六月に入って、グラウンドを使えない期間が続いている。理由は至極単純……梅雨の季節だから。今日もそう。蒸し暑さすら流してしまうほどの飛雨が降り注ぎ、激しい音を伝えてきている。そんな日も、無駄にはできない。私達は筋トレや体幹トレーニングなど室内で可能な練習を積み重ねていた。
「碧澄ちゃんってどうしてうちを選んだの?」
部には四十人近い面々がいる。全員が全員、傍にはいられない。今日はライトを守る先輩達が近くでペアを組んでいた。
「野球推薦で受けられる高校の中にありましたし、夏大会での優勝も印象的でしたから」
「……本当に?」
「えっ」
「なんだろう……なんとなく、なんだけど。それだけじゃないような気がする」
「そうなの?」
「よく分かりましたね……。ええ、そうです。実はもう一つ……。私にとって、憧れの選手がいますから」
「へ〜っ! 誰? 誰なの?」
「それは……その。恥ずかしいので……内緒ということで」
「もー。恥ずかしがらなくていいのよ。本人の前だからって!」
「逢坂先輩のことは尊敬していますが……部に入る前から憧れていた訳では」
「えーっ。残念……。はっ! まさか伽奈先輩とかじゃないわよね……!」
「憧れの選手がいるってことは……今もいるってことだよね?」
「あ、そっか!」
「ええ、まあ……」
「でも良かった。茜ね。なんとなくおに……監督くんのことかと思っちゃってた……」
「……!?」
「監督くんは監督だもんねー。うーん、やっぱり翼ちゃんとかなのかなあ……」
……そうか……。この二人にとって……いや、この部にとって。あの人は選手ではなく、監督なんだ。かつてボーイズリーグで魅せられたピッチングは、もはや過去のものなのだろう。そう考えた途端、雨の湿気が嫌に鼻についた。考えを振り払うようにひたすらに身体を動かした。何のために鍛えているのか、そのことすらも薄れ……やがて忘れていった。
いつのまにか下校の時間となっていた。風は弱まったものの、雨は途切れなく降り注いでいた。そんな帰り道だった。
「ジューンブライド?」
「ええ。六月に結婚式を行うと、結ばれた男女は末長く幸せになるのだとか……」
「ロマンチックやね〜」
千寿とももと帰っていると、唐突に結婚式の話題になった。どうやらそういった時期だからこそ、船に乗って婚約の儀礼を行う動画を見かけたのだとか。
「愛した殿方と一生を共にする誓いを立て、一生忘れることのない記憶を分つ……! ああ……わたしにもそんな素敵な日が訪れるのでしょうか……!」
……千寿は、本当にお嬢様だから。婚約相手を自由に選ぶ……って訳にはいかないのかもしれないな。
「絶対来るよ。もし男の方に見る目が無かったら、私が貰っちゃうから」
「あたしも立候補するけん!」
「あらあら、モテモテですわね。ふふっ……ありがとう」
そんな話をしながら、寄り道はせずに家に帰ってきた。結婚か……とてもじゃないけど、今は考えられないな。……なんて、考えていたせいなのだろうか。その日は、こんな夢を見た。
「——どう? 恥ずかしがらないで、ちゃんと見て」
鐘の音が鳴り響く中、ウェディングドレスに身を包んだ私。私らしくないような、煌びやかな装い。
「私のピッチングを見てくれたように。たくさんの私を見つめて。その分私もあなたのことを見るから。これまでも、これからも」
憧れたあの人が目の前にいて。そして……見つめ合っていた。
(……そうだ……)
夢と
朝の日差しが私を起こした。あれだけ降っていた雨は綺麗に姿を消している。私は窓に手をかけた。カラカラ……という音が寝起きの耳に心地良く響く。
「今日はグラウンドで投げられるかな」
勢いよく入り込んだ風は夏の匂いを運んできた。