筆が乗り過ぎて普段の四倍くらいの分量になってしまいました。許して
追記
メンテの時間等を考慮して普段より早い時間に更新しました。まさかこんな長引くとは思わんじゃん。
【電子の箱庭】の起動から早数日。私はまた特異現象捜査部の部室を訪れた。
"ヒマリ、準備はできた?"
「先生、お待ちしておりましたよ。ええ、準備は万全です」
ヒマリに部屋の奥の開けたスペースへと案内され、そこに置かれた椅子に座る。
"コードがたくさんあるね……。"
「ええ、大掛かりな設備ですから。では、これを頭に着けてください」
渡されたのは、頭に被るのにはちょうど良さそうな機械……キヴォトスでは『フルダイブ用ヘッドセット』という名で有名なモノだ。ただ、今手元にあるものは主に業務用で使われるようなタイプ……だと思う。私も実物を見るのは初めてだから断定はできないけど。
"ヒマリ、どこでこんなものを買ったの?"
「普通に通販で買いましたよ?高価なものでしたが」
"……ユウカに怒られなかった?"
「怒られました。とはいえ、説明をしたら納得してくれたので全く問題はありません」
帰りにユウカに胃薬でも渡した方がいいかな……なんてことを考えながらヘッドセットを被る。
「大きさは問題なさそうですね。着け心地はいかがですか?」
"大丈夫だよ。それじゃ始めようか。"
「それでは始めましょうか。私は外部から先生の観察をしておりますので、ぜひ戻ってきたら感想をお聞かせくださいね?」
"それは少し恥ずかしいけど……それじゃ、また後でね。"
「はい、いってらっしゃい」
【電子の箱庭】の中がどんな風になっているのか心を躍らせながら、私の意識は現実の肉体から離れていった。
「……もしもし?聞こえてますか?もしもーし?」
"……ん?んぅ……ここは?"
「ここは私たちの学校の倉庫です。どう考えても不法侵入者なので連行しようかと思ったんですが、流石に起こしてからの方がいいかな……と思ったので起こしました」
目の前にいるのはユウカだ。ということは、ここはミレニアム……?
"ユウカ、今日は何月何日?"
「11月4日です。……って、どうして私の名前を知ってるんですか!?」
"あはは……他のところで知り合いというか、何というか……"
「意味分からないこと言ってないで付いてきてください!怪しい大人だということは十分伝わってきましたから。全く、どうしてこんな面倒事ばっかり……」
唐突にユウカに何処かへ連行されているが、ダイブそのものには成功したようだ。今回ダイブしたのは私がキヴォトスに来る日の三ヵ月前。ダイブすれば実際に連邦生徒会長に会って話を聞くことができるかもしれない……という事だったのだが、そう上手くはいかないようだ。
「……それで、どうしてあの場所にいたんですか?」
"えーと……。"
ここはセミナーの部室……ではなく、ミレニアム内の何処かの空き教室。人目に触れたら色々と変な妄想を掻き立てられそうな場所だが、幸いなことに周りには誰もいないようだ。
「……はあ、どうしても言わないというのなら、こちらにも考えがあります。例えば────」
『あーあー。マイクテスト、マイクテスト。聞こえますかー?』
「なっ、誰!?どこから!?」
突然聞こえてきた声は私の頭の辺りから聞こえてきた気がするが……ともかく、【外】にいるヒマリの声だろう。
"聞こえてるよ。こっちの声も聞こえる?"
『聞こえておりますよ、先生。ただ観察しているだけなのもつまらないですし、そもそも先生だけでは対処できない問題もありますからね』
「……その声は、ヒマリ先輩?どこにいるんです?」
『説明が難しいですねぇ……ともかく、その人は不審者ではないので取り調べの必要はないですよ。怪しい人じゃありません』
「……腹話術、とかではなさそうね。ひとまず、ヒマリ先輩がそう言うなら信じます。で・す・が!そのヒマリ先輩自身はどこにいるんですか!?」
私には……おそらくユウカにもヒマリの声はすぐそこにいるかのように聞こえている。こちらの音もそのまま向こうに届いているようだ。もしかすると、私の口や耳をスピーカーやマイクとして使っているのかもしれない。
『ああ……えっと、私は部室にいますよ。ええ。』
「ヴェリタスが使ってる部屋は部室じゃないです!……はぁ、ひとまずそちらに向かいますから、詳しい話はそこで聞かせてもらいます」
『あー……えっとー……』
「何か都合の悪いことでも?」
『…………ない、ですよ?』
当然、都合が悪いに決まってる。
「なら、行きましょうか」
"笑顔が怖いよ……。"
「気のせいです」
恐ろしいほど笑顔なユウカに連れられ、今度はこちらのヒマリに会うこととなった。
「ヒマリ部長はいますか?」
「ええ、どうかしましたか?……隣の方は?」
「……やっぱり知り合いじゃなかったのね。おかしいと思ったのよ」
"えっと……ヒマリに呼ばれて来たんだけど……"
ヒマリに全力で目配せをして話を合わせてくれアピールをしてみる。向こうも訳が分からないだろうが、ヒマリになら伝わるかもしれないという一縷の望みに掛けたがどうなるか……。
「あー……、実際に会うのは初めて……ですよね?」
"……そうそう!いやー、初めまして!"
「……本当に知り合いだったなんて。なら、あとはヒマリ先輩に預けますね」
ユウカは腑に落ちない様子だったが、ヒマリが乗ってくれたおかげでなんとかこの場は乗り切ることはできた。しかし、当然ヒマリはヒマリで何も分かっていないわけだけど。
「どうしましょう、つい面白そうだったから話を合わせてしまいましたが……どちら様ですか?」
"未来の知り合い……って言ったら信じてくれる?"
「未来の知り合い……そう来ましたか。ひとまず、場所を移しましょうか。ここだと他の子達に聞かれてしまうかもしれませんからね」
"ありがとう、助かるよ。"
こちらの事情も知らないのに、ヒマリはこちらのことを信じてくれているみたいだ。やはり、シミュレーション内の存在だとしてもヒマリはヒマリだということを実感した。
『……というわけなのです』
「なるほど、そういうことでしたか。流石私ですね」
『そうでしょう?』
周りに人がいないことを確認すると、【外】のヒマリがこちらのヒマリに説明を始めた。こちらのヒマリは最初こそ驚いていたもの、【外】のヒマリの言っていることを理解し、納得もしてくれていた。
「ただ、ここがシミュレートされた世界ですか。俄かには信じがたいですが、事実……なんですよね」
『はい。私も自分の世界がシミュレートされた世界だと言われたら驚きますよ。難しいですよね、こういった問題は』
「そうですね。それで、先生は連邦生徒会長に会いに来たんでしたっけ?」
"もし会えるなら、会って話もしておきたいけど……。"
『こちら側からは何も干渉できませんので、どうか先生をよろしくお願いします』
「と言われましても、私は連邦生徒会長と特に繋がりがあるわけではありませんし……」
何か人影が見えた気がしたので目を凝らしてよく見てみると……そこには連邦生徒会長と思わしき人物の姿があった。
「……先生?どうかいたしましたか?」
"あれ、連邦生徒会長じゃない?"
「え?誰もいないですよ?」
ヒマリは確かに私と同じ方向、同じ場所に目を向けていた。しかし、見えていないようだ。依然、私の眼はその姿を捉えているというのに。
"……見えない?"
「はい。私だけが見えるならまだ分かりますが、先生だけが見えるとなると……」
『勿論と言いますか、私の方からも観測できません。……特異現象ですね、これは』
「ええ、そうですね。大抵、そのパターンは先生に何か話があるということだと思うので……話しかけてみてはいかがですか?」
"そう、だね……。"
目の前にいる、私にしか見えてない連邦生徒会長に近付く。ようやく会えた。電子の存在とはいえ、私からすると初対面で……感動すらしてくる。
"君が、連邦生徒会長?"
「お待ちしておりました、先生。お久しぶり……いえ、初めましてですかね?」
容姿はアロナをそのまま成長させたような姿。声もアロナとほぼ同じだ。ある意味で予想通り、そして想定外の存在。それが私にとっての連邦生徒会長だった。
「ただ、ここにいる私は指向性を持っただけのデータなので。色々と残念でしたね、先生」
"それって、どういう……?"
「つーまーりー、他のシミュレートされた生徒とかとすら違う、先生のいた世界の連邦生徒会長が遺したデータだって言ってるんです。ボイスメッセージとかって言えば伝わりますか?」
"……でも、なんでそんなものがここに?"
「仕込んでおいたんですよ、クラフトチェンバーに。もし、キヴォトスの真実を知るとなれば、先生はクラフトチェンバーでキヴォトスのミュレーター、又はそれに準ずるものを作るでしょう。だから、先にソフトを作って隠しデータとして保存しておいたんです、おまけの情報付きで」
それはつまり、今までの私たちの行動は全て連邦生徒会長の掌の上だったということになる。全ては計算の内で、失踪する前にここまでの準備をしていた、と……?
"流石にそれはおかしいよ。そこまでできるなら、もっと他にやりようが────"
「そうですね、あったかもしれません。でも、私は回りくどい、宝探しみたいなやり方が楽しいと思ったんです。無価値で無意味かもしれないけど、楽しいでしょう?そういうものは」
"……確かに、そうかもしれないけど"
「あーあとついでに言っておきますけど、あくまで先生のイメージに合わせて
"う、うん……。"
よく分からない。イメージ通りのよく分からない子だ。でも、一つ確信できた。……やっぱり、彼女の事は知っている気がする。
「さて、話も一段落したので本題に入ります。この私は、先生がシミュレーターの内部にダイブして入ってきていて、かつ先生と会話が試みることができそうな環境の時に現れます。なので、一部話が噛み合わない部分があるかもしれませんがご了承ください」
"うん、それじゃよろしく。"
「では、まず一つ目。キヴォトスの謎を解き明かすのは大変だと思います。なので、事前に私が調べたある程度の情報を差し上げます。とはいえ、状況に合わせてヒントを差し上げる程度ですのであまり期待はしないでくださいね」
"どうしてそんな微妙なことを……。"
「情報漏洩対策……ということにしておきましょう。あと、情報は自身で集めた方が正確に感じるでしょうからね」
"それはそうかも。"
逆にそういうものが認知バイアスを生む……というのをつい最近、本で読んだ気がする。彼女的には好意なのかもしれないが、全ての情報をまとめてくれるわけではない以上、逆に嫌がらせにも感じる。
「二つ目。このシミュレート内にもシッテムの箱は持ち込めます。最初からそういうシステム構造にしておいたので」
"そうだったの!?"
寝耳に水だ。正直、銃弾一発でも当たると瀕死になる身で歩き回るのは怖かった。生身の肉体ではないとはいえ、ダイブ中にもし死んでしまったらどうなるか分からない。ヒマリは「念の為に厳重にダイブ者の保護設定を施しているので万が一すらないと思います」とは言われたものの、それでも心配にはなる。
「どちらも私が手を加えていますからね、当然です。それで三つ目ですが、先程も言った通り、私がソフトを作ったんです。それを、クラフトチェンバー内に隠しておきました。もし、キヴォトスのミュレーター、又はそれに準ずるものを作ろうとした時でも、おそらくソフト面は完成させられないはずです。なので、作る時が来たら自動的にソフトの差し替えを行うようにしておいたというわけですね」
"そんな事を……。"
改めて聞いても、とんでもなく回りくどいやり方だと思う。それなら、最初からシャーレにそのまま置いておいてくれれば良かったのに、と文句の一つも言いたくなるところだ。
「最初から現物を用意しておかなかった理由はいくつかありますが、一番大きな理由は『必要でなければ使わない方がいいから』ですね」
"『必要でなければ使わない方がいい』……?"
「はい、必要でない情報まで得たら先生は余計に悩むでしょう。それに、キヴォトスの謎を解き明かすということは、キヴォトスに埋葬された多くの闇に触れるということ。知らなくてもいいことを知るという事です。だから、その覚悟がなければ使う資格すらない……というのが私の考えです。だけど、先生は作る事を決意し、自らその選択を選んだ。それなら手助けするしかない、って事ですね」
"正直よく分からないけど……ありがとう、助かったよ。"
「はい、どういたしまして。……あ!時間ですね、それじゃあまたどこかで会いましょう。次は私たちの世界で直接会えるといいですね、先生」
そう彼女は言い残し、まるで最初からそこにはいなかったかのように消えた。しばらく彼女から聞いたことについて考えていたが、ヒマリの声が聞こえ我に帰る。
『……会話は終わったようですね。念の為、こちらでも今の会話は録音しておきました。後で聞き直す事はできるので、一旦帰ってきてもらえると助かります』
"了解。ヒマリの方こそお疲れ様。"
『いえ、このくらいは当然です』
"こっちのヒマリもお疲れ様。"
「お疲れ様です。どんな会話を……いえ、そこから先の事情には入らない方がよろしいですか?」
『まあ……そうかもしれませんね。それに、どちらにせよこの世界は……』
ヒマリは言葉を濁す。この世界は私たちの
「……そうですね、では少しだけ忠告を。私たちに肩入れしすぎて自らの世界のことまで疎かにしてしまってはダメです。しかし、私たちにも命がある事は忘れて欲しくはない。もし貴方達が無意味にシミュレートを繰り返し、私たちの意思や命の重みを軽んじた場合……おそらく、その致命的なズレが何処かで毒となるでしょう」
『……肝に銘じておきます』
"そうだね。例え電子の上の命だとしても……消える命だとしても、生徒は生徒だよ。"
「流石に重く言い過ぎたかもしれないとは思いますが、今言ったことをお忘れなく。それでは……お元気で」
こちらのヒマリは肩に重く伸し掛るような言葉を残し、自らの部室へと戻っていく。その後ろ姿は少し寂しげにも見えた。
『あんな話を聞いた直後で申し訳ないですが、それはそれ。準備ができましたので先生を現実へ帰還させます』
"うん、それじゃよろしく。"
確かに私もあんな話をされた直後じゃあまり気乗りはしない。ただ、いずれは私たちが向き合わなきゃいけない問題だった。それが少し早まったかもしれないというだけだ。それに、あのヒマリはこの世界がこれから消えるかもしれないことを理解した上であんな事を言って────
「……お疲れ様でした」
"うん、お疲れ様。"
現実へ戻ってきたせいもあって体のだるさが酷いが、それ以上に先程の向こうのヒマリの話が脳裏にこびりついて離れない。おそらく、ヒマリも同じなんだろう。その後の私たち二人の間には、長い沈黙が続いた。そして、その日は結局何の話し合いもせず、ただただ時間が過ぎて行くのを感じるままで終わった。
正直なところ、『シミュレートされた生命と現実の生命は等価なのか?』みたいな命題は出すかどうかはかなり迷ったのですが、なんだかんだ触れたい内容なので触れました。ただ本筋から逸れるので今後はおそらくメインで触れられることは殆どありません。悲しいね
ともかく、やや微妙なところですがプロローグは終了です。次回は一章の続きか幕間のどちらが投稿されるかは分かりませんが、今後もよろしくお願いします。