IS学園において留年を回避する方法を100字以内で書きなさい。   作:その愛に解なし

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ア.10
イ.100
ウ.1000
エ.10000


問7 (  )事休す

【変態(ヘンタイ) ーー もとの姿から形態が変わること。異常な様のこと。】

(Google先生参照)

 

「で、要件は何かしら」

 

 そう言いながら、私の目の前にいる人物は三又の銛(トライデント)で床を鳴らした。

 目を背けようにも机の上のお茶しか目を向ける場所がない。

 しかし、下を向くわけにはいかない。

 私は再度、視線を前に向けた。

 

「?」

 

 そこには優に150cmを越える()()()()()()()()()()()()()()()()がいた。

 

「……ふぅ」

 

 私は再度目を逸らした。

 帰りたい。

 

 


 

 

 宿題をやるのは大事である。

 理由は──大事なことなので──取り立てて語る必要もないだろう。

 私は東北地方の冬の降雪率ぐらいのレベルでやむにやまれぬ事情の末、織斑一夏を次の模擬線で勝たせないといけなくなった。

 

 やむにやまれぬ事情が二乗に重なった結果、最早「やりたくない」という私情はゴミ箱へとぶちこまれた。

 まぁ、その辺は時間のある時にゆっくりと考えることにするとしよう。

 

「お前は馬鹿だな」

 

「数少ないアイデンティティなもので」

 

 職員室で出し抜けに織斑先生は私を罵倒した。

 返す言葉も特になかった。概ねその通りであると自覚していた。

 織斑先生は軽くため息を吐いた。

 

「許可はしてやる」

 

「ありがとうございます」

 

 私は外出許可を取ろうとしていた。

 当然だが、IS学園の敷地外に出るためには外出の許可を取る必要がある。私はとある思い付きから、外出をしようかなと考えていた。

 私は外出許可の申請書を手に入れると、やにわに職員室に提出。そして今。織斑先生に罵倒された、というわけだ。

 

 外出の許可を得るためには当然、申請書に外出理由を書かなければならない。

 私は正直、何と書いたらいいのかがわからなかった。なにせ今回外出しようとしている理由は、本当に単なる"思い付き"程度でしかないからだ。

 だから『織斑先生から出された課題の一環』と書いた。抽象的の極み。普通に阿呆の回答である。

 

「こんなに早く通常の外出届けを出したのはお前が初めてだ、穂波(ほなみ)

 

「はぁ」

 

「向こうに連絡はしたのか?」

 

「いえ、まだです」

 

 その外出の理由は……倉持技研(くらもちぎけん)に赴くためだ。

 倉持技研は、織斑一夏の専用機を作っている企業だ。どうやら国内のIS産業の"技術部分"のかなりを担っているデカいところらしい。世界有数のIS関連産業を持つ会社だ。

 

 倉持技研側には、許可が降りるかわからなかったので、まだ連絡はしていない。というか怖くてできなかった。

 場合によっては先に倉持技研側に連絡してアポイントメントを取り付けて外堀を埋める方法もあったのかもしれないが、今回は織斑先生のパワーが強いので見送られた。織斑先生が「やっぱなしで」って言ってしまえば外堀は一瞬で完全崩壊するからだ。

 

「どうして倉持に行こうと思った?」

 

「えっと……」

 

 織斑一夏のスポンサー……もっと言うと専用機を開発しているのが倉持技研だから、ぐらいの軽い理由で決めたのだけど。

 今回は本当にそれだけの理由だ。勿論、"くーちゃんからの助言"はあったけど、実際に行こうかなと思っている理由は本気でそれだけだ。なんとなく。

 

「織斑一夏……くんを次のオルコットさんとの模擬戦で勝たせるには、倉持技研の協力も必要かと思いまして」

 

「専用機か?」

 

「まぁ、平たく言うと……はい」

 

 織斑先生は私の要領を得ない返答に難しい顔をした。本当に何も考えてないんですって!

 

「何事も経験だ。とりあえず倉持には私から話を付けておく」

 

「えっ、ありがとうございます」

 

 そんなこんなの末に、私はIS学園生活3日目にして、初めての外出をする運びとなった。

 

 


 

 

「で、要件は何かしら」

 

 眼前の現実との果てしなき脳内鬼ごっこに敗北した私は逃走を諦めた。代わりに選んだのは目の前の変態に立ち向かう闘争という選択。

 私は目の前にいる()()()()()()()()()()()()()()()()を再度見た。

 

「えっと、」

 

「そういえば自己紹介がまだだったわね」

 

「あ、えっ、そうですねはい」

 

「私は篝火(かがりび) ヒカルノ。幼馴染のように気軽に"キーちゃん"とでも呼んでくれたらいいわ」

 

穂波(ほなみ) みなみ、です。えっと……よろしくお願いします。篝火さん」

 

「古くからの親友の様に気軽に"ミッミ"って呼んでもいいかしら?」

 

「他人なので謹んでくれるとありがたいです」

 

「そう。よろしくね、穂波さん」

 

 戸惑いとツッコミが思わず溢れ出てしまった。

 ビジネスライク会話の経験なんぞ、生まれて来し方15年皆無だ。この変なテンポ感で会話をしてくる篝火さん相手に体裁を取り繕うことは難しいかもしれない。

 

「別に自然態でいいわよ。織斑先生も穂波ちゃんがいきなり失礼のない振る舞いを完璧にできるとは思ってないから、わざわざ私に話を通したんだし」

 

「はぁ」

 

 早速、穂波()()()にダウングレード。いや、アップグレードなのか?

 それはそれとして潜水服を着て顔すら晒していない相手から『失礼のない振る舞い』という単語が出てくるとは思わなかった。

 

「どの面下げて言ってんだって顔ね」

 

「どの面も何も見えないんですけど」

 

「ごめんなさい。これにはこの潜水服のように深い理由があって……」

 

 はぁ。

 理由、とは。

 

「小学校のプールのように深い理由が……」

 

「ビート板吹っ飛ばしてそうなぐらい深い理由ですね」

 

 とりあえずここでうだうだ自己紹介の類いをしていても時間の無駄だ。

 私はさっさと要件を言うことにした。

 

「5日後に織斑一夏くんとイギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットさんが模擬戦をします。勝った方がクラス代表になります」

 

「へぇ」

 

「私は織斑くんを勝たせたいです。ご協力してくれますか?」

 

 私は篝火さんの様子を伺った。

 潜水服の裏側に隠された表情は、まるでわからない。ゴーグル越しのくぐもった声でしか目の前の人物の様子を伺うことはできない。

 

「穂波ちゃんは織斑くんが勝てると思っているの?」

 

 勝てると思っているならこんなことはしない。勝てそうなら私はただ空調の効いた快適な部屋で寝転がりながら織斑一夏の勝利を祈っていただけだった。

 ここは正直に言うべきだろう。

 

「いいえ。でも、」

 

 勿論、「勝てない」だけで終わるのは良くない。

 ここは倉持技研の技術力を持ち上げる方向で行こう。

 

「そちらの専用機次第で、ひっくり返せると思っています。だからここに来ました」

 

 再度、篝火さんの様子を伺う。篝火さんは顎に手を当てて何かを考え込んでいる。私の訪問の狙いとかでも考えているのだろうか。

 だが、残念。私は「専用機って何か凄そうだし間に合ったらいいよね」ぐらいの感覚でここにいる。つまり、何も考えてないということだ。

 

「専用機の性能は知ってる?」

 

 知らない。

 そもそも私は「専用になったから何だよ」というレベルの知識量である。えっと、専用機の情報って出てるんだっけ。私のさっきの発言は「専用機次第で~」だ。専用機の性能を知っている、とも取れるし、知らないとも取れる。

 どうしよう。見栄を張るべきか、張らない方がいいのか。

 

「……勝てますよね」

 

「えぇ、そうね。専用機(あの機体)なら可能だわ」

 

「…………」

 

 私は明言を回避した。しかし、(自社なので当たり前だと思うが)篝火さんは大分その専用機に自信があるみたいだ。これはもしかしたら勝てるかもしれない。

 

「穂波ちゃんは専用機の完成が模擬戦に間に合うのか聞きたいのよね」

 

「あっはい」

 

「結論から言わせてもらうと……かなり厳しいわね」

 

「あっそうですか」

 

 厳しいらしかった。まぁ、「入学して一週間後にいきなり模擬戦やるぞ」とか急に言われても無理だろう。そうかー、間に合わないかー。うん、終了!

 

「穂波ちゃん、こっちからも聞いてもいいかしら」

 

「あっはい。全然なんでも」

 

「その模擬戦の詳しい経緯とかルールについて聞きたいの」

 

 あれ? 模擬戦について、聞きたい?

 私はちょっとばかり勘違いをしていたかもしれない。

 てっきり私は、篝火さんは模擬戦とかの事情について知っているとばかり思っていた。織斑先生が話をダイレクトに通したぐらいだし、織斑一夏のスポンサーだし。

 しかし、実際にはIS学園内部の事情は入ってきていないのかもしれない。

 

 そうだ。

 だって誰が、入学して一週間で模擬戦をやることになると予測できる?

 IS学園は内部からも外部からも"出入り"が難しい場所。私が持っている何てことない情報ひとつでも、外からすれば貴重な情報になり得るのだ。

 さて、どこまで話していいものやら。でも模擬戦をするってなると、織斑一夏のスポンサーかつ専用機開発担当の倉持技研が来ないというのは考えにくい。当日には倉持技研もIS学園に来るだろう。その時には遅かれ早かれ事情は知ることになる。

 

「いいですよ」

 

 とりあえず了承しておいた。正直なところ、何が正しいのかなんて全然わからん。わかんないのならとりあえず目先の利益を取ろう。篝火さんとの良好な関係性というメリットを。

 

「───というわけなんです」

 

「……なるほど」

 

 経緯を話した。

 篝火さんはトライデントをくるくると回している。正直危ないので辞めて欲しい。床が削れているのを横目に、私は視線を潜水服の方に戻した。

 

「穂波ちゃんは専用機がないと絶対に勝てないと思ってる?」

 

「いや絶対にってほどじゃないですけど……それこそ、対戦当日にオルコットさんが全身複雑骨折とかしてたら勝機はあるじゃないですか」

 

「なるほど。闇討ちね」

 

 うんうんと頷く篝火さん。こんな物騒な例え話に頷くな。

 

倉持(ウチ)打鉄(うちがね)なら……専用機でないけれど、勝算はあるわ」

 

「流石です」

 

倉持(ウチ)打鉄(うちがね)なら……ね」

 

「………………」

 

 とりあえず持ち上げ。私の数少ない会話技能だ。相手の気分を良くする効果がある。相槌の代わりに使える便利な言葉だ。ちなみに下手に乱発すると信頼ポイントが下降するぞ!

 

倉持(ウチ)打鉄(うちがね)なら……」

 

「2文字被りをダジャレ扱いされても伝わんないので辞めて欲しいです」

 

「あら」

 

 篝火さんは恐らくクスクスと笑った。恐らく、というのは潜水服ごしでは変な掠れた音しか聞こえなかったからである。

 

「穂波ちゃんは第三世代のISの特徴は知ってる?」

 

「いいえ。ちょっとわかんないです」

 

「今、広く一般に流通しているのが第二世代。後付武装(イコライザ)がたくさん開発されて、武装の多様化が進んだ"カスタマイズ性の高い"世代。ラファールとかがまさにその典型ね」

 

「はぁ」

 

 なるほど。わからん。

 

「第三世代はその一歩先。セッティングの組み合わせで個性を出すのでなく、イメージ・インターフェースを利用した特殊兵装それ自体に強烈な個性を見出すような……」

 

 なるほど。わからん!

 

「……つまり、ひとりひとりにオリジナル武器があるのよ」

 

「なるほど」

 

 わかった!

 

「イギリスの最新機体でしょ? 私の予想だと、高出力+高機動の燃費の悪い短期決戦(ブリッツ)系の機体って感じね。ということは、よ。スペックの劣る訓練機で対抗するには何が必要だと思う?」

 

 高出力+高機動……ビュンビュン動いてガンガンレーザーをぶっ放してくるのか。となるとレーザーが当たってちゃ話にならない。

 対抗するのに必要になるのはまず、

 

「───機動力?」

 

「せいか~い☆」

 

 篝火さんが恐らく指を鳴らした。恐らく、というのは潜水服なので指がそれっぽく動いただけだからである。

 

「打鉄は本来、物理重装甲を積んだ防御型機体。二人一組のタッグマッチとかで真価を発揮するタイプなの。もしイギリスの最新機体のメイン兵装が高出力の大型レーザーライフルなんかだったら……せっかくの物理装甲が一瞬で蒸発しておしまいね」

 

「おしまい」

 

「ええ、おしまい。だから、打鉄で対抗するにはデフォルトのセッティングから装甲……重量のある物理装甲ね。それを削って機動力を強化しないと話にならないと思うわ」

 

 ふむ。専門家が言うのだからそうなのだろう。

 早速、鷹月さんたちにこの話を持って帰ろう。

 

「それで穂波ちゃん。あなたのお友達の中に()()()()()()()()()()()?」

 

「……はい?」

 

 私は固まった。

 整備ができる人?

 ちょっと待って。私はさっきまで脳死で適当に頷いていただけで、あまり篝火さんの話の内容を聞いていなかった。

 

 篝火さんは訓練機を"改造"することを前提に置いている。そもそも訓練機の改造ってできるのか? 許可面でもそうだし、篝火さんに指摘された通り技術面でもそうだ。

 なんたって私達は入学したての1年生なのだ。

 

「えぇっと……わからないんですけど、そういうのに詳しそうな人ならいます」

 

「うん。いないわね」

 

 篝火さんは断言した。

 

「1年生のこの時期に独りで機体を弄れるなんて、そんな特大のアピールポイントを隠しておく理由がないわ」

 

「謙虚なのかもしれませんよ?」

 

「そんな凄い娘がいたらとっくに特区なスカウト包囲網が出来上がってるわよ」

 

「そういうものなんですか?」

 

「そういうもんよ」

 

 専門家が言うのだからそうなのだろう。2回目。

 いやしかし。参ったな。

 色んなところに落とし穴は潜んでいるわけだ。

 訓練機で戦うには打鉄の改造が必須……そして私達では打鉄の改造はできない。どこかにできる人でもいれば良いけど。

 

「あ」

 

 私は顔を上げた。潜水服のゴーグル部分に私の間抜けな顔が反射していた。

 

「篝火さん────」

 

「ごめんなさい」

 

「……まだ何も言ってないんですが」

 

 ぺこん。

 潜水服がちょこっと前に折れた。

 

「穂波ちゃんの言いたいことはわかるわ。私に打鉄の改造をしてもらいたいでしょ」

 

「まぁ……はい」

 

「それはちょっと厳しいのよね」

 

 そうか。まぁ、そうだろう。

 

「あくまで学生同士の喧嘩ってことで成立するイベントなわけだからね。そこに大人である倉持技研(ウチら)がダイレクト介入しちゃったら、イギリスとの関係が悪くなっちゃう。イギリスはビーム兵器開発の第一線。そこから嫌われちゃったら倉持技研は……日本は大幅な遅れを取ることになっちゃう」

 

「色んな事情があるんですね」

 

「そう、色々あるの」

 

 そこで篝火さんは一度言葉を切った。トライデントの先っぽが床を削った。

 

「穂波ちゃんには見たところ"見込み"が大分ありそうなのよねぇ」

 

 見込み?

 私の怪訝な表情を見た篝火さんは笑った。

 

「ISの世界でやっていく"見込み"がね。どう? 将来は倉持に入ってみない?」

 

 そんなもんあって欲しくなかった。

 

「はは、ありがとうございます」

 

 そうやってなんやかんやで私の倉持技研訪問は終わった。

 帰路のほぼ貸切状態になっている空中モノレールにぼんやりと座っていると、ふとあることに気が付いた。

 そういえば、

 

「篝火さんの顔、見てねぇ……」

 

 もしかして顔も隠す決まりなのだろうかと一瞬思ったが、トライデントの存在を思い出して首を横に振った。

 そして私の未来予想図から、倉持技研という会社は抹消されたのだった。

 

 


 

 学園に帰還すると、私の部屋には既に複数の人間がいた。

 

「どうだった、穂波さん?」

 

「え、どうって何がですか?」

 

「倉持技研で何をゲットしてきたのかってことだよ!」

 

 部屋に入った瞬間、出し抜けに鷹月さんと夜竹さんに詰め寄られた。どうやら私が倉持技研に行っていた事実を掴んで、私の部屋で出待ちしていたらしい。

 視界の隅では岸原さんがキラキラした眼差しで私の方を見ていた。

 

「え~と、倉持技研の篝火さんって人に会って───」

 

 私は篝火さんの奇行や非常識的なところはオミットして、会話の内容を伝えた。

 話を聞いた鷹月さんはショックを受けた様な顔をしていた。

 

「そうね。訓練機の改造は盲点だったわ……!」

 

 そうなのか。やはり1年生では機体の改造なんて出来っこないのが常識なのだろうか。

 ショックから復活した鷹月さんは岸原さんの方を向いた。

 

「岸原さん、一応聞くけど打鉄の改造ってできる?」

 

「無理です!」

 

「ありがとう」

 

 元気よく答えた岸原さん。鷹月さんは腕を組んで考え込み始めた。

 私はまだ自分が突っ立っていたことに気付いた。荷物を置いて座ったタイミングで夜竹さんが挙手した。

 

「1年生の中に1人ぐらいはいないのかなっ!」

 

「いないと思います」

 

「でも1年生はいっぱいいるし、1人ぐらい出来る人がいるんじゃない?」

 

「倉持技研の方が仰っていたように、そんな凄い人いたら話題になっていると思います」

 

 やっぱりそれだけ凄いのか。まぁ、この分だといないのだろう。もしいるとするなら、自分の圧倒的なセールスポイントを表に出さず、その上でIS学園にいるってことになる。真の実力を隠すなんてラノベじゃあるまいし。それか、他に考えられるとするなら。

 

「整備ができる"以上"のビッグな要素がある、とか」

 

「!」

 

 私の呟きに反応したのは夜竹さんだ。

 

「じゃあ、篠ノ之さんとかどうかな?」

 

 篠ノ之 箒……我がクラスにいる"篠ノ之束の妹"。

 確かにIS開発者の妹なら整備とかできてもおかしくないし、篠ノ之束の妹というデカすぎる看板の前に整備の能力がある程度のこと霞んでもおかしくない。

 

「早速連絡しましょう」

 

 鷹月さんは支給品の携帯を開いた。番号を若干慣れない手付きで押して電話をかけた。 

 篠ノ之さんの携帯の番号がわかるのか。

 

「あ! さっき織斑くんと篠ノ之さんに会って来たんだよ!」

 

 夜竹さんが私の心を読んだかのように疑問点に答えてくれた。

 そうか。織斑一夏とコンタクトを取ったのか。

 

「えーっとね、鷹月さんが作戦考えるから織斑くんは頑張って篠ノ之さんとISの練習をしようねって感じになったよ!」

 

「つまり岸原さん、どういうこと?」

 

「私たちが本人の了解を得て正式に織斑くんの"バックアップ班"になったんですよ!」

 

「なんで岸原さんに確認するの!?」

 

 遂に本人と話を付けたのか。私にとってはありがたい話だ。

 私は"くーちゃん"から織斑一夏を勝利させろという宿題を出されている。机上の空論でこの集まりが終わらなくて良かったと安堵。

 夜竹さんが続ける。

 

「何でも鷹月さんはここで織斑くんのバックに就いておくことで、次のクラス代表戦でも作戦を立てたりしたいんだって!」

 

 次のクラス代表戦。もうすぐ行われるIS学園最初のデカいイベントだ。外から人も入ってくるクラス代表戦は、名実共にIS学園でも一大イベント。

 織斑一夏がクラス代表になれば、前々から関係がある鷹月さんが指揮系統の中心になることに異議を唱える人は少なくなるだろう。

 そう。

 織斑一夏がクラス代表になれば、の話だ。

 

 鷹月さんも本気で織斑一夏を勝たせようとしているのだ。

 もしここで織斑一夏がクラス代表になれなければ鷹月さんのクラス内での影響力は落ちるし、一大イベントであるクラス代表戦で活躍できない可能性も高くなる。パイロット以外の部分で成果を出したい鷹月さんとしては、それは絶対に避けないといけないことだ。

 

「……篠ノ之さんも整備はできないみたい」

 

 鷹月さんが電話を終えた。

 そうか。篠ノ之束の妹と言っても、別人なわけだしね。

 

「倉持の人が打鉄使って勝つなら改造が必要って言うぐらいだし、やっぱり機体弄らないと厳しいのかなぁ」

 

「オルコットさんの機体がどういうものかにはよると思うけど、基本的に世代間の性能差は埋められないわ。第2世代が出た時も大変だったものね」

 

「はい! しかも専用機 対 訓練機です! 専用機は訓練機より遥かに高い機体性能になるので、よっぽどのことがない限り勝つのは……!」

 

 詰んだ。

 これはそういうことじゃあないのか?

 

 今回のオルコットさんvs織斑一夏において、大きく勝敗を分けるファクターは2つ。

 1つ目は当然、機体性能差。

 勿論、最新の専用機を使うオルコットさんが超絶有利で、織斑一夏サイドにはその差を少しでも埋められる"改造"という選択肢すらない。

 

 2つ目はパイロット差。これも300時間訓練しているオルコットさんがハイパー有利で、初心者の織斑一夏がスーパー不利。しかも今から300時間はどうあがいても訓練できないので、こっちの差は絶対にひっくり返せない。

 

 詰みだ。

 ジャイアントキリングは少なくとも完全な偶然だけでは起こらない。何かしら下剋上に相応しい要素があって初めて成立するものだ。今回、ありとあらゆる要素において織斑一夏は有利を取れない。おしまいのまいだ。

 

「ふぅ」

 

 溜め息をひとつ。

 もうこうなったら"アレ"しかない。

 

「ちょっと1回外出てきても良いですか……?」

 

 私は一度断りを入れて部屋の外に出た。

 向かうのは以前訪れたトイレ。

 職員室近くのトイレだ。

 

「……誰もいない、っと」

 

 このトイレは実に素晴らしい。広くて綺麗なのもそうだし、誰かが入って来た時にわかるのが本当に最高だ。それでいて利用者は少ない。

 ぼっちは少なからずトイレで落ち着く習性みたいのが内蔵されているのではなか、と私は睨んでいる。おちつく~。

 

「さて、」

 

 私は一番奥の個室に入って気合いを入れた。

 

「もしもし、"くーちゃん"さんいますかー?」

 

 個室に入り、ドアに向かってノックした。すると何の変哲もないドアに、どこからともなく映像が浮かび上がった。

 銀髪の可愛らしい女の子の姿が映った。女の子はぺこりと一礼した。

 

「こんにちは。穂波さん。あなたのフォーリンラブちゅっちゅっ♡ くーちゃんです」

 

「あの普通にお願いします」

 

「……最近流行りの挨拶だと伺ったのですが」

 

「これ流行ったら日本末期すぎると思いますけど」

 

 トイレのドアに投影されたのは"くーちゃん"だ。

 これで2回目の対面。まだ少し緊張はある。なにせ、このくーちゃんは()()()()()()()なのだから。勿論、自称。

 

「今回はどのようなご用件で?」

 

「わかってるのに聞くんですか?」

 

「例え穂波さんの用が盗み聞きして(わかって)いるとはいえ、本人の口から聞くのが礼儀というものです。初対面の人にいきなり名前を呼ばれたらビックリしますよね。そういうことです」

 

「それやられた気がするんですけど」

 

「機体についての情報ですね。勿論、ありますよ」

 

 自身の言葉がブーメランとなって帰ってきて形勢が悪くなったと見るや、くーちゃんは話題を切り替えた。

 

「準備は良いですか?」

 

「あー……はい。また"あれ"ですか」

 

「はい。"あれ"です。穂波さんの脳味噌に直接情報を送りますね」

 

 前回の会合の際、私はトイレのドアに投影されたこの女の子に驚きの三乗だった。

 なにせ、トイレのドアから急に話し掛けられたのだ。しかも、その上で「自分は篠ノ之束の従者です」なんて言うもんだから不信感MAXだ。

 では、なぜ私がこのくーちゃんの言うことを信じているのか?

 それは()()()()()()()()()()()()()からである。

 

「セシリア・オルコットの使用する機体、ブルー・ティアーズのデータです。どうぞ」

 

「あばばばばばっばばばばばっばばばばああああああばばば」

 

 ぎゅるーん。

 ぐわぐわぐわぐわわーん。

 激しい目眩と立ち眩みを更に倍プッシュしたような感覚に襲われる。右も左も分からなくなって、今いる場所も、経過している時間も、思考という思考が全部根こそぎ書き乱されていく。

 数秒にも数時間にも数日にも感じられる混乱は気付けば終わっていた。

 

「あー、来ました」

 

「そういう時は『downloaded(理解した)……』と呟くのがAAAですよ」

 

「メジャーではないんだ」

 

 慣れない。慣れそうにない。

 軽度の車酔いみたいな気持ち悪さを抱えながら、私は脳内にダイレクトにブチ込まれた情報を確認した。

 確かにオルコットさんが乗る機体、ブルー・ティアーズについての情報だった。

 

「前回みたいな余計な情報なくて安心です」

 

「流石の超天才清楚系うさみみ美少女のくーちゃんでもこの短期間に束様の武勇伝vol.2を制作するのは難しく……」

 

「さいですか」

 

 前回、この不審者に私は、出会い頭に"篠ノ之束武勇伝"という名のゴミみたいな情報をブチ込まれた。少なくとも私は脳味噌に撃ち込まれたこのしょうもない武勇伝という名前のホームビデオを信じる他なかった。つまるところ、目の前のくーちゃんというのは本当に()()篠ノ之束の従者なのだということを。

 現在全世界が総力を挙げて探している行方不明の超天才、篠ノ之束。それにまつわる情報となると、まぁ普通に国家機密レベルなんじゃなかろうか。情報をダイレクトに脳味噌に入れられただけあって、この武勇伝は忘れることができない。

 1周回って全く気にも止めてないが、私は結構ヤバい状況にあったのだ。

 あるのだ。

 マジ?

 

「そろそろ時間ですね。『()()()()()()()()()()()()()』。課題を忘れないように。では、ごきげんよう」

 

「……はぁ」

 

「らぶちゅっちゅ♡」

 

「早く帰ってくれません?」

 

「最近の別れの挨拶はこれが定規だと伺ったのですが」

 

「少なくともメジャーではないですよ」

 

 今度こそ本当にくーちゃんは帰ったようだ。壁面に投影された映像が消える。これどうやってんだろ……こわ。

 溜め息をもう一度吐いて、100%何らかの法に触れているであろう手段で入手したブルー・ティアーズのデータを流し見する。

 

「織斑一夏をクラス代表にする、かぁ……」

 

 くーちゃんから……いや、篠ノ之束から課された"課題"のことを考えるとブルーな気分は止まらなかった。

 篠ノ之束は織斑一夏のことをかなり気にかけているようで、IS学園においても何か良い感じに織斑一夏を目立つところに置いておきたいらしい。武勇伝からの情報なのでまず間違いはないだろう。

 そしてここが本当に謎なのだが、外からも中からもクローズドな環境であるIS学園内の"サポーター"として私をチョイスしたのだった。本当に何で?

 

「なーんで私がこんなことさせられてんだろうなぁ……」

 

 ぽつりと呟いてみたけど、誰もその答えを教えてはくれないのだった。

 ゆーうつ。

 

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