光秀血風録   作:猫祭雉虎

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以前、投降した小説ですが、一話が長すぎるというご意見をいただき、分割して、投稿し直します。


序――邂逅

 

 ――序

 

 帰蝶の従兄弟だというその男と初めて会ったとき、信長は、そのなまっ白く、するんとした顔つきを見て、なんとなく、陰陽寮の役人のようだと感じた。いささか過剰なまでに畏まったような態度にしても、武士というよりは、学者という方がしっくりくるような感じがした。そして、無口であった。

 ――つまらぬ男だ。

 そいつ――明智十兵衛光秀と名乗った――の方をちらちら見ながら、信長は内心そう思った。むしろ、こんな男とも、これからは親戚づきあいしなくてはならぬのか、と少し憂鬱な気分さえしていた。しかし、酒席で話しかけてみると、光秀は意外とよくしゃべり、冗談好きで面白かった。また、知識も豊富で、特に、鉄砲の話をしたときに思いがけず食いついてきたのには驚かされた。これからの戦は鉄砲が主戦力となるだろう、そのためには、普通の足軽どもでも皆、鉄砲が使えるように教育を徹底することが肝要だと説き、鉄砲は一度撃つと、次また撃てるまで暇がかかる、その合間をいかに埋めるかに、鉄砲隊の成否がかかっている、しかし、それをうまく使いこなせたときには、鉄砲隊こそ戦の華ともいうべき戦力になるであろうと、自分の考えていたことを、自分より先に熱弁を振るう姿に驚かされ、感心もした。そして、ちょっと悔しかった。その折は、光秀と大いに鉄砲談義で盛り上がり、旨い酒を呑めた。掛け値なしに楽しかった。

 信長は、今でいう新しもの好きであった。よく言えば、進取の気性に富んでいた。鉄砲というものを初めて自分で触り、撃ってみたときに、震えるような衝撃を感じたのだが、父や弟たちは、それをいくら説明しても、なかなか分かってくれなかった。諸国の大名が鉄砲を取り寄せて、その研究に励んでいるという頃になってようやく、織田家でも鉄砲を取り入れようかという動きが出てきている。自分はいち早く、鉄砲の重要性に気がついていたのに、と歯がゆくてならなかった。

 爾来、信長は、どこに誰といても、いつも孤独であった。否、それよりも前から、周りと考えが合わず、孤独感に苛まれることがあった。ただ、生来の負けず嫌いからか、自分が周りから浮いた存在であると認めるのは我慢がならなかった。それゆえか、光秀と知り合ってからは、何かにことつけて、彼と会いたがった。時代を見る目、という点において、自分と同じところまで至っている人間は他にはいないと感じていた。それを、美濃の明智荘などという田舎にいて、やってのけている明智十兵衛光秀という人間が一種恐ろしくもあったが、興味が尽きなかった。

 一方の光秀も、信長との会話が大いに刺激になり、楽しみでもあった。当時仕えていた斎藤利政(後の道三)も、鉄砲には興味を示したが、算盤に合わぬ、などと言い、本格的な鉄砲隊を揃えるには至らずにいた。

 二人は、ともに進取の気性に富み、周囲の方が、自分たちの思い描くところに追いついてこないことに、少なからず苛立ちを感じてもおり、一種独特の寂寥を味わっている同志でもあったのやもしれない。

 それでも、信長にとって解せないことが度々あった。

 或る日、二人で庭を散策していると、いきなり、光秀が刀を抜いて、信長の頭上を払った。信長には抜く手も見えない早技であった。

髷を切られたのかと触ってみたが、手をやると、ちゃんと髷はそこにあった。光秀はニヤリとして、刀身を見せた。そこには、べちゃりと鳥の糞が着いていた。

 「危ないところでござったな」

 光秀は面白そうに、そう言った。が、信長にしてみれば、肝の冷える体験であったことには違いない。

 「お、おぬし、一つ間違えば、儂の頸がすっ飛ぶところじゃったではないか!」

 しかし、光秀は涼しい顔で言ってのけた。

 「何、これくらいのことが朝飯前にできなければ、鬼の頸は斬れませぬよ」

――鬼の頸?確かに十兵衛はそう言った。しかし、鬼の頸とは、何なのか――。

 問いたかったが、言葉が出なかった。

 そのとき、光秀が信長に見せた刀身の澄み渡るように薄青く冴え冴えとした色だけが印象に強く残った。

 その夜、その話を妻にしたところ、帰蝶はくすくす笑って言った。

 「そういえば、十兵衛は夜になると、こっそりとどこかに出ていくことがある、と育ての親でもある光安さまが申しておりました。あれはきっと、鬼狩りでもしていたのでしょうな」

 その帰蝶も、実のところ、まさか本当に光秀が鬼狩りをしていたとは知らなかったのである。

 

 




二次創作としてのマナーは守るようにしたつもりですが、問題があれば指摘していただけると助かります。
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