元星漿体のあの人の設定改変ものif   作:時村ニレ

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 『質量』という概念のまま、どんな術式ができるか考えて改変してみました。


懐玉-弐-/2006年初夏

 

 石畳の上、凰輪(ガルダ)が血だらけで巻き付いていた。『術師殺し』の腰に刺さりながら、彼の全身を絡め取り、強く締め付ける様に巻き付いていた。

 血だらけの式神の強度を、楽厳寺由基子は領域開示により強化する。

 

「私の術式順転は『自己限定の完全透過』、術式反転は『他者限定の質量付与』、つまり術式の本質は」

「『質量』使いか、アンタ……!!」

「まだ口が利けるのね『術師殺し』。良かったわ、加減なく締め上げられる。……話を続けると、私の式神だけは、世界で唯一、私自身かつ他者のどちらでもあると解釈してる。だからその凰輪だけは透明化も質量増大も自由自在、っていうわけ」

 

 血が流れていた。血を流していた。血の匂いが漂っていた。どんな凄惨な現場よりも、どんな呪霊への憎しみよりも、強く、魂を(さいな)むような激しい怒りを伴って、特級術師 楽厳寺由基子は、ただ彼を見下ろした。

 

   ★      ★

 

 話は、同化当日の正午過ぎに(さかのぼ)る。

 

   ★      ★

 

 大阪発・東京駅行きの新幹線のぞみは、何事もトラブル無く、至極順調に発車していた。

 楽厳寺由基子は発車早々に凰輪を引き連れてデッキに立ち、携帯電話で通話を始めていた。辺りに他の客の姿は無く、とりあえず盗み聞きは気にせずとも良い状況だった。通話相手は夜蛾正道。

 

「無事に11時過ぎまでしのげて良かった、……とはいえ、こんな時期にどこの誰が理子ちゃん狙って懸賞金を出したんだか、まだ分からないの?」

 

 『呪詛師御用達の闇サイトで、天内理子の首に3000万の懸賞金が掛かった』ことを由基子が知ったのは一昨日で、まだ日本に帰国する飛行機に乗ってさえいないタイミング。異国で一瞬気が遠くなりかけたものだった。

 

「そうだな。もちろん調査は行っているが、闇サイトに載せたのが誰かは掴めないままかもしれん。事前の印象だけでは盤星教辺りがいかにも怪しそうだが、高専で把握していない勢力がないとも言い切れない状況だ」

「3000万ポンと出せる資金源を持つ相手かぁ。できれば知っている勢力であってほしいけど」

「そうだな。五条にも夏油にも、どんな者が襲ってくるか分からない前提で、……高専に到着するまで決して警戒を怠らないよう指示は出してる。理子ちゃんと一緒に15時頃に高専に到着するらしいが、……由基子ちゃんの方は大丈夫か?」

「まあ何とか。色々あったけど、14時をちょっと過ぎたタイミングで東京駅に到着予定よ。時刻表通りならね」

 

 由基子が遭遇した『色々』というのは物騒な事情でもなく、単なる飛行機の機材トラブルだ。前日の夜に成田空港に到着するはずの便の運航スケジュールが消失し、振替先が関西国際空港に今朝着く便だった、……という単純な話。これで帰国のタイミングが1泊分ズレたうえ、大阪から東京まで移動する必要が生じたのだった。

 

「東京駅から高専まで1時間くらいでしょ、確か。だから私が高専に着くのが15時半くらい? たぶん理子ちゃん達が先に着いてるわね。ここ2年で東京駅周りの渋滞がひどくなったとかいう話は無い?」

「聞いてないな。おそらく東京駅からの時間はその見立てで良いはずだ」

「じゃあ何とかなりそうね。私が高専まで移動する分の補助監督さんの車、ナンバーと待ち合わせの場所は後で教えてね。決まり次第で良いから」

「ああ。13時半までには決定して連絡できると思う」

「ありがとう。……それにしても」

 

 由基子は小さく笑い、話題を変えた。

 

「『望む限りどこに行ってもいい』とはおっしゃっていたから誰も文句は言わないだろけど、……沖縄行き一泊旅行とは思い切ったんねぇ? 護衛も理子ちゃんもみんな。正道くんはNG出す性格な気がするけど」

「一応、不合理ではない理由は並べ立てられたからなあ。いい加減な面の多い学生だが、御三家の嫡男だからその辺りの知恵は回るさ」

「あらまぁ、()き下ろしてるんだか褒めてるんだか」

「率直な意見だと言ってくれ。この手の評価はいい加減だとロクなことにならないだろう?」

「それはごもっとも」

 

 夜蛾とは高専同期の間柄だから、元々2人の会話はかなり気安い。中学卒業まで関西育ちだった由基子の方は、気を抜くと語尾が多少(なま)る。

 新幹線の内装も、建物が走り去る車窓も、夜蛾との会話の有様(ありさま)も何もかもが2年ぶりで懐かしくて、由基子は再びちょっと笑った。

 

 ――後から振り返ると、呑気過ぎるものだったという後悔しかない、そんな会話があったのだ。

 

   ★      ★

 

「ん!?」

 

 車に乗った由基子が高専の異常に気づいたのは15:15頃、敷地の外からでも一目で分かるほど溢れかえる、有り得ないほどの蝿頭の群れを確認したからだ。

 何かがあった。星漿体同化の当日、この日に。

 肌が泡立つ感覚を一瞬だけで飲み込む。

 

「補助監督さん、車止めて!!」「えっ!?」

 

 この距離ならば自動車よりも呪力強化した全力疾走の方がずっと早い。急ブレーキをかけた車の制動も終わらぬタイミングで由基子は凰輪と共に飛び出し、車道から蝿頭渦巻く鳥居の方へと山の斜面を駆け登って、駆け登って、高専の結界内に一歩踏み入れた、その瞬間、

 

「由基子!」

「はい!!」

 

 狙い通り頭に直接(・・・・)語り掛けて来た女声の念話に、立ち止まって肉声を返した。

 元星漿体であるがゆえの体質、あるいは拡張術式か。原理はどうあれ、楽厳寺由基子は、この高専の敷地内限定で、過去の星漿体および天元様の念話を聞き取れる。

 

薨星宮(こうせいぐう)内に手練れの侵入者だ! 先ほど天内理子が撃ち殺された!!」

「……はあっ!?」

 

 告げられたのは、予想以上の有り得ない事態。かなり切迫した様子の念話は続いた。

 

「呪霊操術の子が倒された!! まだ参道にいるんだ、侵入者に対応してくれ!!」

 

   ★      ★

 

 高専地下最深部、薨星宮の参道にて。『術師殺し』伏黒甚爾は、夏油傑の頭を蹴っ飛ばしながら呟く。天逆鉾を片手に持ちながら。

 

「――親に恵まれたな。だがその恵まれたオマエらが呪術も使えねえ俺みたいな猿に負けたってこと、長生きしたけりゃ忘れん、なっ……、!!」

 

 悪寒が走った。直感の赴くままに天内理子の遺体を踏んづけて更に蹴っ飛ばし、天逆鉾を右手に持ったまま左手で構える。

 先ほどまでこの場に存在しなかったはずの女がいる。長い茶髪に眼鏡の、……女だから顔を覚えている、2年半前の禪院家、甚爾に呆れたような視線を向けてきたのだったか。日本で唯一の特級術師、今は海外に出ているはずの。

 

「おい、何でアンタがここにいるんだよ!? 楽厳寺由基子ッ」

 

 女は答えることなく立っている。両手は紛れもなく印を組んでいて。

 

「領域展か」「クソッ、……!!、()ゥ!!」

 

 これまで甚爾は領域展開に巻き込まれたことは無い。敵対する術師が展開してきたことはあったが、いずれも展開しきる前に飛び退いた上で外側から領域を叩くか、そうでなければその後の相手の術式が焼き切れた頃合いを叩いてきた。フィジカルギフテッドの肉体の反射神経で場を乗り越えてきたと言える。

 今回はそうはいかなかった。存在しなかったはずの『何か』が勢いよく腰に刺さり、身体に巻き付いて更に四肢全てを巻き込み抑え込みながら甚爾を拘束する。骨ばった形の細長い、おそらくは……、

 

「式神かよっ」

 

 ――コイツ領域展開をフェイクにして式神(コイツ)を刺してきやがった。

 甚爾の主観でも異様な重さを感じさせるそれでたたらを踏まざるを得ず、天内の遺体があった場所の血だまりに足を取られるように全身がすべり倒される。

 

「正解。私が高専に申告している術式は『すり抜け』、拡張術式は東京校の敷地限定での自由自在のワープ、っていうことになってる。……でもそれは正確な情報ではないし、全てでもないの」

 

 恵まれた方にいるはずの女は、縮こまるような姿勢で拘束された甚爾を見下ろしながら術式開示を続けてくる。なるほど高専限定のワープか。突如この女が出現したタネは割れた。

 

「私の術式順転は『自己限定の完全透過』、術式反転は『他者限定の質量付与』、つまり術式の本質は」

 

 順転と反転の共通点。何を操る術式なのかは聞けば一発で分かる。

 

「『質量』使いか、アンタ……!!」

「まだ口が利けるのね『術師殺し』。良かったわ、加減なく締め上げられる。……話を続けると、私の式神だけは、世界で唯一、私自身かつ他者のどちらでもあると解釈してる。だからその凰輪だけは透明化も質量増大も自由自在、っていうわけ」

 

 式神の呪力が増す感覚。術式の開示は正確なのだろう、攻撃を受けた時の感覚とも辻褄は合う。透明化させた式神を甚爾の腰回りに実体化させやがったのだ。現実の肉体を引き裂こうがお構いなしに。甚爾はかすかに(わら)った。

 

   ★      ★

 

 かくして、話は薨星宮参道に戻る。

 一旦は決着しかけた構図は、由基子の予想だにしない形で動いた。

 

   ★      ★

 

「なあ、もしも俺がどこの依頼でこれをやったか吐いたら、楽に殺してくれんのか」

「さてね、決めるのは私じゃない」

「……アンタ海外にいたんだろ? ここ最近日本で働いてる話、聞いてねえもんな。すげえ働きぶりだと思うが、勘が鈍ってるとか感じねえのか?」

「さぁ?」

「すげぇよ、だってさ」

 

 血だらけの凰輪が消え失せ、咄嗟の自己透明化も作用せずに、腹に熱、熱、熱、……『術師殺し』の、刃物、が。ぐらりとした視界に追い打ちを掛けるように、更に後頭部に熱。

 由基子は気が付けば石畳に倒れ伏していて、朦朧とする意識の中で甚爾の言葉を聞いた。

 

「呪具持った俺の腕ごと式神に巻き込んでるんだぜ、アンタ。術式に作用するとか考えてなかったんだな」

 

 ――特級呪具『天逆鉾』、その効果は、発動中の術式強制解除。





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