ハチナイ短編集   作:ゾネサー

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運命の輪を、もう一度

 これで、卒業か……。色々……本当にいろんなことがあった三年間だったな。「青春という字に横棒が多いのは、乗り越えないといけない壁が多いからだ」……。確かに、その通りだったな。でもそれが夢を諦める理由にはならないことを皆に教えてもらった。

 

「監督〜! こっちこっち!」

 

「ははっ。もう僕は監督じゃないよ」

 

「何言ってんの! あたし達にとってはいつまでも監督だよ!」

 

「そっか。悪い気はしないな」

 

 翼達と記念写真を撮った後の自由時間は三年生同士思い出に浸り、終わりを惜しみつつも、その後の進路のことで盛り上がった。

 

「わぁ。整理されてないタコ足配線みたいになってるね」

 

「言い方ぁ!」

 

 そうしていると二年生が練習の隙間を縫って挨拶にやってきた。小鳥遊が代表して僕と翼に向日葵をプレゼントしてくれた。今日のために準備していてくれたらしい。緑のリボンで束ねられているのはきっと小鳥遊の案なんだろうな。受け取った瞬間、三年生に負けず劣らず築いた歴史を腕にずしりと感じていた。

 

「先輩達の魂は私達が受け継ぎます! 安心して卒業してくださいね♪」

 

「ありがとな。…………」

 

「え!?」

 

「うわ。泣かせた」

 

「わ、私一人の責任じゃないし!」

 

「ふむ。今日ぐらいいいのではないか? お二人は立場上、弱いところを見せられなかっただろうからな」

 

「うえ〜ん! みんなありがと〜!」

 

 気付いたら涙が溢れていた。きっと最後の一押しだったんだろう。気丈に振る舞うつもりだったが、ダメだった。ずっとそうだった。僕は監督としては未熟で、それでもみんな信じてついてきてくれた。

 やがて卒業式が終わり……僕は先んじて一人でグラウンドに赴いていた。しばらく遠くから見ていた。皆が皆練習に打ち込んでいる光景は幾度となく見たけれど、最後かと思うとそれすらもなんだか名残惜しく感じられた。

 

「あっ! 監督や〜! 卒業おめでとうございます!」

 

「挨拶に行けず申し訳ありません」

 

「ははっ。いいよ。引退の時に時間取ってもらったし、春大会も間近だしね」

 

 けれどすぐに皆も来るだろう。その前に済まさなければいけないことがあった。

 

「それで、何ですか。手短にお願いします」

 

「……ごめんな。ずっと思い出せなくて。せめて引退するまでに思い出すべきだった」

 

「え……?」

 

 水原はいつものように冷たくあしらおうとしたが、無理を言って付き合ってもらった。謝った時の彼女の顔は印象的だった。困惑よりもっと強く、信じられないと言った表情だった。

 

「昔、ボーイズのブルペンで話したこと……あったよね」

 

「……! なんで……今なんですか。どうして……思い出しちゃうんですか。もう、運命だと思って……それで終わりでいいと思ってたのに」

 

「本当に、ごめん。ピッチャー復帰のことでボーイズから久しぶりに連絡が来てさ。その時に水原の調子も聞かれて、ようやく思い出したんだ」

 

「そんなの……思い出したなんて言えません」

 

「う……その。確かもっと髪が短かったし、そんなに堂々とした感じじゃなかったからピンと来なくて……」

 

「ももは気付きましたけどね」

 

「……ごめん」

 

「……。こちらこそ、ごめんなさい。同学年のももと違って、ブルペンで数回話しただけの後輩のことなんて……思い出せ、なんて無茶な話だと分かってたんです。でも……」

 

「……? でも……?」

 

 ハキハキと話す水原にしてはらしくない口ごもり方だった。心の整理がつくのを待っていると、意を決した様子で続きを話し出した。

 

「あの時私は新しい環境に萎縮していて……そんな中で、監督はエースとして忙しかったのに優しくしてくれて。私、忘れたことはありません」

 

 それを忘れていたかと思うと、心が痛いな……。そうだった。段々と慣れてきて心配する必要がなくなったところで、最後の大会が近づいてきて話す機会がなくなったんだよな。

 

「まあここに入って全員に優しくしているのを見て、忘れられているのもあってナンパな性格なのかなと思いもしましたが……」

 

「い、いや……そういうつもりはないんだけど」

 

「ふふ……もう知ってます」

 

 困って頬をかく僕を見て水原は意地悪く笑った。どうにもやり返されたらしい。

 

「そしてスタンドから見たあなたのピッチングに憧れて……あなたのようになりたいって思ったんです。同時に一緒に選ばれなかった自分の力不足が、悔しくて」

 

「一年の秋からベンチ入りしたって聞いたよ。十分すごいことじゃないか」

 

「もう……遅かったんです」

 

「あ……。そうか。最後の機会だったから……だね」

 

 僕はこの時、野球部が設立された理由を思い出していた。男子と女子が共に野球をできるのは中学まで……。勝手に作られたその境界線を越えるために、僕達は頑張ってきたことを。

 

「ええ。でも二度目のチャンスが訪れました。運命……そう、直感したんです」

 

「そうだったのか……。知らなかったよ」

 

 一陣の風が吹き上げた。水原の長い髪が大きく揺れる。すると彼女は今まで見たことがない穏やかな顔でそれをゆっくり抑えた。

 

「でも先輩達はその常識をひっくり返してくれました。夢を諦めなくていい。そのことを教えてくれてたのにな……。……監督、今更ですがピッチャー復帰おめでとうございます」

 

「う、うん。ありがとう」

 

「私本当に……本当に嬉しかったんです。でも結局ずっと伝えられなくて」

 

「……ごめんな」

 

「なんで……監督が謝るんですか」

 

「全部背負わせちゃったなって、思ってさ」

 

「……そういうところです。監督はそういうところが……ずるいんですよ」

 

「うっ……ごめん。あっ!」

 

「もう……分かりました」

 

 ずっと水原には嫌われていると思っていて、思えば彼女の素顔を見るのは初めて……かもしれないな。

 

「監督、約束して下さい。大学でまた、エースの座を勝ち取ってくれるって」

 

「ええっ!? それは……やってみないと」

 

「やってくれるんですね」

 

「うん。やれるだけのことは、やるよ」

 

「十分です。私も、約束します。いつか監督と……先輩と一緒にグラウンドに立つことを」

 

「水原……ああ。水原ならできるよ」

 

「……そういうこと、誰にでも言うのはやめた方がいいですよ」

 

「うっ。参ったな……」

 

「ふふっ、冗談です。先輩達が見せてくれたように。三度目の運命は、自分の手で切り開いてみせますから」

 

「ああ。お互い頑張ろう!」

 

「はい!」

 

 突き出した拳に水原は目を見開くと、思いの外力強く突き出してきた。小気味良くこつんと音が鳴って、僕達は顔を見合わせて笑ったのだった。




お疲れ様でした。ありがとうハチナイ。
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