ハチナイ短編集   作:ゾネサー

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甘ったるいチョコレートを

「……え? 監督に渡すんですか?」

 

 バレンタインが迫ったある日のこと。学校中に漂う浮かれたムードそのままに部室で話題を振られたのは想定内。しかし話の流れていく先が私にとっては予想外だった。

 

「うん」

 

「小鳥遊先輩って監督のこと……?」

 

「や! その……幼馴染だし!」

 

「幼馴染だから渡すのが習慣になってるということですか?」

 

「再会したのは高校からだし言われてみればそんな理由じゃないか……。お世話になったから! かな?」

 

「そうだな。ほとんどがその理由だろう」

 

「ほとんどって……」

 

 しかも数人は渡しそうな雰囲気だ。引退して顔を合わせる機会が減った監督に渡す人が複数人いるなんて思いもしていなかった。

 

「私も今年はより精密なチョコを渡したいし、我妻も桜田と一緒に作って渡すだろう」

 

「今年は少し凝ったものに挑戦するんだよね」

 

「まあな。あたしからのチョコがねえと監督も寂しいだろうし」

 

「構ってもらいたくてご主人様に駆け寄っていくワンちゃんみたいだね」

 

「言い方ぁ!」

 

「適切な例えでは?」

 

「照れ隠しだよ。きっと」

 

「だー、いいんだよあたしのことは! それに去年は部員全員が渡したんだし、きっと今年もそうだろ!」

 

「ええ……。三年生あれだけいるのにですか」

 

「野崎先輩とか気合い入ってたもんね。今年も試作してるみたいだし」

 

「こんなお忙しい時期に……!?」

 

「へへっ。先輩らしいや。……っておーい、草刈! そそくさと出て行くな!」

 

「うわ」

 

 早々に着替えを済ませて出て行こうとした草刈先輩だったが、投じられた牽制球にやむなく帰塁させられた。明らかに面倒くさそうな顔をしてる。

 

「お前も渡すんだろ?」

 

「渡すけど」

 

「あっさりかよ!」

 

「少しくらい話しときたいし。チョコはついで」

 

「分かるよ! 用事が無いと行きづらいよね……!」

 

「じゃ」

 

「あれっ!? もう話終わり!?」

 

「ふふ……。照れ隠し、じゃないかな?」

 

 そうしてこの話題は途切れ、いつものように私達は練習に励んだ。……なるほど。話す機会が減ったから、その機会を作りたいか。確かに大した用事もないのに呼び出すのは気が引ける。明らかに引退前と比べて、私を見てもらう機会は激減した……。

 

「バレンタイン? あんなものは企業の陰謀ぞよ! 騙されることなかれ……!」

 

 帰り道。気になって聞いてみたところ、さすがに一年生全員が渡すということはなさそうだった。とはいえ……

 

「とても貴重な時間を過ごさせていただきましたから。先輩方には少しでもお返しをしたいです」

 

「あたしも〜! みんなの分も持ってくるから、友チョコパーティしよ〜!」

 

 監督を含めた先輩達にお礼としてチョコを渡したい、か。バレンタインの捉え方って人それぞれだな。

 

「碧澄ちゃんは〜?」

 

「……うん。私も、渡そうかな」

 

「そっか〜。楽しみにしとく!」

 

「あははっ。了解」

 

 私も、チョコを渡したい。その言葉に胸がちくりと痛んだ。裏腹に私は思ってしまったんだ。私だけが渡せたら良かったって。そうしたら私だけのことを見てくれたんじゃないかって、過ってしまった。

 

「……溶かす温度が高かったかな」

 

 日が経って私はチョコの練習をしていた。味はものすごくって訳じゃないけど美味しい。でも見た目が崩れてしまった。プレゼントだから少しでもいいものを。そんな建前と一緒に少しでも、誰よりも良く見られたいって気持ちが私を支配した。

 とても集中出来るわけもなく、気が付いたら自転車に乗って駆けていた。冷たい風が頬を叩く。無心になれると思っていたのに、どうせなら頭も冷やしてくれたらいい、なんて考えている自分に気付いて溜め息を吐いた。

 

「そういえばこの鞄、監督から貰ったんだっけ……」

 

 自転車に乗っていても邪魔にならないクロスボディバッグ。乗る時はもう無意識に持ってきていて、私は初めて発見したかのように目を開いた。

 

「誕生日プレゼント……なんで一番欲しいやつ分かったんだろ」

 

 呟きながらもその答えは分かっていた。選手のことをよく見ているからだ。でもそれは私だけじゃなくて、みんなだ。部員全員に渡してる誕生日プレゼントにどれ一つとして適当な物はないんだろう。そう……だからだ。だからあの人は慕われて、信頼されていて、チョコだって多くの人から貰えるだろう。考えてみれば分かることだった。けれど頭で理解しようと心がそれを拒否していた。

 帰って続きをやる気にはなれなくて、ふて寝してしまった。そんな夜のことだった。逢坂先輩からのNINEで目が覚めた。内容は久しぶりにライト組で一緒に出掛けないかというもの。嬉しい誘いだったし、気分も変わるかなと思ってすぐにOKの返事を出した。

 

「それで碧澄ちゃんはチョコレート誰に渡すの?」

 

 ああ……そうだ。逢坂先輩がこの行事に乗り気じゃない訳はなかった。着いて早々に尋ねてきた。

 

「ええと……もも達と友チョコパーティをする予定です」

 

「普段ハキハキしてるから誤魔化す時分かりやすいわよね〜」

 

「う……」

 

 思わず目線を逸らしてしまい、笑われてしまった。恥ずかしい……。

 

「……あの。良かったら、なんですけど。相談に乗ってもらえますか?」

 

「え!? なになに! お姉さんに聞かせてみなさい!」

 

 顔が熱くなったついでというわけじゃないけど、逢坂先輩になら打ち明けてもいい気がした。短かった時間の多くを共に過ごした先輩だからかもしれない。

 

「へ〜。碧澄ちゃんが監督のことをねえ……。どっちかと言えば苦手そうにしてたのに」

 

「……だってあの人。すぐに女性をナンパするから」

 

「え? 監督が?」

 

「逢坂先輩がされてないとは思えませんが……」

 

「うーん。強いて言うなら二人で映画にって誘われたかな」

 

「バッチリされてるじゃないですか……!」

 

「やー、だってあんまりナンパって感じしなかったし。それに嬉しかったしね」

 

「そういうところです……。女性と距離感が近くて、相手も満更でもない。それがたまらなく嫌い、なんです」

 

「……ふふっ。そっかそっか。嫌悪感だったのね。自分以外の女の子と仲良くするのが嫌だったんだ」

 

「……! ……そう、かもしれません」

 

 言葉にしてみればなんて子供じみた理由なんだろう。他者を顧みない自分勝手な考え方……。

 

「監督はきっと変わらない。だからって……私も気持ちを切り替えることが、できなくて」

 

「んー……いいんじゃない? 変わらなくて」

 

「え……」

 

 当然のように逢坂先輩は言ってのけた。しかし受け入れるには突飛すぎるように感じられた。

 

「ですがそれではあまりにも独善的というか……。監督も嫌じゃないかと」

 

「嫌かもね〜。監督ってそこら辺自由奔放だし」

 

「なら変えないと……」

 

「碧澄ちゃんって本当に良い子だからさ。そう考えちゃうのね。でも変えられないでしょ。本気で好きだから出ちゃう、我が儘なんだから」

 

「……!」

 

 何度も変わろうとしたのに、変われなかった。それは強い想いだったから……?

 

「それって素敵なことだと思うな。だってあたしにはそこまで我が儘言ってくれたことないでしょ?」

 

「えっ。逢坂先輩は格好良い人です。ひたむきな姿勢を尊敬していますし、多くのことを学ばせてもらいました。逢坂先輩のことを好きじゃない訳はありません」

 

「うん。知ってる。あたしにでさえそんな碧澄ちゃんらしい素直な言葉を掛けてくれるのに、監督には自分を押し殺して変わろうとしちゃうんでしょ?」

 

「あ……」

 

 そこまで指摘されてようやく理解した。私の中を占める監督の大きさを。真っ直ぐな気持ちを曲げてゾーンから目を背けていた私自身を。

 

「そっか……。我が儘で、いいんだ」

 

 認めた瞬間、胸のつかえが溶けていくのが分かった。苦しさで胸が締め付けられていたからか、甘い香りが広がったような感覚だった。

 

「……ありがとうございます。とてもスッキリしました」

 

「うんうん。良かった良かった。ライバルは多いけど、頑張って!」

 

「やっぱり多いんですね……。それでも、一番を目指します」

 

「碧澄ちゃんらしいわね」

 

「お、お待たせー!」

 

「……! 大丈夫ですよ。私達が早く着きすぎました。まだ待ち合わせより早い時間です」

 

「そ、そっか。それなら……。二人は何のお話してたの?」

 

「バレンタインの話よ」

 

「うう……。やっぱり今年もみんなあげちゃうのかなあ」

 

「「……ふふっ」」

 

「え? な、なんで笑うのー!?」

 

「すいません。我が儘なのって、悪いことじゃないなって思ったんです」

 

 客観的にその姿を見て、逢坂先輩の言っていたことがより鮮明に伝わった。恋する乙女といった形容が相応しい可憐さ。きっと監督の周りには我が儘な女性ばかりなのかもしれない。その中で私だけを見てもらうのは、やはり難しいんだろう。だから……

 迎えたバレンタイン当日。やっと監督がやってきた。校門前で私が勝手に待っていただけなのに、つい文句を言ってしまう。思った以上に遅かった。それだけ彼へ集まる想いが強いのだと、よく実感できた。

 

「いいから、食べてみて下さい」

 

「それじゃあお言葉に甘えて……。……!? 甘っ……!」

 

「それ、私の好きな味なんです」

 

「そうなんだ。もっと大人っぽい味が好きなのかと思ってたよ」

 

「私、結構子供っぽいんです。しっかり知って下さいね」

 

「……? あ、ああ。覚えとくよ」

 

 不思議そうにする監督を笑う私はいたずらっ子のように映ってるのかな。

 

「それともう一つ。また私、監督のいる野球部を目指します」

 

「えっ? いや、まだ試験的に就任させて貰えるかもってだけで……」

 

「いいんです。監督ならなれます。私達の監督ですから」

 

「……ありがとう。水原に言ってもらえると、なんだか大丈夫な気がしてくるよ」

 

「……そういうこと、他の子にも言ってますよね。やめた方がいいと思います」

 

「ええっ!? 参ったな……。それに水原はそれでいいの? 僕は監督としては、やっぱりまだ未熟な身だし……」

 

「未熟でも、監督がいいんです」

 

「……そっか。そこまで言われたら、頑張らないわけにはいかないな」

 

 ああ……監督らしい答えだな。そういう部分なのかな、私が本当に惹かれたところって。

 

「お互い、頑張りましょう。私も負けないくらい、成長してみせます」

 

「うん。置いていかれないようにしてみせるよ。導く存在がそんなんじゃ、格好つかないもんな」

 

「そうですよ。私、今よりもっと成長してみせますから。だから夢が叶った時には——」

 

 想いを胸に、もっと強く、誰にも負けない一番に私はなる。

 

「——監督のこと、釘付けにしてみせます!」

 

 精一杯の我が儘をぶつけた私の顔が熱くなったのは、きっと夕焼けのせいだろう。

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