ハチナイ短編集   作:ゾネサー

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梅雨明けの紅白戦

 曇り空は露と消え、ジメジメとした重苦しい空気も晴れやかなものへと変わった六月の下旬。メンバー選考を兼ねて多くの部員の動きが見れるように、少し変わった紅白戦が始まろうとしていた。

 

「じゃあ監督。後はお願いね!」

 

「ああ。お互い遠慮なしで行こう」

 

「もっちろん!」

 

 そして監督は有原と別れてもう一方のチームへと足を運んだ。

 

「仲間外れにされたんですね」

 

「いや、言い方」

 

「もっと力を込めないと本家への失礼に当たるのではないかしら……?」

 

「誰が本家だ!」

 

「すっかり後輩にイメージついちゃったね」

 

「どっちかと言えば動きを見たいのはこっちのチームなんだ」

 

「そうなんや〜! じゃああたしばっちりアピールしたるけん! しっかり見てて欲しか〜!」

 

「ああ。期待してるよ」

 

 こうして一・二年生連合軍と三年生チームによる紅白戦が始められた。

 

「よろしく!」

 

(先頭は竹富先輩か……。塁に出すと厄介だな)

 

「おわっ!」

 

「ストライク!」

 

(いきなり膝下にスライダーか! 次は……?)

 

「ファール!」

 

(アウトコースに真っ直ぐ……。少し踏み込みが甘くなった。今日の我妻天の調子を皆に見せるためにも、簡単に終わらせない!)

 

「ボール!」

 

 インコース高めの釣り球を見極めて見送り、1ボール2ストライク。ここで双方の思惑が交差した。

 

(内の高めに見せてきた……。左同士だから中に入るチェンジアップは使いづらいはず。となると外のスライダー辺りが決め球! 情報引き出すだけじゃなく、塁にも出るぞ!)

 

(一球目、二球目の感覚で外の警戒が強まったはずだよ。ここに投げ込んできて!)

 

(おう! 真っ向勝負は……望むところだ!)

 

(えっ!?)

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

「うっし!」

 

 バッテリーの選択は胸元へのストレート。虚を突かれた竹富は手を出しきれず、ここは要求に応えきった我妻の投球が勝った。

 続く坂上はチェンジアップにタイミングを崩されての内野ゴロ。しかし……

 

(転がったところが悪すぎる……! 小鳥遊、前で捕れるか!?)

 

(ダメだ……! 打球が死んでない……!)

 

 崩されながらも当てにいかず振り切ったことで打球に強いトップスピンがかかっており、小鳥遊は止むを得ず深い位置での捕球へと向かう。

 

「任せてください!」

 

「……! お願い!」

 

 するとサードが伸ばした長い腕が辛うじて打球に届いた。捕ってから振り返りざまに投じられた送球はファーストの真ん前でバウンドする。

 

「ほっ!」

 

 難しいボールだったが、條島は跳ね際に合わせてミットを上げて見事に捕球してみせた。

 

「……アウト!」

 

「……! 間に合いませんでしたか……」

 

「マジか! 小木よくやった!」

 

「まっかせてください!」

 

(元バスケ部だけあって野崎先輩並にリーチがあるな)

 

「條島もよく捕った!」

 

「えへへー。このくらいお茶の子さいさいです!」

 

(ボーイズ時代にやっていなかったファーストを志望した時は正直不安もあったが……。いらない心配だったな。それに……)

 

 今の一連のプレーを見て、監督は改めて感じたことがあった。

 

(春夏連覇の功績もあってか推薦枠の水原以外にも実力のある選手が入ってくれた。贅沢な悩みだが……監督として責任を持って選出しないとな)

 

「ファール!」

 

「やけに粘るじゃないっすか有原先輩。でも……」

 

 早めに追い込んだものの有原に粘られ2ボール2ストライク。意を決して桜田が送ったサインに我妻は力強く頷いた。

 

(さっき竹富先輩を仕留めたのと同じコース。ただ……左バッターと右バッターに投げ込むのはまた違う。けど天ちゃんなら投げ込める!)

 

(あたしはスピードの割に球威がねえ……目を逸らしてたこともあった。このボールが結局外に逸れて自信の無さを曝け出したこともあった。だが!)

 

(……! 外ギリギリ……!)

 

 振り切られた腕から放たれたストレートは桜田のミット目掛けて突き進んでいく。しかし響き渡ったのは捕球音ではなく、バットの金属音だった。

 

「……! ライト!」

 

(これでも食らいついてくるかよ……!)

 

(来た! これは……投げ勝っている!)

 

「碧澄ちゃん! 切れるよ!」

 

「うん! はっ……!」

 

 フェアゾーンに落ちるかとも思われた打球だったがスライスして軌道が変わっていき、水原は白線を越えて飛び込んだ。

 

(気持ちに押された……!)

 

「アウト!」

 

「うっし……!」

 

 水原が伸ばしたミットの先で打球が掴み取られ、我妻は心から嬉しそうにガッツポーズを取った。

 

(いい……チームになったなぁ)

 

 打ち取られた有原は悔しいはずなのに、同時に別の感情も抱いていた。好投を盛り上げる小鳥遊に誇らしげに応える我妻、そこに他の二年生も集まるばかりでなく、一年生も好プレーを見せた選手を中心に溶け込んでいく。

 

(先輩たちがいてくれたから私たちも戦えた。その姿に、勇気付けられたんだ。私もこのチームに……)

 

 その輪を見て有原は少しの間微笑を浮かべると、最後には満面の笑みへと変えてベンチへと戻っていった。

 

「ストライク!」

 

(速いだけの球ならいくらでも打ってきた。けどあの時の鎌部先輩のように易々と打たせてくれないボールもある。今日の二人もそう。我妻も後ろから見てるだけでも分かった)

 

 力強い野崎のストレートに感じるものがあったルナ。続けて投じられた内へのストレートに、彼女は足を開いた。

 

(そんな奴らのボールを打ち砕いてこそ……!)

 

 捉えて弾き返された打球は一二塁間へのライナー。これに朝比奈が飛びついた。

 

「アウト!」

 

(うっ……)

 

(春大会で負けて……條島がファーストを守り始めて。しっかりしないといけないと思った。チームの主軸として……託される選手になるために!)

 

(……なるほど。なにもピッチャーだけの話じゃないってわけ。上等……!)

 

 先頭バッターを打ち取った野崎は続く小木にもストレートで押しに押した。

 

(手足の長いバッターよ。持て余して内を捌きづらいはず。クロスファイヤーで勝負しましょう!)

 

(はい! 東雲さんに宣言してから……エースになるために、沢山のことを積み上げてきました。その一つ一つを、マウンドで力に変えるために……!)

 

 そして勝負球に左ピッチャーから右バッターの胸元に鋭角に抉り込むストレートを選んだ。振り出されたバットは根元でボールを捉え、鈍い金属音が響く。

 

(たあっ! 痺れた……!)

 

「センター!」

 

「はいよ!」

 

「アウト!」

 

 セカンド、ショート、センターの間にふらふらと上がった打球だったが、迷わず送られた鈴木の指示を受け、竹富は俊足を飛ばしてランニングキャッチで掴み取った。

 

(打ち取られた分は守備でカバーする! そして次は打つぞ!)

 

(やっぱりこのチームは守備がいい……。どの先輩もプレーに淀みがない)

 

 胸元のストレートをバックネット方向に高く打ち上がったファールとした水原。タイミングが合ってきていると感じたバッテリーが外へのカーブを混ぜてくると、立ち上がりにストレートを連投していた反動でやや高めに浮いていた。

 

(特別な枠に選ばれたからには……私も先輩たちのように認めてもらう! 戦力として……!)

 

 水原は体勢を少し崩したものの、強靭な下半身で粘ってみせた。放たれた打球は狙いすましたようにサードとレフトの間へと落ちる。

 

「わ……すごいすごい! 最初のランナーこっちから出たよ!」

 

「こういう時ってアレやるんだよね! せーの……」

 

「「ナイバッチー!」」

 

「ふふっ。ありがと」

 

 昨年と違い未経験者も多い一年生の初々しい歓声に小鳥遊は可愛らしさを覚えて思わず口角を上げると、気を引き締め直してネクストサークルから打席へと向かった。

 

(皆、一人一人違う考えを持ってるからバラバラだった。けど監督が私たちに話を聞きに来てくれて、話し合いの場じゃなくてもお互いの意見を話し合うようになったよね。同じ方向を向けてるかは分からないけど……チームとして、翼先輩が見ようとする景色を全員が見据えるようになった!)

 

 梅雨晴れのスッキリした空気を吸い込み、小鳥遊はバットを構えた。ベンチから続け続けという声援が聞こえてくる。肩の力を入れすぎないようにしつつも、そんな声援を力に変えたいと彼女は思っていた。

 

(ここは長打を防ぐために低めに集めてくる……。夕姫先輩のストレートは当てにいっちゃ打ち返せないし! しっかり振り切るんだ!)

 

(柚ちゃん……。……!)

 

 低めのストレートが弾き返されると打球は有原の頭上を越えていった。

 

(恩返し……とも少し違うかもだけど。私たちなりのプレーで応えるよ!)

 

「翼!」

 

「うん!」

 

 フェンスネットの跳ね返りを上手く処理した柊から中継の有原へ、そしてそのままほとんどのロスなくホームへと返球が送られた。

 

「ば、バックバック!」

 

「えっ!?」

 

「……セーフ!」

 

 そして鈴木から三塁へとボールが矢継ぎ早に送られると帰塁した水原は辛うじて戻り切っていた。

 

(嘘でしょ。打球が左中間最深部に転がったのは二塁回る時に確認した……。あの位置は甲子園ならランニングホームランを警戒しなくてはいけないほどのデンジャーゾーン。もっともひまわりグラウンドはそれほど広いわけじゃない、けど……)

 

 自分の後ろで繰り広げられたであろう光景に水原は空いた口が塞がらないようだった。

 

(ツーアウトで迷わず走れたのに還れないなんて……。これはもう個々の技術で達成できることじゃない。超高校級の連携……このチームはそれを築き上げてきたんだ。私たちも……)

 

(うー。さすが先輩たちだし! でもまだチャンス!)

 

「ももちゃん! 振っていこう!」

 

「はい! 任せてください♪」

 

 2アウトランナー二塁三塁。単打での2得点が見える状況だったが、條島は自らが抱くスラッガー像を胸にあくまでフルスイングで応じた。

 

「おりゃー! ……あっ!」

 

「任せて!」

 

「アウト!」

 

(ストレートが高めじゃなく低めから伸びてきたと……。バリすごか〜!)

 

 初回からピンチを背負った野崎だったが、長打のある條島相手に粘り強く低めに投げ切りキャッチャーフライに打ち取った。彼女は課題の立ち上がりを無失点で抑えきれたことにひとまずの手応えを覚える。そしてその次を見据えてベンチへと戻っていった。

 

「惜しかったよ! 切り替えていこう!」

 

「はい!」

 

(そうよ小鳥遊。そういう声をかけてあげて。結果に繋がらない打席はどうしてもあるから)

 

 攻守交代し、上級生チームの先頭バッターは朝比奈。フルスイングの圧に負けじと我妻も投げ込むが、低めに丁寧に集めるだけでは仕留めきれずに苦労していた。

 

(……天ちゃん。行くよ! 左バッター相手にも……!)

 

(そうだ千代。恐れてばかりじゃ結局は勝てねえ! 攻めるんだ!)

 

(なっ……! チェンジアップ!?)

 

 膝下から沈み込ませるチェンジアップに朝比奈の一本足が揺らぐと、振り切られたバットは空を切った。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

「くぅ……! やられた!」

 

 一歩間違えば内に緩く入る軌道になるボールを投げ切った我妻に軍配が上がり、勢いに乗った我妻はこの回も三者凡退で抑えた。しかし立ち上がりを制した野崎も大きく外れるボールが減り、ホームを中々踏ませない。試合は投手戦の様相を呈していた。

 

(今日の我妻天は気合い入れて仕上げてきたみたいだ……。内に厳しいストレートを集めて、変化球で仕留めるパターンが多い。なら早いカウントから内のストレートに絞って……引っ叩く!)

 

(うっ!?)

 

 4回の表、先頭バッターの竹富は早仕掛けのバッティングで一塁線にゴロを放った。すると條島の伸ばしたミットの先を抜けていく。

 

(やべえ! 長打コース! 竹富先輩の足なら三塁もある!)

 

(やらせない!)

 

 すると深い位置で追いついた水原からレーザービームのような送球が放たれ、小木のミットにダイレクトで届いた。その強肩ぶりに驚きながら竹富は二塁へと戻っていく。

 

(助かったぜ水原……。けどノーアウト二塁で坂上先輩か。後ろも厳しいバッターが続くが、1点もやらねえ!)

 

(しっかりランナーも警戒してる……。我妻天も去年から成長したな。なんて言うか……大人になった?)

 

 竹富に中々三盗の隙を与えないまま坂上を追い込んだ我妻。決め球として投じられたスライダーが膝下に切れ込んでいく。

 

「……! 條島!」

 

「オッケーです! 自分で踏みます!」

 

「アウト!」

 

(くっそー。今のを右方向に打ち返すかよ……)

 

 坂上はファーストゴロに倒れたが、その間に竹富は三塁へと進塁した。我妻はいぶし銀のバッティングに顔を顰めつつも、打席に入ってきた有原を打ち取るべく集中力を高めていく。

 

(本当はさっき仕留めたボールから入りたかったけど……犠牲フライで還されるわけにはいかないよね)

 

(ここは球数使っても低めに集めて内野を越えさせないわけだな。それしかねえか。……!?)

 

 先程の大飛球が頭にチラついていたバッテリー。それに気を取られて見落としていた可能性があった。

 

(スクイズ!? 有原先輩が……!?)

 

「オッケー! ナイバン!」

 

 膝下に投じられたストレートは難なく転がされ、今までの苦戦が嘘のように上級生チームはあっさり先制した。

 

(スクイズが頭から抜けてた……! しかも転がしてくださいと言ってるように低めに投げちまった! くそっ、やられた! さっきの打席は打ち取れたと思ったけど、飛ばされたのがこんな形で響くか……。……あっ!)

 

 それがここまで一分の甘い球も投げなかった我妻の集中を欠かせた。チェンジアップが、中に甘く入った……。

 

「わぁ……綺麗な放物線」

 

「よっしゃ……!」

 

 そして右中間に描かれたアーチは奥のひまわり畑にまで届いた。たった一球のチャンスを逃さず捉えたことに朝比奈は両手を握って喜びを噛み締めていた。

 

(しまった……! 何やってるんだあたしは! こんなんでエースを任せられると思ってんのか! ……!)

 

「タイム」

 

 我妻がショックを受けていると、タイムの声が掛かった。桜田が要請したのかと思うと、内野が集まる全体のタイムであることに気付き、ベンチからやってきた人物に目を向ける。

 

「……何しに来たんすか」

 

「とりあえず間を置こうと思ってな」

 

「別に、バッテリーのタイムでもいいじゃないっすか」

 

「まあそう言うな。ここまでいいテンポで来てたからさ。皆も落ち着きたいと思うんだ」

 

「えへへー。実はそうだったんです」

 

「私も……本当はスクイズ決められた後に、私がかけなきゃでした」

 

「同じく混乱してて……野球ってこんなことあるんだ。まだまだ知らないことばかりだなぁ」

 

「本当に……。何がきっかけなのか私も整理したかった。ちょうどよかったよ」

 

「え……あ……じゃ、じゃあ私も!」

 

「ははっ。なんだよそれ。はぁ……監督、なんかアドバイスあります?」

 

「そうだな……。我妻は良いピッチャーの条件ってなんだと思う?」

 

「まーた急っすね。そりゃ打たれないことっすよ」

 

「それができれば理想だな。ただ僕も腕には自信があるんだけど、打たれずに終わった試合なんて片手で数えるくらいしかないんだ」

 

「何さらっと自慢してんすか」

 

「まあまあ。我妻もそうだろ?」

 

「片手で数えられるほどもないっすけどね」

 

「だろ? 打たれるんだ。ピッチャーをやっている以上、絶対に。だからさ。打たれた後も自分のピッチングを貫けるかどうか、だと思うんだ」

 

「言えてるっすね。あたし、良いピッチャーだと思います?」

 

「まだかな……。でも、我妻ならなれると思うよ。良いピッチャーに」

 

「本当っすか?」

 

「ああ。我妻は自分を省みれる。今までもそうしてきただろ。だからなれるよ」

 

「……ははっ。監督ってあたしのこと結構見てるっすよね。好きなんすか?」

 

「な!?」

 

「それだけ軽口たたければ平気そうだな。後ろは頼むよ皆」

 

「「はい!」」

 

「え! あ、ちょっと!」

 

「ほら、これ以上いると2回目のタイム取られちゃうぞ」

 

「も〜! なんなのー!」

 

 タイムが解かれ、初球。ショックを引きずっているならばと甘い球を狙っていた柊が積極的に振り出したバットは空を切った。

 

(ストライクからボールになるスライダー……冷静ね)

 

 これで主導権を握ったバッテリーは追い込むことに成功するが、簡単に終わらせてはくれなかった。

 

(粘ってあたしの焦りを誘ってるんだな。その手には乗らないっすよ。状況は一旦関係ない。あたしには結局……あたしのピッチングしかできねえんだ!)

 

(こ、これは……!?)

 

 予想外のボールに柊は確かに動揺した。しかし追い込まれてセンター返しを意識していた甲斐もあり、膝下のチェンジアップが引き付けて打ち返される。

 

「ほっ!」

 

「アウト!」

 

「よっしゃ! ナイスキャッチ!」

 

「それほどでもあるし! でも良い高さ行ってたよ! おかげで届くとこに来たし!」

 

(まさか、朝比奈さんにホームランを打たれたばかりの球で勝負に来るなんてね……)

 

 低めギリギリへと投じられたチェンジアップは捉えられたものの内野の頭は越えなかった。スリーアウトチェンジだ。

 反撃と打って出たい連合軍チーム、先頭の條島から大飛球が放たれた。

 

(先ほどよりアジャストされた……! 修正能力が高いわね。でも、この打席は……!)

 

「アウト!」

 

(さすが野崎先輩……あたしと違ってしっかり球威がありやがる)

 

「うう……ボールが重たかー……! でも、次こそは……!」

 

「その意気よ」

 

「いろは先輩……」

 

「あたしたちスラッガーはどうしても他の人より打率は落ちちゃうから。その分心を強く持たないといけないの。ホームランを打ってやるんだ! って気持ちをね!」

 

「はい! そう……ですよね。さっきの打席……そんな感じがしました! あたしも、やるからには大きいのを狙います!」

 

 これで二打席連続凡退となった條島。焦りがないと言えば嘘になった。そんな心境を察したのか帰り際に話しかける朝比奈。そんな彼女に向かって條島は真っ直ぐ宣言したのだった。

 

(うっ! 思い切り芯を外しましたわ……)

 

「アウト!」

 

 その後リンと桜田の連携で2アウトランナー二塁となったものの、琴宮がキャッチャーゴロに倒れてチャンスは潰えた。

 

(バッティングの成果を全然挙げられないわ……)

 

「今日の野崎先輩は追い込まれてからがやべえな……。良いピッチャーってわけだ」

 

「え?」

 

「ほら琴宮しょぼくれてんな。切り替えられねえやつはチームの足引っ張るぞ」

 

「わ、分かりました!」

 

(そう……よね。易々と届く目標ではないのですから。だからこそ成し遂げたいのですよね)

 

 得点のチャンスを活かせなかった申し訳なさがあった琴宮。しかしそれはピンチを凌げなかった申し訳なさにも似てるのだと感じた我妻はフォローを入れてからマウンドに上がった。

 

(見てなさい碧澄ちゃん! あたしだって……負けないんだから!)

 

 しかし先頭バッターの逢坂に右中間を抜かれて二塁に到達されてしまう。

 

(ちぇー。三塁は無理か)

 

(ここからでも伝わる逢坂先輩のすごい気迫……。私も、負けない)

 

(また悪くないとこにいった球をツーベースに……。あたしは球威がねえからな。一試合に何本かは出ちまう。それを踏まえた上で……向き合うんだ!)

 

 続く初瀬にインコースへの速球が投じられると共に内野が前に出た。初瀬は構えた通りにバントを敢行する。根元側の狭いミートポイントに食い込まないように調節した初瀬はサードの前へと転がした。

 

(上手く勢いを殺されちゃった……)

 

「一塁に!」

 

「はい!」

 

(確かあの方も未経験者の一人……。それでも一つずつ出来ることを増やしていったのですね)

 

(これも球威のせいか……。嘆いててもしかたねえ。抑えてやる! ……! 代打か。野崎先輩もか……。投げ合いたかったが、色んなピッチャーの調子見なきゃいけねえからな。こればかりはどうしようもねえ)

 

 先程のピンチと同じく1アウトランナー三塁となり、鈴木の代打に永井が送られた。状況からスクイズを考えずにはいられなかったバッテリーだったが、特別バントが得意ではない永井を代打に送った以上振ってくると判断した。そして、その思考回路は永井も同じだった。

 

(スクイズを考えないなら、低めのストレートで来る……はず。自信を持って、バットを振り切るんだ!)

 

(……! どうだ!?)

 

 想定していたとはいえ低めに厳しく決まったストレート。快音は響かなかった。しかし打ち損じたわけでもなかった。ふらふらと上がった打球は前進守備を取っていた内野の頭を越え、センターの前に落ちた。

 

(ここも永井先輩のパワーに力負け……。気合入れたのに、また打たれた。辛いっすよね監督……ピッチャーって。だからこそ責任を果たせた時、最高なんすけどね)

 

 上級生チームの追撃の手は止まらない。永井の代走に中野が送られ、野崎の代打として河北が打席に立つ。

 

(来た! チェンジアップ……これを私も右方向に!)

 

 今度は快音が響き渡り、打球は河北の狙い通り一二塁間へとゴロで放たれた。

 

「くっ……! ……!」

 

(抜かせませんよ!)

 

 しかし守備位置を深めに取っていたリンが外野に抜けようかという位置で追いついた。背を向けた状態から二塁には投げられなかったものの、バッターランナーの河北をしっかりアウトにしてみせる。

 

(ポジション争いには私も参加しているということをお忘れなく)

 

(やられた……! 皆強敵だなあ。私も負けるもんか!)

 

「助かったぜリン!」

 

「どういたしまして。今のも良いボールだった。その調子で行こう。なに。打たれても私たちが守ってみせるさ」

 

「ああ。頼りにしてるぜ!」

 

 2アウトランナー二塁に変わり、打順は戻って先程ツーベースヒットを放っている竹富へと回る。その影響もあってか前には出てこない外野を見た竹富は中野の足を考え単打でのタイムリーヒットを画策する。

 

(さっきストレートを長打にしたからな。ここは変化球で躱してくるか……)

 

「……っ!?」

 

 変化球中心の配球で攻め立てるバッテリー。膝下へのチェンジアップが内に外れると、次に投じられたアウトハイのストレートに竹富は差し込まれていた。

 

(浮いたボールに絞ってたから手を出させられた……! 落ちろ!)

 

(ワンバウンドでの処理ではわたしの肩では……。かといって……)

 

 ふらふらと上がったフライは詰まった当たりが災いして内野と外野の間へと吸い込まれていく。琴宮の視界には未だ遠くにある打球と、俊足を飛ばす二人のランナーが映っていた。

 

(もし捕りにいって届かなかったら……)

 

「怯むな! 捕れる!」

 

「失敗を恐れないで! 怖いかもしれないけど……自分を信じて!」

 

(……! 先輩たち……分かりました! 伸ばしますわ。手を……それでも、足りないなら……!)

 

「ふっ……!」

 

 迷いを断ち切って全力で疾走した琴宮は打球の落ち際に向けてもスピードを落とす選択をせずに腰を落とし、右足を外側に曲げながら左足を伸ばして滑り込んだ。

 

「……アウト!」

 

「や、やりましたわ……!」

 

 捕球に躊躇してブレーキをかけなけなかった甲斐もあり、スピードの乗ったスライディングから伸ばされたミットの先にボールは収まっていた。それを確認した琴宮から安堵と歓喜の混ざった吐息が漏れる。

 

「ナイスキャッチ」

 

「やったやった! すごいよ千寿ちゃん!」

 

「ふふっ……感無量です。ありがとうございます」

 

(いつか、きっと。後押しがなくても、届かせてみせます……!)

 

「それにしてもすげえ体勢だったな」

 

「放置網に捕まっちゃったタコさんみたいだったね」

 

「言い方ぁ!」

 

「きゃっ。小木さん! ついに言っていただけましたわ……!」

 

「いいなぁ……!」

 

(……いいのか?)

 

 こうして最小失点で抑えた5回の裏。上級生チームは代走で出た中野がそのままセンターに入り、河北の代わりに直江を、竹富の代わりに仙波を投入する形でバッテリーを入れ替えてきた。

 

(リリーフ専門の花山先輩と違って、直江先輩もエース争奪戦参加者……。だがアタシは負けねえ! どんな相手にでも……エースは譲らねえ!)

 

「んがっ!?」

 

 早々に追い込まれたが不恰好ながらも粘ってフルカウントに持ち込んだ我妻。しかし膝下に投じられたストレートに完全に差し込まれ、ボテボテのゴロになる。

 

(詰まりすぎて初瀬さんのところまで届かない!)

 

「ピッチャー!」

 

「はいぃ!」

 

 この打球を処理した直江が反転して送球すると我妻との競走になった。

 

「……セーフ!」

 

(うっ! 同時セーフに取られちゃった……)

 

「よっしゃ! はぁはぁ……」

 

 全力疾走で駆け抜けた我妻は打席での粘りもあって体力を消耗しているのが見て取れた。

 

(完投するならこんな真似しちゃいけねえのは分かってる……。だが後ろには水原がいる。エースには拘るが、もう完投には拘らねえ! とにかく……勝つ! 目の前の試合に!)

 

(今日のアンタのプレー……悪くない)

 

 続くルナがセンター前ヒットで塁に出ると小木が送りバントを決め、1アウトランナー二塁三塁。打順は水原に回った。

 

(対アンダースローのコツは草刈先輩がやったように踏み込みを小さくして、ダウンスイングで接点を広くすること……。長打は後ろに任せて私もセンター返しで……繋ぐ!)

 

(芯で捉えられた!? ……!?)

 

(ぬ、抜かせません!)

 

(なっ!?)

 

 右投げの直江のまさに右側に放たれた鋭いゴロ……ヒットになる確信を得た水原だったが、直江が本能で半回転しながら背中越しに伸ばしたミットが痛烈な捕球音を鳴らした。その音はグラウンドにいる全員が覚えた衝撃の象徴のようであった。

 

「ア、アウト!」

 

 すぐの出来事であったためランナーは飛び出しておらず、確認した直江は一塁へ送ってバッターランナーをアウトにする。思わぬアウトを水原は不運とは感じておらず、ふがいなさを覚えていた。

 

(チャンスは作れてるけど、得点への壁が厚い。その壁を打ち破るのに、力が……足りない……!)

 

(先輩たちの意地……。でも私たちにだって意地はあるし! 良いピッチャーが打たれた後に立ち直れるなら、良いバッターの条件は味方が倒れた時に立て直すこと! 突破口を開いてこその四番打者……!)

 

(一塁は空いてるけど……同点のランナーを歩かせるのは弱気すぎる。抑えるよ、直江さん!)

 

(はい! 夕姫ちゃんは0で抑え切った。わたしも……!)

 

 伸び上がってくるストレートに小鳥遊はバットが下に入ったファールが続くが、追い込まれつつも高めの釣り球を冷静に見送っていた。

 

「ボール!」

 

 さらに膝下にストレートが外れ2ボール2ストライク。歩かせたくないバッテリーにとっては3ボールは避けたい場面。勝負の時が迫っていた。

 

(……! スライダー……ギリギリ入ってる!?)

 

(外への反応が少し遅れた……! 間に合わせろ!)

 

(格好がつかなくてもいい! 食らいつけ小鳥遊!)

 

「届けえっ!」

 

 ——キィン。乾いた金属音と共に全ランナーがスタートを切る中、一二塁間へとふらふらと上がった打球に坂上が食い下がって飛び込んだ。

 

「落ちたっ!」

 

(やった……!)

 

 同点のランナーを得点圏に出させまいと外野は前に出ておらず、浅いヒットながら二塁ランナーのルナも還ってきた。

 

(柚先輩がスライダーを打ってくれたなら、投げづらくなったかな……?)

 

(……! シンカーを待たれてた!?)

 

 さらに條島がフルスイングで膝下のシンカーを捉え、レフトフェンス直撃のタイムリーツーベースを放ち同点へと追いつく。

 

(さっきのタイムリーで流れが変わったと……すごかぁ。あたしもいつかは柚先輩みたいな四番打者になってみせるけん!)

 

(打たれちゃった……。折角夕姫ちゃんがここまで抑えてくれてたのに……)

 

 2アウトランナー二塁となり打って変わって勝ち越しのチャンス。流れに乗るべくリンが振り出したバットはシンカーを捉えた。

 

「サード!」

 

「はいっ!」

 

「アウト!」

 

 三塁線への鋭い当たりだったが、初瀬が逆シングルで掴み取ると振り返りざまの送球はワンバウンドながらやや手前での捕りやすいバウンドとなり、三つ目のアウトが取られていた。

 

(動揺は少なからずあったはず……しかし最後まで甘いコースに来なかった……)

 

(交代したばかりで集中打なんてもっと辛えのにな……。直江先輩、あそこまでタフだったのか。やれやれ……良いピッチャーばかりじゃねえか。うちのチーム)

 

「天ちゃん。体力平気?」

 

「問題ねえ……と言いたいとこだけど、厳しいな。だが行けるとこまで行く! サポート頼むぜ、千代!」

 

「うん!」

 

 この回上級生チームは二番の坂上から始まる好打順。制球が乱れてきた我妻は打ち込まれ、1アウト満塁のピンチを迎える。

 

(もう点は……やらねえ!)

 

(……!? やばっ! 打たされた……!)

 

 しかし我妻は体力は落ちようと気力だけは切らせなかった。逢坂に低めのスライダーでゴロを打たせると、小鳥遊—リン—條島と繋いでダブルプレーで切り抜けた。

 

「お疲れ。よく頑張ったな」

 

「ふぅ……ま、悪い気はしないっすね」

 

 6回の裏、2アウトランナー無しながら監督は我妻の代打に栗田を送った。そして栗田がライト前ヒットで出ると、ルナが粘ってフォアボールを選ぶ。しかし直江が力を振り絞ったストレートの連投で小木をセカンドフライに打ち取ったことで得点には至らなかった。

 

「バッテリー入れ替えるよ。水原、準備はできてる?」

 

「いつでもいけます」

 

「頼もしいな。湯元、桜田に代わって入ってくれ」

 

「はいっす!」

 

「二人とも頑張ってね……!」

 

「ありがとう狛江さん。精一杯やってくるよ」

 

「草刈はこの回からレフトに。小鳥遊はサードよろしくな」

 

「了解」

 

「あいさっ!」

 

「栗田はそのままショートに」

 

「はい! 守備でも活躍してみせます!」

 

「その意気で盛り上げていってくれ。後は……琴宮に代わって鵜沼、センターを。小木に代わって白戸、ライトを頼む」

 

「え! 本当ですか♪」

 

「え、えと……でもこの試合ってレギュラー決めを兼ねてるんじゃ……。初心者が出ちゃうと邪魔になっちゃうって言うか……」

 

「ふふ……それを言ったらわたしも同じ穴のムジナよ」

 

「そーそー。わたしもやってたって言っても少しだしさ!」

 

「うちの分も楽しんできてっ」

 

「う、うん……! 頑張ってみる……!」

 

 マウンドに上がった水原が立ち上がりよく早々に追い込むと、打ち取った当たりのフライが放たれた。

 

「せ、センター!」

 

(え! いきなり〜!? とにかく落ちてくるところに……)

 

「流した打球は曲がってくるぞよー! もう少しライト寄り!」

 

「曲がるの!? えっと……ここ!?」

 

「……アウト!」

 

「わ……! と、捕れたー!」

 

「よっ! 守備職人〜!」

 

「へへっ。やったあ……♪」

 

 おぼつかない足取りだったが夏目のサポートもあり、なんとか左に伸ばしたミットで打球が掴み取られた。ヒットを打てず落ち込んでいた初瀬だったが、その光景を見て思わず微笑みが溢れる。

 

(試合で初めて捕れたフライって嬉しいですよね。私も、あの時の気持ちを忘れないように……)

 

 続く中野も打ち取られてしまうが、彼女を仕留めるのに9球も費やしたことに水原は少なからず焦りを覚えていた。

 

「いっ、泉田さん! よろしくお願いしますっす!」

 

「おう! 任せときな!」

 

(また左……。水原の決め球はカーブ。右投げのカーブは左バッターには当てられやすい……)

 

(我妻先輩みたいに膝下に精度よく決められたら。けどあれは言葉にするほど簡単なことじゃない)

 

 泉田に対しても追い込むところまではいった水原だったが、やむなく外のボールゾーンから入るカーブで勝負にいったところ、三遊間をライナーで抜かれてしまう。

 

「しゃあ! 続けよ月島!」

 

「ええ!」

 

(さらに左か……撤退してるな。次はしっかり仕留めない……と!?)

 

(これが私の一芸……!)

 

(しまった……!)

 

 続く月島にはどう打ち取るかと考えが先行してしまい、セーフティバントを決められてしまう。

 

(真っ向勝負だけが真剣勝負じゃない……そのことは野球部に入って学ばせてもらったわ)

 

(完全にやられた……。しかもまた左……)

 

 三度代打が送られ、坂上の代わりに天草が打席に入っていく。

 

(坂上に代打を送るのは真白の時のような綾がなければ考えづらい。逆に言えばピッチャーはその綾を意識せざるを得ない。正念場だな……)

 

(監督……分かってます。これは上級生チームが私に課してきた試練。乗り越えられないなら、共に戦うには時期尚早だったということ!)

 

 気合を入れて投げ込む水原。対して天草はボールの軌道をよく見つつ、早打ちには走らなかった。

 

(やはり、気付かれている。私のピッチングは僅かに芯を外して打ち取るスタイル……。スタミナを温存しつつ、テンポ良く攻撃に移れる。反面待たれると、どうにも決めきれないことを……)

 

(追い込んだ時に、空振りを取るためのカーブなんだけどな。それが使いづらいとなると……ここはとにかくコースを突いていくしかない?)

 

(……いや……中野先輩も当たりは良かった。球数を費やせば合わせ切られてしまう公算が大きい。なら、勝負にいこう)

 

(いろはがチェンジアップを打ったように、わたしも……)

 

 水原が投じたボールは……カーブ。これに天草はタイミングを合わせると、真ん中低めへと落ちていく軌道を捉え切った。

 

(白戸さん!)

 

 打球は右中間へと放物線を描いていた。振り向いた水原はややライト寄りの軌道を見て白戸へと希望を託す。

 

(ふ、深い……! 追いつけるか、どうか……)

 

(あの位置では抜ければ鵜沼さんも白戸さんも追いつくまでに大差はないわ……なら)

 

「思い切って飛び込みましょう!」

 

「……! 琴宮さん……。う、うんっ。やってみる……!」

 

 白戸は一か八かのダイビングキャッチに出た。彼女のユニフォームが土で汚れる中、ミットが上に掲げられる。

 

(いろはの放物線に比べるとまだまだかぁ……)

 

「……アウト! アウトー!」

 

「や、やった……! 私にも……出来た」

 

(実戦で、一つアウトを取る……。皆に比べたら小さな目標、かもしれない。けど、成し遂げられた……! 出来なかったことが少しずつ、出来るようになった。それが……すごく嬉しい!)

 

 打球は外野の頭を越えず、白戸が掴み取った。これにより水原は立ち上がりを辛うじて無失点で切り抜けて帰ってくる。

 

「膝下狙わなかったのか?」

 

「技術的に未熟と思いました。それに私のピッチングはあくまで打ち取るスタイル……。内外を意識しすぎず、低めギリギリを狙えば野手が届く高さに来るかと」

 

「いいんだよそれで。バックを信じるのもピッチャーの大切な仕事さ」

 

「はい!」

 

(そう……我妻の言う通りだ。今、水原は内外を度外視した。となれば天草のバッティングスタイルからすれば右中間方向にフライが飛ぶ可能性が高い。つまり、初心者の鵜沼と白戸を信じる必要があったんだ)

 

「あ、あの……ありがとう琴宮さん。おかげで私、野球のこと……好きに、なれたかも」

 

「ふふっ。どういたしまして。けれどコツコツと頑張ったのは、他でもない白戸さん自身ですよ」

 

「えへへ……」

 

「こんなめでたい日には祝賀会を開きましょう。爺やに連絡して一流シェフを呼んでもらって……」

 

「ええっ?」

 

「なんて、冗談です」

 

 無邪気に喜び合う声を聞きながら、監督は先頭打者として準備を進める水原の方を見つめる。

 

(水原は誰であれ敬意を払える選手なんだ。それはマウンドを背負う以上一番重要なこと……。確かめられてよかった。登板に合わせて草刈にレフトに移ってもらって正解だったな)

 

 上級生チームは月島がそのままセカンドに入り、天草の代わりに花山、泉田の代わりに近藤とバッテリーを入れ替えてきた。花山の変則的な投球フォームに連合軍チームは攻撃のリズムを作りきれず。対して上級生チームも水原を切り崩せず。両者共に打ち取るスタイルだったこともあり、落ち着いた試合展開のままテンポ良く最終回を迎えた。

 9回の表。初瀬の代打に送られた秋乃が内野安打で出塁すると、ヒットエンドランにより進塁し1アウトランナー二塁となった。そしてここで先ほど到着した選手が近藤の代打に送られる。

 

(ピッチングに明確な意思が込められている……話には聞いていたけど、一年生でこれほどとはね。けれど……!)

 

(初見のカーブについていかれた……!?)

 

 低めギリギリへと収まったカーブを下半身を沈み込ませながらも揺らがず捉えた打球はライト線を抜け、タイムリーツーベースとなった。

 

(進化した新田ちゃんの力、よく見とけよー!)

 

 さらに花山の代打に送られた新田が流し打ちでヒットを放ち、ランナーがホームへと還ってくる。

 

「おかえり……東雲さん!」

 

「……ただいま」

 

 そして有原と帰国したばかりの東雲のハイタッチが響き渡った。これにより上級生チームは2点のリードで9回の裏を迎える。東雲はそのままサードに、秋乃も同じくファーストに。新田がショートに入り、宇喜多が逢坂の守備固めに。そして有原と、朝比奈の代わりに入った椎名がバッテリーとしてグラウンドに立った。

 

「最終回ー! しまっていこー!」

 

「「おーっ!」」

 

(元気だねえ。一時期とは大違い。まさか翼があんな顔をするとはねえ……正直、嬉しかった。あたしが部に入ったのは、そんな翼の姿を一目見たかったからだもん)

 

 椎名のミットに有原のボールが伝わる。痺れる……真っ直ぐな気持ちを叩き付けられている感触だった。

 

(でもなぁ。思ったほどは嬉しくなかったな。きっと変わっちゃったんだろうな。翼と、共感したい気持ちが)

 

 再びミットに衝撃が伝わる。重たい……それでいて心地良さがあった。

 

(翼のせいだよ。翼のせいでそうなっちゃったんだ。責任……取ってよね)

 

 そして三度ミットが音を鳴らした。受け止めた手はじんわりと熱を持ったようだった。

 

「ストライク! バッターアウト! ゲームセット!」

 

 両チームが並び、試合終了を告げる礼が交差する。こうして紅白戦は5-3で上級生チームの勝利で終わった。

 

「ふぅ……惜しかったですね。あと少しでしたのに……」

 

「そのあと少しが遠かぁ……」

 

「うん。きっとそれが今の私たちと、先輩たちの差なんだと思う」

 

「なるほど……。そうかもしれませんね」

 

「だけどおかげで足りないものも分かった。私たちはもっと、強くなれる」

 

「……! ふふっ。実はね。あたしも同じこと思うとったんよ」

 

「條島さんもですか? 実はわたしも……。いつかは先輩たちのようになれる、なってみせると」

 

「そっか。……監督、この試合ってレギュラー決めだけが目的じゃなかったんですね」

 

「さあ……どうだろうな?」

 

 夏が迫り……三年生の引退も迫った六月の下旬。部の中で幾度となく繰り返されている紅白戦。しかし今日この一日の試合は、後輩の胸に強く遺ったのだった——。

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