元星漿体のあの人の設定改変ものif   作:時村ニレ

9 / 10
ある追悼/2004年1月末あるいは2006年初夏

 

 甚爾は、気まぐれで実家にカチコミに行ったことがある。

 恵を産んだ最初の妻が死んで、少し経った辺りだった。2004年の1月末頃のことだ。

 

   ★      ★

 

 倒壊した修練場の屋根の上に、甚爾は(あかし)だか躯倶留(くくる)隊だかよく分からない男を1人放り投げた。

 瓦礫に覆われた地面に、粉塵だらけの空間。半分崩壊したような禪院家の敷地には同じような男が点々と転がっており、たった1人甚爾の他に立っている者は見当たらない。

 

「……あのぅー」

 

 背後から急に気配が『湧いた』。場違いな女の声に、甚爾は即振り返って身構える。

 女である。禪院家には存在していなさそうな黒い洋装の、茶髪に黒縁眼鏡、骨ばった細長い式神を連れている、20代と思しき女だ。手に白い封筒を持っている。甚爾を警戒しているようだが敵意はない。

 

「アンタ誰だよ」

「楽厳寺由基子。……この家に用事がある者です。禪院家に抗議したいことがあって抗議文を持ってきたところなんですけど、皆さんこんな感じで伸びたり血を吐いたりしてまして。……皆さんバイオレンスな修行中だったりします? 誰にどう渡せばいいんでしょう?」

 

 甚爾は吹き出した。構えを解いてズボンのポケットに手を突っ込む。

 

「日本でただ1人の特級術師サマか! 残念だが抗議文を受け取れる奴はみんな潰れてるぞ。修行じゃなくて俺のカチコミだ。家出した実家に暴れに帰って来たトコ」

「あー。……そういうことで。貴方の名前は?」

 

 由基子の呆れたような顔に向けて、甚爾は言葉を返した。

 

「禪院甚爾。(ちまた)じゃ『術師殺し』とか言われているらしいな。この家からは抜けたつもりでいる。アンタはどんな抗議しに来たんだよ? 大抵ロクでもないことなんだろーが」

「……。私が義理で行った任務先で、禪院家の人が血だらけで死にかかってて。助けてあげたら、錯乱状態で斬りかかってきて罵倒されたの。『クソ石女(うまずめ)の特級が! こんな任務でオマエなんかに助けられるほど私は耄碌していない! 私の任務に手を出すな!』って。……最初は呪術総監部を経由してここに抗議文を出そうとしたら、総監部の人に『術師同士の揉め事には総監部は関与しない。直接相手の家に抗議文を持って行ってくれ』って言われて、それで」

「くっだらねェ」

「うん、私もそう思う」

 

 ……不意に、甚爾はこれまで暴れていたことが何だかどうでもよくなった。気まぐれで暴れに来たのだ。気まぐれで暴れるのを止めた。それだけのことだった。足元の瓦礫を軽く蹴っ飛ばしてすぐ傍の男にぶつけてから、地面を蹴った。

 

「俺はもう帰る。じゃあな」

 

 ――後に絞め殺され、絞め殺すことになる2人。接点なんてそんな程度の下らないことだった。

 

   ★      ★

 

 翌日、禪院家は御三家らしい見栄を張ろうとしたらしい。『呪力の無い猿に襲われた』というよりも『石女の特級術師に襲われた』という主張を通そうとした。

 楽厳寺由基子は『大暴れして禪院家を半壊させた』という容疑で総監部に一時的に拘束されることになる。即座に天元に強力に庇われて禪院家のウソが暴かれ、更に由基子は数日後に海外に出国するというオチがついた。

 

   ★      ★

 

「呼吸停止、脈拍停止、瞳孔散大、……23時27分死亡確認」

 

 死刑執行人である楽厳寺由基子特級術師は、椅子に座ったまま絶命している男の(まぶた)を閉じてから、壁際に控えている傑達へ告げた。

 

「五条悟一級術師、夏油傑一級術師。立会人の任務終了を宣言します。2人ともお疲れ様でした。色んな意味で長丁場だったでしょうから、しっかり休んでね。報告書は私と正道君が出すから」

「お気遣いありがとうございます。あの、私達が他にお手伝いできることはありますか?」

 

 傑は由基子に歩み寄り、頭を下げながら申し出た。

 由基子が学生達に配慮しているのは分かる。傑にとっても、悟にとっても、丸々3日間の短い間、2度と忘れたくないほどに色々な事が起こり過ぎた。精神的にも肉体的にも疲れ切っている自覚はある。……それでも、傑は呪術師だ。今はこの特級呪術師に協力したいと思っている、そんな一級呪術師だ。

 

「……んー。今からコイツ運ぶ、……のは私1人でできるし、むしろ貴方達がいたら邪魔だし、解剖も私だけでやるように言われてる仕事で、恵君の面倒は正道君しか見れないし、理子ちゃんの火葬は明日の午後だし、……あー! あったわ、ちょっとした仕事」

 

 由基子はポンと手を叩いた。

 

「貴方達の最後の仕事として、理子ちゃんの世話役に伝言をお願いしてもいい? 今は医務室あたりで治療を受けているはずだと思うの。天元様は明日の午後に理子ちゃんの亡骸を火葬したいそうで、薨星宮(こうせいぐう)内の参道に、……臨時で、火葬する場への転移(ワープ)地点を、作られるらしいのね。だから世話役の人には、『もし火葬に立ち会いたければ、明日の正午に薨星宮の参道まで来て下さい。立ち会いたくないなら来なくてもいいです』っていう伝言をお願い。私も燃やす側の仕事を任されてて現場に出るから、完全に理子ちゃんと世話役さんだけの場とはいかないけれど。……貴方達、これを伝えたら本当にもう休んでいいからね」

「分かりました。伝えます」

 

   ★      ★

 

 学生達が退出した拘束部屋で、由基子は改めて伏黒甚爾に向き直る。満足しきった顔で死にやがったこと、――やっぱり、今も、腑には落ちない。

 それから遺体を毛布で包んで持ち上げて、薨星宮へワープ。天元に遺体を納めてから、再び夜蛾の下へワープ。恵を引き取って、薨星宮へ再びワープ。天元が空性結界で作った臨時の子ども部屋で恵を眠らせて、甚爾の遺体を天元立会いの下で解剖して。

 

 ……そんなこんなであっという間にやってきた、翌日の正午。薨星宮の参道。

 黒井美里が1人で現れた。スーツタイプの喪服を着て、小さな花束を持ち、沈みきった顔で。

 

   ★      ★

 

「お久しぶりです。私が星漿体を降ろされた時にここに来ましたよね、貴女?」

 

 1人の女性が、薨星宮の本殿の方から黒井美里の方へゆっくりと歩いてくる。黒一色の長袖ワンピース姿で、長い茶髪、黒縁眼鏡を掛けた、背の高い女性。14年前は中学校の制服姿で幼い顔だったけれど、今は29歳の女性の顔をしている。美里にとってその正体は明らかだ。

 

「楽厳寺由基子、特級術師。はい、理子様に付き添っておりました」

「黒井美里さん。詳細は御存知だと思いますが、天元様に転移して頂きますね。私の手を取って、目を閉じて」

「……はい」

 

 空間が切り替わるような不思議な浮遊感が、ほんの一瞬だけ。

 

「大丈夫ですよ」

 

 由基子にささやかれて、美里はそっと目を開ける。

 石造りのあの場所ではなくて、広い広い野原の真ん中だった。5mほど前方には、腰の高さよりやや低いくらいの簡素な火葬壇が組まれ、上は花で溢れている。だとすれば、花々の中央に横たわっているのは、制服姿の――、

 

「理子様っ」

 

 矢も楯もたまらずに美里は駆け寄った。

 長い間仕えていた少女は、頭に包帯を巻いた姿で、花に囲まれて眠っている。美里は腰を曲げて手を伸ばし、白い右手を握った。残酷なほど硬く冷たく、力のない感触だけが返ってくる。

 

「天元様の御命令で、形見になる物は何も渡せないんです。着ていた制服とかカチューシャとか、今日ここで全部燃やすように指示が出てますし、遺骨も天元様の管理下になります。全部、記憶に焼き付けて帰られて下さい」

「はい……」

 

 優しい声の厳しい通告に、美里は頷きを返すことのみはできた。理子のてのひらを握ったまま膝を付いて、そして、心の底から慟哭した。

 

   ★      ★

 

 由基子は、天元の命に従って亡骸に灯油を掛けねばならないし、燃やし尽くさねばならない。実は空性結界で作られた、薨星宮外部のように偽装されたこの場所で。

 ただ、きのう本殿で語るべきだった事柄について、……例のクソみたいな研究成果と決断を、この世話役に語るべきか。その判断は由基子に委ねられていたのだった。

 由基子は、心には決めていた。『あの子とは数日間しか付き合いのなかった護衛の学生にさえ語った秘密であるのだから、この世話役にも当然に語るべきだ』と。

 だから、草原の上で体操座りして火葬の炎を見ている由基子は、同じ姿勢で並んで座る美里に話しかけたのだ。

 

「黒井美里さん。お話するべきことがあります。きのう本殿で理子ちゃんに私から明かすはずだった事柄です」

「……!! はい!」

 

 責められるだろうか。(なじ)られるだろうか。泣かれるだろうか。――あらゆる事を想定しながら、由基子は語る。

 美里は詳細な真実をじっと聞いていた。穏やかに、しかし軸の強さを秘めた口ぶりで、語り返した。

 

   ★      ★

 

 ありがとうございます。打ち明けて下さって。その選択ならきっと、きっと、いえ、……間違いなく理子様は天元様との同化を選ばれていたはずです。

 

 貴女様を恨まれていたかどうかは分かりません。ですが、それこそ貴女が過去におっしゃったような『小さな子を生贄に突き出す側』に、理子様が立ってしまうという選択、……そのような選択は、絶対に選ばれない性格であられた。それは、長くお仕えしてきた私が明言できますから。

 貴女様が星漿体から降ろされた時の筆記録は、理子様にとって呪縛でもありましたし、救いでもありました。偉大で必要な仕組みなのは間違いありませんが、それでも『クソみたいだ』って評価する自由だけは与えられて生きておられた。貴女様を期待されておられました、同じほど、貴女様に、……失望する準備もしておられた。そういう心持ちであられたというのが、率直な事実です。

 

 ありがとうございます。どうあっても、あの方が普通の中学生として生きる日々は望めなかったのだ、と、思わせて下さって。天元様が最初からおっしゃっておられたように、難しく代えがたく、そして逃れにくい仕組みに巻き込まれておられた。理子様は最初からそのような運命にあられたこと、私の心の中でようやく整理がつきました。

 

 ただ、夢だけは見させてくださいね。貴女様が何か大きな発見をされて、星漿体という生贄なくして結界の維持が成されるような日々が来る。そんな夢です。叶うかどうか難しいのは承知しています。勝手に、夢だけは見させてください……。

 

   ★      ★

 

 火葬の炎を見つめながらの言葉だった。美里は言い切ってからまた泣き出して、由基子にしがみ付く。背を抱えられてさすられながら、長い間、静かに涙を流し続けた。

 

   ★      ★

 

『天元より呪術総監部宛通告

 

 呪詛師 伏黒(出生名:禪院)甚爾により、星漿体 天内理子は天元との同化前に殺害された。このため天元との同化はなされなかった。

 

 天元の名において以下の指令・勧奨を下し、全て完遂されたことを報告する。

・特級術師 楽厳寺(出生名:九十九)由基子に対する指令

 天内理子の遺体奪還・薨星宮内での火葬。伏黒甚爾の呪具による弱体化・捕縛・高専内での秘匿死刑執行・薨星宮内での解剖。特級呪具天逆鉾(あまのさかほこ)の破壊。伏黒甚爾の遺児(めぐみ)(3歳・男)の保護。

・一級術師 夜蛾正道・五条悟・夏油傑に対する指令

 天内理子の遺体奪還・伏黒甚爾の呪具による弱体化・捕縛につき楽厳寺由基子を補佐すること。伏黒甚爾の秘匿死刑執行につき立会人となること。伏黒恵の保護につき楽厳寺由基子を補佐すること。

・黒井美里に対する勧奨

 天内理子の火葬につき立会人となること。

 

 また、事態対応のため、天元は、自らの名において以下の縛りを結んだことを報告する。

・特級術師 楽厳寺由基子に対して

 本日より、呪術総監部および高専の指揮下を離れて天元へ隷属し、天元の命にのみ従い、その結界の維持に必要な方策を研究すること。期限は次の星漿体の同化まで。

 本日より、伏黒恵を里子として養育すること。これは伏黒恵の成長観察により、薨星宮へ侵入可能な要因の有無・遺伝の有無を天元直々に検討し、確認を行うため。期限は2018年3月31日まで。なお、楽厳寺由基子と伏黒恵の双方の合意による離縁は、期限前であっても認められる。

・呪詛師 伏黒甚爾に対して

 呪具による弱体化の解除を行い、薨星宮侵入時の身体状態を再現した後に、無抵抗で秘匿死刑を受けること。代償として、伏黒恵を2018年3月31日まで養育すること。その養育環境は高専に保護された子と同等程度の環境とすること。

 

 上記経緯を踏まえ、天元の名において以下の通り勧告を行う。

・一級術師 夜蛾正道・五条悟・夏油傑に対して

 楽厳寺由基子が2018年3月31日以前に伏黒恵を養育不能となった場合、代わりに夜蛾正道が養育すること。なお夜蛾正道も養育不能となった場合は、五条悟・夏油傑が養育すること。

・呪術総監部に対して

 星漿体の情報が盤星教およびその他の呪詛師に流出した経緯を調査し、必要な制裁を科すこと。盤星教が伏黒甚爾に星漿体暗殺を依頼するに至った経緯を調査し、必要な制裁を科すこと。

 天元・楽厳寺由基子間の上記の縛りによる、楽厳寺由基子の指揮系統離脱を了承すること。夜蛾正道・五条悟・夏油傑に対して制裁を科さないこと。伏黒恵の養育に対して必要な便宜を図ること。黒井美里の今後の生活環境を保証すること。

・呪術高専東京校学長に対して

 天元・楽厳寺由基子間の上記の縛りによる、楽厳寺由基子の指揮系統離脱を了承すること。夜蛾正道・五条悟・夏油傑に対して制裁を科さないこと。楽厳寺由基子・伏黒恵に対して住居および必要な待遇を提供すること。

・禪院家および配下の家に対して

 天元・伏黒甚爾間の上記縛りの存在を踏まえ、伏黒恵への接触に当たっては、必ず事前に天元または楽厳寺由基子を了解を得ること。なお、伏黒甚爾の弱体化に際して、天与呪縛によって不明であったその生得術式が十種影法術であったことを確認したので、当書面をもって報告とする。

 

以上』

 

   ★      ★

 

 由基子と美里は薨星宮から退出して、森を抜ける。もう夕方から夜に近い時間帯になっていて、空の色は赤から闇に変わろうとしていた。

 結界を出て高専の校舎が見えた辺りで、夏油傑が2人に駆け寄って来る。

 

「楽厳寺特級術師、黒井さん、ちょっとよろしいでしょうか?」

「どうしたの? 夏油術師」

「昼間に天元様の通告が出てから夜蛾先生が呼び出されて、悟にも問い合わせが凄くて、……楽厳寺術師にも黒井さんにも総監部からの召喚状が来ているそうなんです。お越し頂けないでしょうか」

「そうですか? すぐ伺います!!」

「場所をご案内します」

 

 美里が慌てて傑について行こうとする一方で、由基子は立ち止まる。両手を合わせて軽く頭を下げた。

 

「……ゴメンナサイ、私の方は今日から『天元様を通して呼び出してください』ってしか言えなくなっちゃった」

 

 そのまま、由基子はフォローのつもりで言葉を続ける。

 

「本当にごめんなさい。私が予告した通り、君も五条術師もこれから政治的ななんやかんやが降りかかってくると思うけれど、肝心の私がそういうことは関われない立場になっちゃって。……昨晩も話したけれど、私達大人の采配ミスよ。君達に制裁はないでしょうし、気にしなくていいから」

「いえ。……私達があの男を倒せなかったのが問題でした。あの時撃破していれば、あの経緯で貴女が天元様の配下に付くこともなかったはずです。それこそ弱いことが私達の弱みですから、……これから、もっと強くなります、私も、悟も」

「そう。強くなれるといいわね、えげつなさに飲まれないような、戦いに強い術師に」

 

 由基子は『戦闘』という意味では最強にはなれないだろうから。一級術師であった経験はある、薨星宮限定のえげつない奥の手のために特級術師に認められている。――今はそれ『だけ』の術師だし、今後もきっとそれ『だけ』だ。

 夏油傑一級術師は無言で頷き、黒井美里だけを伴って去っていく。

 

   ★      ★

 

 由基子は小さく伸びをして、薨星宮の方を振り返った。これから空性結界内に戻って恵を回収し、2人で学長の下へ行かねばなるまい。教員住居あたりを斡旋してもらう話をつけるために。――天元配下の特級術師 楽厳寺由基子と、里子の伏黒恵の日々が、これから始まる。






 予告通り、これにて一旦完結です。オリ主の描写や文章力に思うところがありまして、全面改稿後に後日の再投稿を行う予定です。その際は、作者pixivアカウントにて再投稿先URLを告知致します。(https://www.pixiv.net/users/94101541

 一応の完結にあたりまして、ここで改めて、かりん様(https://syosetu.org/user/347335/)に感謝申し上げます。
 当作の掲載に当たり多大なる御助力を頂きました。ハーメルンへの掲載を勧めて頂いた事、様々なアドバイス、度々の熱心な感想、本当にありがとうございました。

ずばり、この作品の続きが気になりますか?

  • 気になる
  • 気にならない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。