一週間と一日遅れのバレンタイン
——あおいが静かだ。いや、静かすぎると言うべきだろう。私がそう感じるようになってからそろそろ一週間が経つ。初めはようやく分別を弁えてくれたかと思ったが……自習している時に彼女が唐突に仕掛けてくる『あおいアタック』が無いのは思ったより寂しいものだ。それに最初は大人しかっただけだが、今のあおいは机に突っ伏したまま動こうともしない。さすがに心配だ。
「あおい、どうかしたのかい?」
「…………どうもしてないのだ」
嘘だ。君は何でもない時にそんなつまらなそうな返事はしない。彼女が何かを隠していることは明白だ。だが本人が言おうとしない以上、無理に聞くべきではないのだろう。……もっとも、一週間経ってもこのような状況が一向に変わる気配を見せていないのもまた事実だ。
私は一度教室から出ることにした。無理に聞き出す選択肢も無いというわけでは無かったが、元来そういった行為は得意ではない。ここは一度誰かに相談するべきだろう。彼女のことをよく知っている……そう、野球部の誰かに。
「……事情は分かったけど、なんでアタシのところに来たのよ」
「あおいの先輩としての面目を考えると1年生に相談するのは可能な限り避けた方が良いと思ってね」
「そこで隣の2組にいるアタシが目に入った、と」
「少し違うね。確かに近いことは考慮したが、偶然目に入ったのではなく探していたんだ」
「だとしたら残念だったわね。2年生の中でアタシは限りなく相談相手に向いてないわ」
そう言うと倉敷さんは教室の外へと出て行ってしまう。私は選択を誤ったのだろうか? 彼女ほど面倒見の良い人物はそうはいないと思うのだが……。
「九十九さん、少しいい? 卒業式のことでちょっと……」
「あ……」
弱ったな。生徒会の用事か……来月に迫っている3年生の卒業式に関わることだ。断るわけにもいかない、か。
「……大丈夫ですよ」
私は資料を手渡され、それに目を通していく。……どうやら、これはすぐに片付けられるような案件ではないようだ。あおいのことも気にかかるが……3年生にとって高校生活の集大成となる晴れ舞台だ。不備があってはいけない……。私は彼女と共にその案件に取り掛かることにした。
——九十九はアタシのことを買いかぶりすぎだ。アイツはやたらとアタシを頼ってくるようになった。なにか思い違いをしているんじゃないのと感じずにはいられない。……アタシもアタシだ。慣れてないのに大勢の中で過ごすのが当たり前になってきて、アタシに合わないことをしすぎたのかもしれない。だから胸の中に行き場のないモヤモヤが漂ってる感じがする。こういう時は屋上で一人静かに過ごすのが一番だ。屋上を吹き抜ける一陣の涼風がアタシの中のモヤモヤを連れ去ってくれる。アタシは階段を上り、屋上への扉を開いた。
「ありがとうございました! 本庄先輩!」
「ふふ、頑張ってね」
「本庄先輩ー! 次、いいですか!」
「良いわよ」
屋上で一人静かに過ごすというアタシの目論見は一瞬で吹き飛ばされた。どうやら本庄さんが占い相談をしているようね。アタシはビデオを逆再生するかのように屋上の扉を閉じ——
「あ、舞子さん。あなたも相談に来たのかしら?」
目が合った瞬間、アタシは一時停止したかのように動きを止めた。けど現実はビデオのようにはいかない。アタシはすぐ行動を迫られることになった。
「違うわ。気まぐれに屋上に来てみただけよ」
「そうだったの。ゆっくりしていってね」
「……そうするわ」
アタシは屋上へと足を踏み入れ、相談所のようになっている地帯を避けるように反対側へと歩くと、食堂に寄って買っておいた菓子パンの封を切り、一口かじる。程よい甘さとそれなりにサクサクした食感が口の中に広がってくる……今日のは当たりね。アタシは咀嚼している間にヘッドホンをつけ、ロックミュージックを再生する。広がる校庭の光景を背に柵に寄りかかり、音楽に身を委ねながら時折菓子パンを口にする。こうして一人で過ごすのは思えば久しぶりかもしれない。新田だったり阿佐田だったり……誘われることがやたらと多かったのが原因だろうけど。大勢の中で過ごすのも、思ったより悪くない。けど……こうして一人で過ごす時間もアタシは好きだ。……阿佐田が大人しい、ね。最近やけに静かだったのはそういうことか……。
それからアタシは昼食を食べ終え、何をするでもなくただ音楽を聴いていると、13時を告げるチャイムがロックの影に潜むように聞こえてきた。昼休みが終わるまであと2、30分ある。このままもうしばらくここに……いや、待って。確か次の英語の時間、小テストがあるんだっけ。大丈夫だとは思うけど……確認くらいしておこうかしら。
「あら、舞子さん。もう行くのね」
「次、英語の授業だから」
「ああ……あの先生、いつも授業の頭に小テストをするものね」
ヘッドホンを外しながら立ち上がったアタシに気づいた本庄さんが話しかけてくる。ん? さっきまであれだけ人がいたのに、いつの間にか屋上にはアタシと本庄さんの二人だけになってる。
「相談はもう終わったの?」
「ええ。つい先ほど終わったわよ」
「そう、お疲れ様。大変ね……あれだけの人数の相談を受けるなんて」
「ありがとう。けど、今日は先週に比べるとまだ少ない方だったわ」
「先週、何かあった?」
「ちょうど一週間前、つまり2月14日はバレンタインデーだったわ」
「ああ……そうだったっけ。忘れてたわ」
一週間前? 聞いた話だと阿佐田が大人しくなり始めたのも、一週間前だったわね。……まさかね。
——どうしたのかしら。舞子さんが神妙な面持ちで何か考えごとをしているようだけれど……もしかして、さっきは人がいたから相談出来なかったことがあったのかもしれないわね。
「舞子さん。何か悩み事があるなら相談に乗るわよ」
「……! ……そうね。なら、ちょっと相談なんだけど——」
一体なんの悩みを抱えているのかと思ったら……自分のことじゃなくあおいさんのことなんて、面倒見の良い舞子さんらしいわね。
「あおいさんは恋のことで悩んでいるのかしら?」
「さあ? そこまでは……」
「時期が時期だから、今の相談はバレンタインでチョコを渡して上手く行った人のお礼の報告と、ダメだった人の今後の相談が多いけど……」
「阿佐田が誰かに告白してダメだったってこと?」
「どうかしら……?」
「そういうのって占えないの?」
「本人の協力があれば……」
「協力か……。でも塞ぎ込んでるみたいだし、長々と付き合って貰うのは難しいんじゃない」
「なら……ワンオラクルを試してみましょう」
「ワンオラクル?」
「タロットカードを用いた占い方の一つで、1枚のカードを直感的に引いてもらうやり方よ」
「なるほど……それは良いかもね。お願い出来る?」
「ええ。任せてちょうだい」
わたしは倉敷さんと一緒に階段を降りながら、彼女の相談を受けて手元にあるタロットカードが役に立つかもしれないと感じたわ。短い時間で済ませるというだけじゃなく、ワンオラクルはあおいさんに合っていると思うから。だって彼女は直感的なやり取りを好む勝負師ですもの。
——心強い応援に押され、私は稽古をしていました。すると外から足音が聞こえてきたんです。あと1、20分で昼休みが終わるこの時間に剣道場へと赴く人はそう多くはありません。私は首に滴る汗を拭き取りながら千景を向かい入れました。彼女は練習に身が入りすぎてしまう私に気遣って休憩を兼ねて紅茶を持参してくれることがあるのです。
「千景。今日は来ないのかと思いました。屋上での相談が長引きましたか?」
「いえ、それは早く終わったのだけれど……」
いつもの凛とした千景に比べると歯切れが悪いように思えます。これは……。
「はっはっは! 今日も悩める後輩たちの背中を後押ししてきたのか! 同じ応援団としてウチも負けられないな!」
「ふふ……わたしは応援団ではないけど、確かにやっているのは応援のようなものかもしれないわね」
以前の千景は誤った道を歩まないようにと導くことに固執していたような気がします。ただ最近の千景は考えが変わったようで、不向きなことであっても本人の意思を尊重して背中を押すようにしているようです。不安な人の支えとなっている千景、それに良美は友人として私の誇りでもあります。千景の歯切れが悪いのは、相談役となることの多い彼女が相手のプライバシーを尊重して必要以上に内容を他言しないように気を遣っている証のようなもの。恐らく、今日は私ではなく良美がここにいることを聞いてやってきたのでしょう。
「……私は制服に着替えてきますね。何もないところですが二人ともゆっくりしてください」
「……ありがとう。雫さん」
「お疲れ雫! 今日もナイスファイトだったぞ!」
「良美も応援ありがとうございました。おかげで練習に身が入りましたよ」
——雫が着替えに行くと、千景が神妙な顔つきで話しかけてきた。もしかしてウチに応援してほしいことがあるのか!? フレーッ! フレーッ! と腹から声を出しながら交互に精一杯腕を動かし、ウチに出来る限りのエールを千景に送ったぞ!
「ち、違うの良美さん。わたしじゃなくて、あおいさんのことで相談があるの」
「なにっ! そうなのか!?」
「ええ。最近、元気が無いでしょう?」
「そうだな……。練習中は元気に振る舞ってるみたいだが……」
「そこでタロット占いをしてみたの。タロット占いは事前に何の運勢を占うか伝える必要があって……彼女が何を悩んでいるか知るためにも、思い切って恋愛運を占うことを伝えてみたのよ。そうしたら普段見ないくらい動揺して……」
「あおいが……こ、恋をしているのか!?」
あおいが誰かを好きになるなんて……確かに明るい性格で友達も多いが、考えたことなかったな。だがあおいだって年頃の女の子だ! よし、早速ウチが応援に……!
「待って良美さん。これがあおいさんが引いたカードなのだけど……」
「うおっ! 足を紐で縛られた男が
「いえ……『
「ふむ……だが逆さ吊りになってないなら大丈夫そうじゃないか?」
「残念ながら、正位置の場合は自己犠牲の尊さを説くもので、恋愛だと忍耐強く我慢することで好転するという意味があるけれど……逆位置の場合は現実から逃げ、楽な道を選んでいることの暗示。ネガティブになったり、自暴自棄になっていると相手との間に生じた問題が解決しないまま終わってしまうことを指しているの……」
「なんだと! もしそうだとしたら、今のままだとまずいんじゃないか!?」
「ええ……でも不安定な今のあおいさんにこの結果はとても言えなくて。何かあったなら遠慮せずに相談して欲しいと言ったのだけれど、あまり言いたくないみたいで……無理には聞かなかったわ。彼女の意思を無視したくなかったもの」
「むむ……確かに無理に聞くのは良くないな。けど、このまま放ってはおけないぞー!」
「そうね。だから……良美さんにお願いしに来たの」
「ウチに?」
「ええ。あおいさんと気の置けない仲である良美さんなら、もしかしたら相談してくれるかもしれないと思って」
「そういうことだったのか! よーし、ウチに任せておけ!」
千景からあおいのことを託されたウチは胸を強く叩く。いたた……ちょっと気合い入れすぎたな。けど、あおいが心配なのはウチも、他の皆も同じだ。悩みがあるのなら力になりたい! ウチは早速2年1組に向かって走り出した。剣道場から向かう途中、結衣に廊下を走らないで下さい! と注意されてしまい、逸る気持ちを抑えながら早歩きでウチは教室にたどり着いた! ……うおっ! あおいが机に伏せっている! 元気が無いとは思っていたが、ここまでとは思わなかったぞ! そういえば最近一緒に帰るのを避けられて、練習以外だとあまりあおいを見かけなかった気がする。なんたる不覚!
——声がする。あおいの名前を呼ぶ声が。それも大声なのだ。距離があるのに鼓膜が震えるような、力強い声。顔を見ずとも間違えようのない親友の声なのだ。あおいは思わず顔を上げる。だって教室の入り口から何度も大声で名前を呼ばれたらさすがに恥ずかしいのだ。
「おっ、来たかあおい!」
「……悪いけど、今のあおいはお話しする気分じゃないのだ」
「まあ、そう言うな! 慣れない恋に不安なのは分かる! そんな時こそ、ウチの応援で後押ししてやる!」
「……ちーちゃんに聞いたのだ?」
「あっ……!」
だんちょーが慌てて両手で口を押さえたのだ。うっかりさんなのだ。
「ま、まあ……そうだ! 千景だけじゃない。みんなあおいのことを心配してる! 何か困ったことがあったなら、ウチらのことを頼ってくれ!」
……みんなに心配かけちゃってるのだ。ごめん、だけど……
「その気持ちは嬉しいけど、もうダメなのだ。あおいは告白する前に振られちゃったのだ」
「なにっ! どういうことだ!?」
こんな格好悪いところ誰にも見られたくなかったけど、だんちょーになら、話してもいいかもしれないのだ。そうすればすっぱり未練を断ち切れるかも——
「……実は——」
あおいは神父さんに懺悔でもするように、だんちょーに洗いざらい話したのだ。去年、驚かせようとこっそり練習していた時期に九十九から真面目に野球をやっていないって言われて仲違いした時に、プレーのちっちゃな変化に気づいてくれた監督が仲介をしてくれたこと。それ以降、裏でやる練習に監督が付き合うようになったこと。最初は一人でも出来ると思ってたけど、つばさから監督が右肩を壊したのは元々は過度な練習によるオーバーワークが原因だって聞いてから、あおいがやりすぎて怪我をしないようにと気を遣ってくれたのに気づいたこと。そして一緒に練習するうちに本人が野球をプレー出来る身体じゃなくなっても、野球にかける気持ちは人一倍強いんだって知って、そんな彼にいつのまにか惹かれていたこと——。
そして一週間前のバレンタインデーに告白しようとして学校で監督を探していたら、偶然そこで告白する女の子と、嬉しいと答える監督の満足げな表情を見ちゃったことも……。
「……なあ。もしかしてその女の子って髪が透き通るくらい白くて背がすっごく高くなかったか?」
「うん? なんで知ってるのだ?」
「あおい!」
「わっ!?」
だんちょーが肩を掴んでくると激しく揺らしてきたのだ!? ちょ、やめっ、ぐらぐらするのだ〜!
「その子は愛の告白をしたんじゃない!」
「えっ? なんでだんちょーに言い切れるのだ」
「千景がバレンタインのことで大勢の生徒に相談されているのを知ってな。ウチも誰かを応援しようと思って、当日悩んでる生徒を探してみたんだ! すると引っ込み思案で、チョコを持って立ち尽くしている後輩がいてな」
「それがあの女の子だったのだ?」
「ああ。どうやらその子は昔野球をやってたんだが、元々身体が弱く続けられなくなってしまったんだ。けど肩を壊しても監督という形で野球を続けている監督を見て、勇気を分けてもらったらしい。でも引っ込み思案な性格で話しかけることが出来なかったらしくてな。バレンタインデーの雰囲気に後押しされる形ならいけると思ったらしいが、あと一歩が踏み出せないと。そこでウチが監督の机に体育館に呼び出す紙を入れて、本人にも精一杯の応援を送ったんだ!」
あおいも話をこっそり聞くのはまずいと思ったけど、なぜか体育館裏じゃなくて体育館の中で話すから監督の嬉しいって声が反響して聞こえちゃったのだ……。あれはだんちょーが体育館を指定したからだったのだ。でも……
「つまり、愛の告白なのでは……?」
「いや、さっきも言った通りその子は引っ込み思案で、監督とは話したこともなかったようだぞ。告白した後も推しのチュリオーズの選手以上に憧れている監督と一度話せて嬉しかった……みたいなことを言っていたし、好きは好きでも尊敬してるって感じだったぞ!」
そ、そんな……あれはあおいの勘違いだったのだ!? でも確かにそれは監督嬉しいだろうな……自分の野球に対する姿勢が誰かの希望になってたら、あれだけ満足げな表情をするのも分かるのだ。
「はっはっは! 問題が解決したようで良かったな!」
「だ、だんちょー……どうしようなのだ……!」
「ど、どうしたあおい!? まだ何かあるのか!?」
「あおい……それがショックで結局、チョコレート渡せなかったのだ……!」
「なにっ!?」
あれが告白じゃなかったなんて全然思わなかったのだ〜! それは何というか、ほっとしたけど、代わりにやっちゃったのだ〜! だってだって、あのシーンを見た後じゃチョコを渡せるわけないのだ! 胸がぎゅって締め付けられて……
「らしくないぞあおい! いいじゃないか! まだ一週間遅れただけだ!」
「結構な遅れだと思うのだ……!」
「いいのか? 監督のこと……好きなんだろう?」
「……好きなのだ」
「じゃあ今すぐ渡してこい!」
「いや、でも……」
「なんだ! まだ何かあるのか!?」
「さすがに溶けちゃうから、今は家の冷蔵庫の中にあるのだ。自分で食べる気にもならなくて……」
「む……そりゃそうか! はっはっは! だがちょうどいい! 明日は土曜日、部活の練習も休みだ! 誘ってみたらいいじゃないか!」
「……そうしてみるのだ! だんちょー、それにみんなもありがとうなのだ……!」
——あおい先輩から休日練習の誘いを受けた。先々週は何か準備があるとかで出来ず、先週は体調が悪い……ということで週一でやっていた1月に比べると、かなり久しぶりなようにも思える。僕の方から誘おうかと思っていたが、最近練習中もどこかよそよそしくて、どうしようか悩んでいるところでの誘いだった。もちろん、すぐにOKの返事を出した。集合場所に来てみると、どうやら僕の方が先に来たようだった。時計を見ると10分前、けど彼女がやってくるまでの時間はそれ以上に長く感じられ、待ち遠しかった。
「監督ー! お待たせなのだー!」
「大丈夫ですよ。8分ほどしか待ってませんから」
「こらー! そこは大して待ってませんよって答えるところなのだ!」
「あはは。すいません。つい……」
休日練習を始めてから最初のあたりは先輩相手ということで失礼のないようにしなきゃというところはあったが、最近はもう変に遠慮する方が失礼だなという感じだった。あおい先輩は元々冗談を言う方だったし、僕もこうやってフランクに先輩との会話を楽しんでいた。
「それで、練習前に渡したいものが……」
「え……こ、これはっ!?」
あおい先輩が戸惑い気味に目を見開く。先輩がサプライズが好きなのを知っていたので、僕もその反応を嬉しく思いながらプレゼントを手渡した。
「これ、あおいが前に欲しいって言っていた猫ちゃんのアクセサリーなのだ……本当にもらっていいのだ?」
「もちろん! それに今日は先輩の誕生日ですから」
「あ……そういえば、そうだったのだ」
「あれ? 覚えていなかったんですか?」
「その……色々あって……忘れてたのだ」
そう言うとあおい先輩は舌を出しながら自分の頭を軽く叩いて忘れていたことを伝えてくる。先輩は努力してるところを恥ずかしがって隠そうとしたり、ちょっと子供っぽくて、それでいてお茶目だ。それが自然な振る舞いだから、周りが女子しかいない野球部で監督をやって実はどこか緊張していた僕も、そんな彼女と一緒にいるとその緊張が和らいでいく。……でも、一年違いで先輩の彼女は僕より先に卒業してしまう。それに夏が終われば引退だ……こうして過ごす時間も減ってしまう。卒業式の設営で騒がしくなってきた今だからこそ、よりそれが感じられるようになってきた。この気持ち、伝えるか伝えないか……正直悩んでいた。感謝の気持ちとして部員からチョコを頂く中彼女からは貰えなかったことに悩んだし、伝えたことで起こる変化も怖かった。けど、彼女の誕生日である2月22日に偶然練習に誘われ、用意していたプレゼントも渡すことが出来た。それは偶然なのか、あるいはもしかしたら何か別の影響もあるのかもしれないけど、僕はそれに背中を押されるように一歩を踏み出す決心をした。
「それで、その……実はアクセサリーもう一つ同じの買ったんです」
「えっ! それは……どういうことなのだ?」
「その、先輩と……ペアでアクセサリーを持ちたいと思ったんです」
「そ、それって……」
「先輩のことが好きです! 付き合ってください!」
僕は精一杯の声量で彼女に告白すると思い切り頭を下げる。静かな空間に高鳴る心臓だけがうるさく響くと、やがて先輩が口を開いた。
「——るいのだ」
「えっ」
「ずるいのだ! あおいから! あおいから言おうと思ったのに!」
「えっ。……ええっ!」
顔を上げるとあおい先輩が僕の胸に飛び込んできて、小さな手で何度も胸を叩いてきた。僕は突然のことに思わず混乱してしまう。彼女の顔が下を向いて見えない。けれど赤くなっている耳がさらに僕の心臓をドキドキさせていく。
「監督」
「は、はい!」
「これが……答えなのだ」
そう言うと先輩は取り出した箱の包み紙を剥がしていく。そこにあったのはチョコレートだった。干し芋でLOVEの字がトッピングされていることに気づき、心臓の高鳴りは最高潮にまで上りつめた。
「あおいからの……一週間と一日遅れのバレンタインなのだ」
そういってあおい先輩が真っ赤になっている顔を上げると目をつぶっていく。僕は目の前の愛しい女性を優しく抱きしめると、ゆっくり顔を近づけていった——