元星漿体のあの人の設定改変ものif 作:時村ニレ
2023/06/05 14:20 当初の構成が分かりにくかったため、大幅に改稿しました。内容自体に変更はありません。
天内理子は、1992年の7月に
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理子はまだ首の座らない赤ん坊で、世話役が押す新生児用のベビーカーの中で、すやすやと眠っていた。黒井美里は将来仕える主人のために同行していたという。
理子の人生にとって極めて重大な会談だった。どんなやり取りがあったのかは余すところなく記録され、筆記録としてまとめられた。書記役になったのは当時の呪術高専東京校学長。性質上、その筆記録はみだりに外部に漏らしてはいけないものとなった。だが、天内理子に対しては、幼い頃から内容を言い含められ育てられることになる。
1992年の7月、呪術高専東京校の地下、薨星宮。現地に居た者は全部で7名だった。
内訳としては、まず薨星宮の主人『天元さま』、やり取りの立会人兼書記の東京校の学長。
赤ん坊だった理子、世話役の黒井親子。
残る2名は、当時中学3年生の
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筆記録は、薨星宮での告知と、その後の出来事を詳細に明記していた。
由基子は1977年4月生まれで、物心ついた時から『2006年の初夏に星漿体として天元さまと同化する』と言われて育てられてきた。だが、中学3年まで育った1992年7月のタイミングで、星漿体の地位から降ろされることになったのだ。
そうなったのは至極単純な理由で、もっと星漿体に相応しい子が、天内理子という女児が誕生したため。……そういう事を、由基子は天元さま直々に告げられた。
星漿体でいるということは、来たるその日まで魂に呪縛をつけながら生き続けるということ。魂を矯正させて整えるという星漿体専用の呪縛の付け外しには、
呪縛の付け外しの段階になって、由基子は急に泣いて嫌がった。
「自分がこのまま星漿体で居続けることはできないのか」と尋ねて呪縛を外すことをひどくひどく嫌がり続けた。養父の楽巌寺嘉伸に強い言葉で叱られた末、由基子の口から飛び出したのは「こんな子を生贄に突き出す仕組みはクソだ!」という、おそらくは本音が出た。
咄嗟に飛び退いて身構える楽厳寺嘉伸と東京校の学長を制して、天元さまは由基子に言葉を掛けた。
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筆記録には、その言葉が一言一句細かく記録されている。
何せ、偉大な術師『天元さま』が
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「この星漿体との同化の仕組みがクソだと思うなら、改善したいと思うなら、君が中学を卒業する来年度の春から、この東京の呪術高専においで。どれほど難しく代えがたい仕組みなのか私が直々に教えてあげよう」
「改善策を見つけるという難易度の高さに君の心が折れるにしても、君が私以上に発想と才能を見せて何か同化に変わる改善策を見出すにしても、どちらにしても意義はある。今の君をそのまま放置しておくと、私を心から憎むだけの術師になってしまいそうだから」
「だからね、憎しみ以外に方策を探る、研究中心の術師という生き方を私は提示したい。一生かけた無駄骨になるかもしれないし、将来どんな発見をするかなんて今の私にも分からない事柄だ」
「決めるのは君自身だよ、楽厳寺由基子。例え君がこの提案を拒んだとしても、誰も君を処罰はしない」
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1992年当時は中学生だった由基子は、2006年の初夏の今、呪術高専東京校所属で、唯一の特級という肩書きの術師だという。
天内理子が会ったのは生後3ヶ月にも満たないその時の一度きりだったけれど、1992年の7月のやり取りそのものは何度も語られていたし、読まされていたのだ。
だから、天内理子は、由基子の運命を変えるに至ったであろうその薨星宮のやり取りを詳細に『知っている』。
急に熱意が湧いたので投稿します。続く場合は時系列と話の持って行き方(特に懐玉・玉折編周り)をもう少し詰めてからになろうと思われます。
SSの読みやすさ・読みにくさについて特に気になっています。仮に連載を続ける場合、参考にしますのでアンケートに御協力頂けますと幸いです。
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