ハチナイ短編集   作:ゾネサー

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真白と奈良がバッティングセンターに行くお話。


三年生編
眺めるだけの時間は終わりにして


「どうして残っちゃダメなのォ! もっと練習したいだけなのに……! またルミのこと拒絶して……!」

 

「落ち着け奈良。居残り練習出来ないのは全員だから」

 

「北山監督がどうしても外せない用事あるからなー。責任者がいねえ」

 

「自分のことぐらい自分で面倒見れるし……!」

 

「責任が取れねえんだよ……」

 

「この前も血出てたのに止めなかったでしょ」

 

「うう……。胡桃が、もっと打てるようにならなきゃ。界皇は王者じゃなきゃダメなのに……。これじゃあ全然足りない……」

 

「「…………」」

 

 先輩として表に出さずに我慢しているだけで相良も大和田も気持ちは同じだった。

 

「グラウンドは使えないけどさ。素振りとか、出来ることはあるでしょ」

 

「あたしは走り込みだな。奈良が唯一無二の四番打者なら、あたしは唯一無二の一番打者になる!」

 

「先輩……。そ、そっか……。グラウンドが使えないだけ……」

 

(じゃあいつもの、胡桃だけの場所で……。胡桃だけ……)

 

 以前外から見るだけになってしまったグラウンド。皆が楽しそうに練習する姿と、傍に誰もいない自分を比較して過ごしていた日々が彼女の脳裏に過った。

 

「や、ややや、嫌だ……。あ、あの頃には帰りたくない……」

 

「あ! 奈良!」

 

「あいつこういう時の足速いな……」

 

「わっ!」

 

「ひゃっ!?」

 

 あっという間に処理能力を超えた奈良が走り出すと、ちょうどバッテリー陣の解散と共にこちらに向かっていた真白とバッティングしてしまう。

 

「大丈夫?」

 

「へ、平気……」

 

「良かった。あ、そうだ。奈良さんこの後予定空いてる?」

 

「え? う、うん……」

 

「じゃあボクに付き合ってよ」

 

「……! そ、そそそ、それって……!」

 

「バッティングセンターに行こうと思ってね。奈良さんも物足りないでしょ?」

 

「え……あ……一緒に?」

 

「うん。奈良さんが嫌じゃなかったら」

 

「い、嫌じゃない……! す、好き……」

 

「あはは。ボクも好きだよ」

 

 奈良の急な抱きつきには真白も最初こそビックリしたものの、今では慣れて軽く頭を撫で返すのがお決まりになっていた。

 

(真白さん、胡桃のこと好きって言ったよね。好き同士で放課後に出掛けるって……こここ、これって。デ、デート……!? ど、どどど、どうしよう……! 何を話せば……)

 

「奈良さんはバッティングセンター行ったことある?」

 

「へっ。な、無い……。練習で打ったマシンのボール、全然痺れなかったし……」

 

「そっかー。ボクは結構行ってたんだ。日に当たらずに野球出来るしね。それに、いつかボクと同じようなボールを投げるマシンと出会えないかなって」

 

「……? 真白さんのボールは真白さんしか投げられないと思うけど……」

 

「そうなんだよねー。だから世界中でただ一人、ボクだけは打てないんだ」

 

「あ……な、なるほど。だから……」

 

「うん。もしボクがボクのボールを打てたなら、楽しいだろうなって」

 

(……真白さんにとってのバッティングマシンは、胡桃にとってのソアちゃんみたいなものなのかな……)

 

 愛おしそうに理想を語る友人の姿を見て、胡桃は思わず藁人形を握る手に力が込もっていた。そうして話している内にバッティングセンターに辿り着いた。真白の後押しを受けて胡桃が足を踏み入れると、賑やかな雰囲気に思わず体をびくつかせる。

 

「な、なんなのこの人たち……。知らない人が沢山騒いでて……あの中で打つの……? 怖い……」

 

「大丈夫だよ。皆、野球を楽しんでるんだ」

 

 朧げにマシンが投げるボールを打つ場所程度のイメージしかしていなかった奈良は想定外の賑やかさに腰が引けていた。そんな奈良を安心させるように語りかける真白だったが、変わらぬ様子に顎を手に当てて考えると、下ろした手に拳を乗せた。

 

「そうだ。折角だし、勝負しようよ」

 

「え、何を……」

 

「やだなあ。ここで勝負するなら、どっちがどれだけ打てるかしかないじゃない」

 

「……はぁ? 真白ちゃんはピッチャーでしょ?」

 

「うん。でもボク打つ方が好きだし」

 

「ルミに勝てると思ってんの……!?」

 

「勝ちたいなとは思ってるよ」

 

「舐めやがって……! 受けてやるよォ!」

 

 奈良は真白が打撃面でもトップクラスだということは知っていたが、王者界皇の四番打者は自分以外にいないと断定するほどの自負がある彼女にとっては、打撃練習に充てる時間が少なくなるピッチャーと比べられること自体が癪だった。おかげで先程まで怖じけていたことすら忘れ、次々と長打性の当たりを放っていく。

 

「……ボクの負けだね」

 

「当然でしょ……! 真白ちゃんが神童ならルミは神様なんだからァ♡」

 

「参ったなあ。本当にそんな感じだったよ」

 

「……ヒット性の当たりは多かったし、胡桃と比べなかったら中々だったよ」

 

「あはは。ありがと」

 

 持ち前のバットコントロールから安打性の当たりを量産していた真白。それでもヒット数ですら敵わなかったことに、彼女がどれだけの時間と思いを込めてバットを振ってきたのかを感じていた。

 

「……ね、後ろで打つところ見ててもいい?」

 

「な、なんで?」

 

「ピッチャーからだと打たれたボールの放物線って、見えないからさ。奈良さんの打球がどんな感じなのかじっくり見てみたいんだ」

 

「……変なの……。別にいいけどぉ。減るもんじゃないし」

 

「やった。じゃ、早速見せてもらおっと」

 

 勝負が終わったのも束の間、ゲージの外に出た真白は意気揚々と奈良のネット裏に移動していく。すると快音が響き渡る。綺麗なと形容するには荒々しく突き進む弾道の放物線を真白は花火を見上げる子供のように見つめていた。

 

(いいなあ。ボクもあんな風に飛ばせたらな)

 

 背中に回した細腕を掴みながら、同じく四番に相応しいパンチ力を持つ友人の姿を過らせながら。目で追う打球の行方は遥か遠くまで離れていく。

 

「……さっきさぁ。打つ方が好きって言ってたけど。胡桃はピッチャーとしての真白さんの方がす、好きかな」

 

「え……そ、そうなの?」

 

「うん。あれだけ生きた痺れるボール投げてくれる人なんて、いない。胡桃の本気に応えられるピッチャーだから……好き」

 

「……そっか。ありがと」

 

(ボクも、負けてばかりじゃいられないな)

 

 軽々とマシンのボールを打ち返す彼女に視線を移した真白の瞳には静かに闘志が宿っていた。

 

「バッティングセンター楽しかった?」

 

「お、思ったよりは良かったかな」

 

「良かったー。たまにはいいね。こういう時間も」

 

「バッティングセンターにはよく行ってたんじゃ……」

 

「今日は奈良さんと来れたからさ」

 

「え!? く、胡桃と……あ、えっと……」

 

「ボクも楽しかった。これも野球に触れられる時間が増えたおかげかな。でも、足りないなあ。いくらあっても足りないや」

 

「足りないよ……。胡桃は、界皇は、強くならなきゃ。だって界皇は、王者だから」

 

「うん。そうだね。もっと野球を楽しみたい……。それが分かっただけでも来て良かったな」

 

「……。真白さんってやっぱり変……」

 

「えー? そうかな」

 

「絶対そう……」

 

「あはは。そっか」

 

「ふふ……」

 

 バッティングセンターからの帰り道。月夜の明かりに照らされて、二人は微笑みを溢しながら並んで歩いていくのだった。

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