元星漿体のあの人の設定改変ものif 作:時村ニレ
アニメの過去編にカッとなりました。完結時のお知らせを撤回する形となりますが、こちらの連載ページに追加する形で投稿させて頂きます。
本編掲載時にはテンポ重視でカットした、楽厳寺由基子vs禪院家の因縁のお話。
伏黒恵(3歳)が楽厳寺由基子の里子になって、はや5日。
――予想以上に禪院家がうるさい。
禪院家のプライド故に、『十種影法術を使えるかもしれない男子が、禪院家の
由基子が引き渡すなんて選択肢を取るはずがなく、面会の申し出も全て拒絶し続けている。面会した瞬間に禪院家に誘拐されそうな情勢にまでヒートアップしている中で、面会させる馬鹿がどこにいるというのか。
その態度がまた禪院家をヒートアップさせたらしい。退任間近の東京校学長に変な圧力が加わったようで、由基子と恵の新しい住まいは未定のままだ。天元様の勧告通りなら、高専内の空き住居を提供してもらえるはず、……だったが、そのような住居の提供話はまだない。
恵の所在地は、今のところ薨星宮の空性結界だ。天元様が作った子ども部屋で匿われている。
★ ★
高専の自動販売機スペースで、楽厳寺由基子特級術師は、傑に奢りのお茶のペットボトルを渡しながら軽く頭を下げた。
「禪院家から天元様に『恵に会いたい』っていう要請が来るのは当然だし、京都校の
「……いえ、ご心配なく。多少不愉快な事を言われただけの事故ですから」
そう、事故だ。今日の任務は、事故だった。
突然、禪院家からの申し出で高専に振られたという合同任務だった。組む相手に『夏油傑一級術師』名指しで指定した。……単独任務で現場に出るのは人生初だという特別二級術師に、呪霊操術の強さを見せつけてほしい、という内容の、明らかに訳あり臭のする跋除任務の依頼。
特別二級術師は傑よりは幾つか年下の少年で、緊張丸出しだが礼儀は正しかった。……問題だったのは、補助監督の代わりになっていた禪院家の付き人だ。その付き人は、明らかに酒臭い和装の高齢者で、跋除を終えた傑に絡むように告げたのだ。
――夏油術師、伏黒甚爾の息子の件でうちの分家筋が燃え上がっているのは御存知ですか? 天元様と楽厳寺術師を出し抜いて息子を禪院家に連れてきたら、本家のどんな娘でも思いのままに娶れるんじゃないかって与太話で盛り上がってんですよ……。
罠ですらない稚拙な任務だったが、言葉そのものは意図的なものだろう。傑が話を聞き続けたら『脈あり』と捉えられて誘拐の密談が始まるとかいう、ふざけた部類の。
傑は手元でボトルのフタを捻りながら笑う。
「素人でも分かりやすく不自然だったので、今振り返ると滑稽すぎて笑ってしまうくらいです。……話が込み入って巧妙になってくると、そうも言っていられないのかもしれませんが」
「そうね。たぶん今回で貴方は観測された。政治的な最低限の勘があるのかどうか、女の話に反応する俗物なのかどうか。……おそらく同じ手口は二度は無いわね。また罠に嵌めようとするなら、もう少し練った手口で、たぶんあの手この手の繰り返し」
巧妙過ぎて気付かない手口がどんなものか、傑にはそれこそ想像がつかない。悟に聞けば、五条家内で見聞きした事柄をいくらでも教えてくれるだろうが、あいにくとまだあちらは任務中だ。
……ここで、傑と同種のペットボトルを握った由基子が、真顔で傑に向き直った。
「夏油傑一級術師。特級術師になりうる貴方に、ちょっと政治の授業をよろしいかしら。私と禪院家の因縁に巻き込まれた記念にね。……何故、私が禪院家を嫌うのかをお話しようと思うの。この業界で長く生きてる関係者ならみんな知っているお話を」
「……。お願いします」
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私の実の両親は、どちらも一般家庭出身の術師だったらしいの。
京都校に入学した同期同士でくっ付いて3年の終わりに学生結婚したそうで、4年生在学中に母親が妊娠して、同じ年の年度末に父親が殉職して、母は5年生に上がったけど術師を続ける気力を無くして。非術師社会の母子家庭として生きるつもりで出産したらしくて、それで生まれたのが私。
……生まれたその日に私が星漿体に指名されて、計算が狂ったらしいけど。
その時の生みの母の担任が、当時はただの教師だった、楽厳寺嘉伸。その楽厳寺の家に私を渡すことと引き換えに、母は偽戸籍等諸々の新しい身分を与えられて呪術界から去ったんですって。
家の後ろ盾のいない星漿体を産んだ身体なんて、呪術界に居たままだったらどんな目に合うか知れたもんじゃないから。母の選択は正当だって私は思ってる。
天内理子ちゃんの情報は厳重に秘匿されていたけれど、私が生まれた時の秘匿度合いはそこまで厳重ではなかったらしいのよ。楽厳寺という術師の家で育てさせれば安心だ、っていう油断が業界全体にあったのかもしれない。
私が生後3ヶ月くらいの時には、当時の呪詛師界隈には私の情報が漏れて知られまくっていたらしくてね、……私を『母胎』にした色々な企みを考えていた呪詛師達が、徒党を組んで楽厳寺の家を襲おうとしたんですって。
一方で、当時の禪院家の嫡男が、お付きの人を連れて、星漿体っていう赤ん坊を見物しに同じ日に楽厳寺家を訪問しに来たらしくてね。……タイミング悪く呪詛師集団とかち合って楽厳寺家周辺で呪い合いになったんですって。
呪詛師集団の方が人数多くてありえないくらい予想外に強かったらしくて、呪詛師集団も、禪院家の嫡男側も、全員が相打ちで共倒れになったそうよ。生存者ゼロだったって聞いてる。
当時の御三家ってね、加茂家は同じく保守派の母体。五条家は今より勢力が弱い分だけ、禪院家の方は今より勢力が強かったの。その家の嫡男がそういう風に死んだことで呪術界に激震が走ったらしくてね、当時の禪院家の当主は、同じことが繰り返されないことを徹底的に望んだの。
――楽厳寺由基子の身体に『母胎』としての唯一無二の価値がある事で、この事態を招いてしまったのならば。希少なその価値を無くしてしまえばいい。
どの家の箔付けにも使えないように、楽厳寺家からも嫁がせられないように、星漿体の血筋を後世に残さないように『処置』すればいい。
禪院家が主導して根回しに動いて、養父達が気付いた時にはどうしようもなかったんですって。1977年7月付の楽厳寺家当主宛 総監部指令、今でもここの高専の資料庫を探れば残ってる。
――『呪術界の平穏のため、楽厳寺由基子に対して早急に不妊化手術を執り行うこと。子を産むに必要な臓器を徹底的に取り除くこと』
……1992年の天内理子ちゃんの誕生、私が星漿体を降ろされて術師になったこと、誰にとっても予想外だったでしょうね。……そういうことが起きなくて、私が29歳の今に至るまで呪力のほとんどない無力な星漿体のままだったら、単にこの世界に愛着を持つだけの女だったら、たぶん5日前に天元様と同化して呪術界的には一件落着していたんでしょう。
私が23歳の時、……天元様の推薦で特級術師に上り詰めた時の話なんだけど。
私はね、呪術総監部に対して、赤ん坊の頃の不妊化手術の補償を求めた。私が欲しかったのは、お金でも権力でも呪具でもなくって、……『任務を全く受けない状態でも、それを理由とした懲罰を受けない特権』。高専所属じゃないフリーの術師さんみたいに、どんな任務を受けてどんな任務を受けないのか、自分で決められる自由を、補償として私は望んだ。
私が散々にゴネてゴネて、最後には天元様が後ろ盾になって、その補償は要求そのまま受け入れられた。
頭が固い家の人達からは、ものすごい悪意まみれの言い方されたけど。
――子ども産めない身体に絶望したクソ女が、20年越しに騒ぎ立てやがった、って。
呪術界はナチュラルに男尊女卑が酷いから、そういう言い方されるのは分かってた。その時は。
今の私の地雷はね、『禪院家の人間に
一昨年禪院家と揉めたときに、私はそうなんだって自覚した。
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「正道君は、もうすぐ
一般家庭出身で呪力に目覚め呪術高専に入学する子にとって、それまで生まれ育った非術師の社会は、必ずしも生きやすい場所ではなかったかもしれない。とはいえ、呪術の世界も決して息がしやすい場所ではないのだ。
話を聞かされる未来の女子学生にとって、由基子の打ち明け話は少々残酷だろう。特級呪術師の女に向けられた悪意が『女学生の己にも向けられかねない』、そんな危機感が生まれるような……
「……。そう、ですか。そういうことがあった、って、内々に教えてもらうことは悪いことではないのかもしれませんね」
夏油の返しに、由基子は緩く笑った。
「ありがと、君はそう捉えてくれるのね」
★ ★
ちょっとした政治の授業を終えて、頭を下げる夏油を見送ったタイミングだった。
天元の女声の念話が、由基子の頭に語り掛けてきた。
「由基子。予想よりもずいぶん早いが、面倒事が来た。禪院家の当主からきみに面会の依頼だよ。呪術総監部の例の障子部屋で、総監部の者を証人に立てた状態で、当主と君で話をしたいのだと」
由基子は小声で応じる。
「それは確かに面倒な……。総監部の方が『証人』に徹して頂けるのなら、当主と私の話がどう転ぼうと無言に徹して頂けるなら、お受けしましょう」
当主の方に決して受け入れられない言い分があるだろうが、由基子の方にもまた絶対に曲げられない言い分があるのだ。
後編の投下まで少々間が空く予定です。
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