を減らしておけば良いか?
でも、私のコミュ障ぶりに拍車がかかって大変なことになる気しかしない。緊張はしているが、発言自体は積極的に行わなければ無口ちゃんになってしまう。
「何県出身ー?」
ヤタケさんは初手から私の過去に攻撃を仕掛けてきた。
ここは素直に答えても良いところのはずだ。と、また新たな注意点を見つけてしまった。私は三重県という辺境から一切外に出たことがない生粋の三重県民だ。方言とかには気を付けないといけない。別に方言とか地域差ぐらいなら多少ミスっても笑い話になるだけだ。ただ、ここはIS学園。グローバルかつフォーマルな場だ。外国の人とのコミュニケーションには細心の注意を払わねば。これも後でググっておく必要がある。
私は『やらなければいけないことリスト』の暫時的な増加に心の中で苦笑した。
「三重県……です」
危うく丁寧語を忘れかけるところだった。
「みえけん……って、どこ?」
ヤタケさんは三重県を知らなかった。
47都道府県が分からないなんて非常識、とするのが早計であることぐらいは私にも分かる。帰国子女かもしれないし。それに三重県を知らない人がいるのも普通だろう。私も自分が住んでいる県じゃなかったら絶対に知らない。
「愛知や奈良の隣で……あ、伊勢神宮とか熊野古道とか松阪牛とかあったりします」
「おー! 伊勢神宮のとこね。なるほどなるほど。名古屋県の近くかぁ」
これはツッコんでも良いのだろうか。先程私が思いっきり「愛知」と言ったのだが。見た目に即したロールプレイだろうか。勿論、怖いのでスルーする。
ただ、もしこれをボケで言っているのだとしたら、ギャグセンスの点においては私とそう変わらないことになる。
「中学で何かやってた? 部活とか趣味とか」
ヤタケさんは自分のことは語らず、私のパーソナルデータを根掘り葉掘り聞いてくる算段のようだ。通常の会話の流れだと、私の方からもヤタケさんに踏み込むオフェンスの時間がやってくるので、これはありがたい。会話が途切れて気まずい時間が流れない。いや、ありがたいか?
にしても、部活か。正直に言うと帰宅部だったのだが、帰宅部と答えてしまうとあらぬ誤解を招きそうだ。「IS学園に合格するために必死で勉強してた」みたいな。適当なことを言って誤魔化すしかないが、純度100%の嘘はいずれバレるだろう。なるべく真実に近しい感じの嘘を吐かねば。
「えと……読書、とかしてたり……してました」
「読書かー。文芸部みたいな?」
「まぁ、ミステリを少々」
「みすてりー……凄いねぇ。わたし、そういうのは全然でねー。あんまり読まないんだよね」
ミステリとは言うものの家に置いてあったやつぐらいしか呼んだことはない。読書好きとかそういうわけではない。単純にそれ以外のジャンルが家になかっただけのことだ。東野圭吾とか宮部みゆきぐらいの年代のをちょびっと読んだだけなので、古典的名作とかの話に持ってかれると詰みだった。アガサクリスティーですら4作品しか読んでいないのに、うっかり「ミステリ好き」でも名乗ってしまった日には、本物のマニア達から完全犯罪を披露されること間違いなしだ。
「あー、文芸部かぁ。良いなぁー……わたしはね、新聞部だったからね。文芸部とは付かず離れずみたいな?」
新聞部、とな。中学時代の放課後を全て帰宅に費やした私は部活に対する理解が小説の中にしかない。パブリックイメージでどこまで語れるか。いや、そもそもウチの中学に新聞部があったかどうか。う~む、わからん。
「新聞部、ですか」
「そうそう。なんかねー。写真を撮って、文章を書いて、後はこう……4コマ漫画とかをえいや! 完成!
みたいな。そんな感じで新聞を作ってたりしてたんだよね」
ふわふわの極みだった。それこそ私の中のパブリックイメージレベルの説明をされた。あまり他人に説明するのは得意ではない人なのかもしれない。
私の要領を得ない反応を、新聞部だったことを疑っていると捉えたのか、ヤタケさんは大きく両手を振った。
「あ! 別に嘘じゃないよ! ただ、わたしは写真を撮るのが役割だったからそんなに詳しくなくてね。本当だよ!」
「あっ、いや。別に、疑ってたわけじゃ……」
大きく手を振ってアピールした時に、するりとヤタケさんのポケットから青い物体が落ちていくのが見えた。私の視線に「どうしたの?」と訊いてきたので、学生証が落ちたことを伝えた。
「おっとっと、いけないいけない」
拾おうとして上体を屈めた。そして一歩踏み出した爪先で学生証を蹴っ飛ばした。学生証は廊下をスライド移動。
プラスチックが擦れる音に被さる様に足音も聞こえた。私達と同じく、食堂行きの生徒達だろう。
「…………えへへ」
ヤタケさんは照れ隠しに頭を掻きながら学生証へ手を伸ばした。そしてヤタケさんの手の先で青い学生証は横合いから蹴っ飛ばされた。
プラスチックの音、再び。
あまりの目に見えた"予想外"の出来事にヤタケさんは固まってしまった。
刹那の沈黙のあと、横槍ならぬ横足を入れた学生は慌てて学生証を拾いに行った。少し埃を払って手渡してくる。
「ごめんなさい」
横足さん(仮称)はショートカットの髪に青いオーソドックスなヘアピンを付けている。人名と顔がコペンハーゲン解釈のごとく一致しない私でも安心の分かりやすい特徴だ。当然のことだが、顔面偏差値は高い。
直角レベルに勢い良く曲げられた上体の思わぬリーチに襲われた。ちょっとビクってしちゃった。身長が同じぐらいなので油断していた。
ヤタケさんは学生証を受け取ると、両手で表面をなぞった。無事かどうかを確認しているようだ。
「き、傷物になっちゃった……」
その表現はどうなのか。「ふぇぇ……」と気の抜けた悲鳴(?)を上げるヤタケさんの姿は、小さい子供を泣かせてしまった時のような罪悪感を感じさせる。横足さん(仮称)も同じだったのか、ヤタケさんに再度頭を下げていた。
「本当にごめんなさい、夜竹さん」
「ふにゃ? わたしのお名前知ってるの?」
お名前て。箱入りのお嬢様なのかもしれない。
まぁ、言いたいことは分かる。私も初対面の人が自分の名前知ってたらビビるし。向こうからすれば初対面じゃなかったとき、が一番心臓に悪いと思う。
私は改めて横足さん(仮称)を観察する。リボンの色から1年生だと分かる。
「自己紹介がまだだったか。1年1組の鷹月静寐です。1年間よろしくね」
「鷹月さんだね。よろしくー」
その時、タカヅキさん(自称)がチラッとこちらを見た気がした。
あぁ、私の名前は覚えてないのね。当たり前か。
自己紹介をしろ、と。そういうことですね? 任せて下さい、タカヅキさん。
自己紹介は私の───
「あっ、ほ、穂波……みゅなみ…………です」
苦手科目だ。
更新ストップは、4年まではエタってない主義者で行かせていただいてます
(最終更新から4年以上経った大好きな作品達を眺めながら)