元星漿体のあの人の設定改変ものif   作:時村ニレ

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本日は2話連続投稿しております。御注意下さい。


懐玉-陸(後)-/2006年初夏

   ★      ★

 

「由基子。私の、君への詫びのつもりだよ。君は、中学時代の一時に子どもが産めないことをひどく思い詰めていただろう? 子どもを生み育てたい夢を封じられた人生だ、とも。……そんな時期に星漿体から降ろされて、私からの提案に乗ってくれた。『天内理子に選択肢を与えること』ことや『星漿体のシステムを研究して改善すること』が、君の目標になった。……そういう風に君の人生を曲げたことへの詫び」

 

「そして、あんな経緯で天内理子を(うしな)ったにもかかわらず、これから私に隷属しなければいけないことへの詫び。……六眼と呪霊操術の子がいれば、天内理子は無事に同化できると思っていた。この油断は間違いなく私の大きな落ち度だから」

 

「おそらくこの種の提案は今回が最初で最後だね。君は血縁という意味で実の子を得ることはない。託される子はこれから殺す相手に顔がそっくりの男の子だ。見方によってはどこまでも本当の子とは言えないかもしれない」

 

「君が私に隷属する縛りが発動する前に、まだ日付が今日である内に聞きたい。……君の中に、世界で一番嫌い尽くしている相手の子であっても、それでも人生で一度きりでも『子どもを育ててみたい』と思う感性はあるだろうか」

 

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 ――えらく卑怯な聞き方ですね。

 

 楽厳寺由基子は、そう言いたい声を出す前に引っ込める。1977年4月生まれの由基子は、2006年の今、29歳だ。14歳かそこらの頃の苦悩を掘り起こされたとして、「そんな悩み今も抱えているはずがないじゃないですか」と、……そう断言できない自分の弱さを、唐突に自覚する。

 戦闘狂の呪術師が、戦うことにのみ(・・)価値を見出すイカレた精神でなければいけないのと同じだ。研究中心の呪術師であれば、研究にのみ(・・)価値を見出すイカレた精神でなければいけなかったのだ。天元様の言葉に御礼だけ言って、「お言葉ですが、あなたに隷属して研究にだけ集中させて頂く日々が幸せです」と真顔で言える女でなければいけなかったのだ。

 15年前に一度でも『普通の女』の人生に憧れた由基子としては、そんな趣旨のことを心から言えるほどの強さは、ない。

 天元様は天内理子に気遣って見せたように、楽厳寺由基子に対しても気遣いを見せてくる。この方は、星漿体に対してだけは優しくて親身だ。その優しさは、呪術師としての心のイカレ具合と強靭さを弱める方向に作用するだろう。由基子はそんな構造を自覚して、それでも。

 

「……。あなたに隷属する呪術師であることと、育ての母代わりであること、どちらも両立できると、天元様はお考えなのですね……?」

「そうだね。君はそうできると思っているから、提案しているんだよ」

 

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「じゃあ、……縛りを確認する。『呪術師』伏黒甚爾。

 第1の縛りは、『私達が伏黒恵を今日中に貴方の下に連れて来れた場合は、代償として、伏黒甚爾は現存する体内呪力を無害な形で全て放出すること』。

 第2の縛りは、第1の縛りが成立した場合のみ成立する。『楽厳寺由基子は伏黒恵が15歳の3月31日を迎えるまで、双方合意の離縁がない限り、その養育に対して責任を持つ。恵が将来呪力に目覚めた場合は高専に保護された子どもと同程度の待遇を与え、呪力に目覚めない場合は非術師の孤児として相応の施設か里親に委託すること。代償として、伏黒甚爾は今日ここで死ぬまで、今座っている椅子から立ち上がらないこと』」

 

   ★      ★

 

 その日の夜、22:00少し前。

 伏黒という名字の女は1人で外出していた。近所のスーパーは夜遅くまで開店しているのが売りだった。実の娘の津美紀は4歳で、義理の息子の恵が3歳。2人を寝かしつけた後、普段の買い物に1人で行くのが毎日の習慣となっていたのだ。

 女はいつも通りにスーパーの袋を片手に下げ、片手で安普請のアパートのドアを開こうとして、……ドアの鍵が開きっぱなしになっていた事に気が付いたのである。

 ――『泥棒』。脳に浮かんだ単語に背筋がゾッとして、泡を食って部屋に飛び込む。真っ先に部屋の電気を付けてみる。……部屋は荒れてはおらず、津美紀は眠っている。恵はいない。

 ちゃぶ台の上に見慣れない『何か』が置いてある。見慣れた筆跡の置手紙と、分厚い封筒だ。

 

『すまない。

 ヤバい筋から金を借りて、闇の仕事で返そうとしたら、更にもっとヤバい奴らともめだした。

 俺は恵を連れて夜逃げする。お前も津美紀を連れてすぐ夜逃げしろ。法律をガン無視した借金取りよりも怖い奴らが押しかけてくる。警察はアテにするな。

 封筒の中に50万円と離婚届を入れておく。金は引っ越し代に使え。離婚届はすぐに出すこと。俺のことを探している奴に会ったら、「ヤバい借金取りから逃げていった。離婚した。どこにいるか知らない」と言うこと。

 達者で暮らせ。

 甚爾より』

 

 乱れた筆跡の文章に、女の頭はしばらく真っ白になった。

 『甚爾』とは婿の名前である。女が誠心誠意でもって養い、にもかかわらずしばらく帰宅していない、そんな婿の名前である。

 ……確かに、津美紀は眠っている。恵はいない。子ども用の布団は、1人分だけもぬけの殻。封筒を開けてみる。50万円分と思われる新札の札束と、折りたたまれた離婚届。広げてみると夫の氏名欄にだけ『伏黒甚爾』の記載があり、その他の欄は空白だ。

 もう一度津美紀を見る、ちゃぶ台を見る、更にもう一度津美紀を見て、ちゃぶ台の上の札束と離婚届と置手紙を見て、そこまでしてようやく現実を認識して。

 ――ひどい恐慌状態になりながら、女は津美紀をゆすり起こし始める。

 

   ★      ★

 

「恵、……恵。俺が分かるか」

 

 甚爾の下半身に赤い毛布のような膝掛けを掛けて、傷やら血やらを誤魔化した。……その膝の上に、3歳児の身体がそっと置かれた。うつらうつらとしている我が子。甚爾は力の加減が分からないなりに極力優しく揺すり起こす。

 

「ん、んー……、あー、……とーさん」

 

 『父親』という存在を覚えていたらしい。しばらく伏黒家には帰宅していなかった駄目な父親だったが。……安堵して、布で、恵の顔を拭った。甚爾に与えられた厚い布は呪符が編み込まれており、非術師向けに弱めた気付けの効果がある。

 恵を完全に目覚めさせれば、甚爾の腹にしがみ付いてきた。真剣そうな雰囲気を感じ取っているのか、少し緊張している。

 

「一度しか言わないから良く聞け、恵。すっげえ大事な話だ! ……俺な、仕事でものすげえ失敗したんだ。俺はこれから遠くに行く。津美紀も母さんも遠くに逃げた。オマエとはもう会えない」

「……。えー!?」

「俺と、そこの姉さんと話し合ってな、オマエはこの姉さんの家の子になることになった。だから、オマエはこの人の子どもとして、この人の言うことを聞きながら暮らすんだ」

「えっ……? えーっ……」

 

 楽厳寺由基子という初対面の女を指し示されて、恵はひどく混乱していた。それもそうだろう。だが甚爾は言わねばならない。

 

「いいか、恵。長いが、今から言うことをよく覚えて繰り返せ。『恵は、15歳の3月まで、由基子さんのところで大きくなります。お互いが心から嫌だと思わない限り』。……約束だ」

「めぐみは、……「めぐみは、じゅーご、さいの、さんがつまで、ゆきこさんのところで、おおきくなります。おたがいが、こころから、いやだと、おもわない、かぎり」。……うん、やくそく……」

 

 恵をフォローするように由基子が言葉を重ねて、年齢の割に難しい長文をどうにか復唱する形を作る。2人(・・)同時に、魂に、カチッと何かが嵌った感覚があった。

 ――直感で理解する。甚爾と由基子の間で縛りは成立した、恵については分からない。半端な理解力と、呪力に目覚めるには幼すぎる年頃のためだろう。縛りは半端に効いているが、逆に言えば半端にしか(・・)効いていない。破った場合のペナルティは由基子には降り掛かるだろう。恵が破った場合のペナルティは謎だ。

 

「……。このひと、ゆきこさん?」

「そうよ。恵くん。私は由基子」

 

 そこで甚爾の膝の上から3歳児のぬくもりが取り上げられる。恵は由基子の手を経て夜蛾の腕へ、戸惑いながらも夜蛾に抱えられる。

 甚爾は何をするべきか分かっていた。いま取るべき手印が何なのか。身体の直感(・・)が、今この瞬間は弱い呪術師である甚爾の魂に囁く。体内のありったけの呪力を搾り集めた、生涯でたった一度きりの術式を――。

 

「玉犬」

 

 2匹の犬、――白の犬と黒の犬が1匹ずつ、影から生まれた。歓喜を全身で表現するように尻尾を振りながら恵の方に駆け、しかし弱い呪力を完全に吸い取りきった。数秒程度であっけなく消失する。同時に、甚爾の五感が急速に冴えわたった。天元サマとやらの見立てが当たったようで、懐かしい感覚に苦笑いする。魂の呪縛が戻って来た。呪力の感覚はもう感じない。術式の直感も。

 恵が怪訝そうに犬が消えた(・・・・・)辺りを見ている。五条の坊は腕を組み考え込んでいる。呪霊操術のガキは滅茶苦茶に複雑そうな面をしている。夜蛾とかいう教員は恵の頭を撫で……。

 

「お父さんにはもう会えない。お別れを」

 

 ……まったくもって余計な事を言いやがった。

 

「ん」

 

 3歳児なりに考えたバイバイに苦笑を返し、恵が夜蛾に抱えられたまま拘束部屋を出ていく様子を目で追った。……楽厳寺由基子が、部屋の隅に置いていた呪具の太い首輪を拾い上げている。首輪に呪力を込めながら睨みつけてきやがる。

 

「天元様の御希望が『傷のない"亡骸"』なのが、つくづく悔しいわ。これだけ至れり尽くせりなら生体解剖でも割に合っていた気がするの」

「おい。その分のうっぷん、恵には当たり散らすなよ」

「アンタね、私は父親と息子の区別がつかないほど狭量じゃないわよ。ふざけんな……」

 

   ★      ★

 

「さて、2時間ズレたけど仕切り直しで()りましょう。現時点で22時半ちょい過ぎ。余裕で今日中ではあるわね。……学生さん達、立会人になってね」

 

 首輪を握った由基子は振り返り、壁際に控える五条と夏油を見た。表情はどうあれ2人とも無言で頷き返してくれる。甚爾に向き直って、厳粛な声を意識的に作って宣告する。

 

「伏黒甚爾。星漿体暗殺の実行犯として秘匿死刑を執行する。執行人は私、特級術師楽厳寺由基子。根拠は呪術規定第5条、及び、呪術総監部・天元様の権限委任協定、それから私との縛り。覚悟ができてないなんて言わせない」

「言う訳ねえよ、今更」

 

 由基子にとって本気で腑に落ちない点だらけの執行だったにせよ、ともあれ、この日、伏黒甚爾は納得尽くで締め殺されたことになる。

 フィジカルギフテッドの首はひどく頑丈で、由基子の目一杯の呪力で強烈な圧が掛けるようにした特級呪具の首輪を使っても、なお、所要時間は1時間近くという相応のものだった。彼は最期まで座っていた。抗うことも、もがくこともなかった。





 『ぶっちゃけ、伏黒甚爾を生体解剖したいレベルでブチ切れてる系のオリ主ってありだと思いますか?(描写は全年齢作品相当にぼかす前提で)』というアンケートで、計13票の回答を頂きました。結果は以下の通りでした。投票頂いた皆様に感謝申し上げます。
 生体解剖したい発言あり・解剖実行あり‐4票
 生体解剖したい発言あり・解剖実行なし‐6票
 生体解剖したい発言なし・解剖実行あり‐0票
 生体解剖したい発言なし・解剖実行なし‐3票

 文章力やオリ主のキャラ描写に思うところがありまして、懐玉編終了と合わせてこの作品を一旦完結扱いとする予定でおります。全面改稿後に再投稿を行う見込みです。
 当作品を読んでお気づきの点等がありましたら、積極的にご意見を頂けますと幸いです。改稿時の参考にさせて頂きます。

 次話で完結の予定です。黒井美里が再登場します。

オリ主のキャラ立ては自然だったでしょうか? 無理があったでしょうか?

  • 非常に自然だった
  • まあ自然だった
  • 普通だった
  • まあ不自然だった
  • 非常に不自然だった
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