光秀血風録   作:猫祭雉虎

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参 鉄砲(其の肆)

 

 光秀は、ゴクリとつばを飲み込んだ。将軍様は何か、自分が知らないことを知っておられるやも知れぬ。ここで聞かねば後悔する。そのためならば、隠し事をするのは得策ではない。

 「実は、そのとおりでございます。父が水の呼吸の開祖であったのですが、早くに亡くなり、直接、教えを乞うことはできませんでした。それで、叔父に学びました」

 「ほう、大したものだ。儂は、将軍も一人の武士である以上、自ら剣の一つも振るえぬようでは話にならないと思い、塚原卜伝殿に教えを乞うた」

 えっ!光秀は目を見開いた。――あの塚原卜伝!光秀が修めた鹿島新當流の祖である剣豪である。光秀自身は、会ったこともないのだが、体中が震えるような感動を覚えた。将軍様はおん自ら、あの塚原卜伝様に、剣の手ほどきを受けられたというのか!

 「剣については、いささか自信があったのだが、それでも、鬼が相手では、傷一つつけることさえかなわなんだ」

 「鬼と戦ったことがおありなのですか」

 「うむ。鬼など、おとぎ話の中の存在だと思っていたから、本当に面食らった。儂は刀を振るい、立ち向かったが、敵は強かった。刀も槍も持たずとも、凄まじい力で殴りつけてきて、儂は防戦一方になった。それでも、なんとか片腕を斬り飛ばした。よし、と思ったが、すぐにまた斬られた腕が生えてくるではないか。こんなもの、どうやっても勝てぬと悟り、儂は逃げようとしたのだ。しかし、鬼は追ってくる」

 そう言って、将軍はその時のことを思い出したのか、少し体を震わせた。

 「しかし、あわやというところで駆けつけた継国縁壱殿によって、儂は救われた。儂はその場で、彼に教えを乞うた。それからしばらく、儂は日の呼吸を教わったのだが、修めるには至らなかった。日の呼吸については、継国縁壱その人を除けば、修められたという話は聞かない。それができなかったため、他の呼吸を学んだ者は何人かいたという。されど、儂は全集中の呼吸を修めることはあきらめた」

 そう言って、将軍は深いため息をついた。光秀はかける言葉が見つからない。しかし、ふと真顔になって、

 「将軍様。将軍様は先ほど、私の刀を見て、公家衆とは争いたくないと仰せでした」

 「そうだったかな」

 「はい。確かに、この耳でしかと聞きました。それで、ご無礼ながらお尋ねいたします。公家衆と争うことになるというのは、鬼殺隊で御館様と呼ばれている、産屋敷家のことをおっしゃったのでしょうか?」

 義輝も真顔になった。

 「実は、儂はその御館様に会ったことがあるのだ。なんでも、鬼は藤の花を嫌うということで、とある山の中、満開の藤の花の下で落ち合った。御館様は、奥方様に手を引かれて、やってこられた。顔の上の方に蚯蚓腫れのようなものができて、見るからにお気の毒なお姿であった」

 「その方は、こう仰せであった。産屋敷の家系から最初の鬼である鬼舞辻無惨が生まれ出た。代々、産屋敷家の男子は病弱で短命であるが、それは家系から鬼を出したことに対する呪いである。鬼を倒すことに心血を注ぐことで、寿命も延び、鬼を滅ぼした日には、その呪いも解けるであろうと、神主様に言われた、と。それに、鬼を滅することは、世の中すべての人を救うことにもつながる、と」

 「さらに、こうも言われた。日輪刀という特殊な刀は古くから知られていた。源頼光や渡辺綱といった剛の者が、日輪刀を用いて鬼を倒したことがあったが、日輪刀さえ使えば誰でも鬼を倒せるわけでもない。彼らのような特殊なまでの剛力を持ち、剣技を極めた者だけが、鬼に対抗し得ると思われていた。しかし、継国縁壱なる者が全集中の呼吸を編み出し、それを教えることで、鬼と対等に戦える者が増えてきた。ついては、より多くの武士に呼吸の技を教え、鬼殺隊を強化したいと考えているというのだ。儂には、武士の頭領たる征夷大将軍として、信頼できる武士を紹介してほしい、と」

 「儂は答えた。世の武家たちは、決して一枚岩ではない。事実、将軍と言うのも名ばかりで、管領家一つ、まとめることができず、内紛がおきれば、その都度、近江まで逃げ出してブルブル震えておる有様じゃ、と。だから、我が目に叶う者がおれば紹介するのにやぶさかではないが、あまり期待されると困ります、とな」

 将軍、義輝は深いため息をついた。光秀は切り出した。

 「私が、御館様にお目通りすることは叶いませんでしょうか?」

 「ソレハナラヌ!」

 答えたのは、鴉であった。

 「必要ガアレバ、御館様ノ方カラ知ラセガアル。御館様ノ居所ハ決シテ、鬼舞辻ニ知ラレテハナラヌ」

 「賢い鴉さんだね」

 将軍は面白そうに言った。鴉がしゃべることには、特に何も触れなかった。

 「時に、明智十兵衛殿。そなた、斎藤利政から、何か探るように言われて来たのではないのか?」

 光秀は答えに窮した。まさか、将軍家が鉄砲をたくさん集めているのはなぜですか?などとは、面と向かって訊くことはできない。

 「ふふ。そなたは分かりやすいのぅ。考えていることが、まともに顔に出ておるぞ。大方、将軍家が最近、鉄砲を買い集めている理由を探ってまいれ、とでも言われたのであろう。美濃の蝮の言いそうなことじゃ」

 光秀も、腹を括らざるを得なくなった。

 「然様でございます。しかして、何故なのでございますか?」

 義輝は片頬だけで嗤った。

 「将軍の首をすげ替えたがっている者がおる。儂を亡き者とし、自分たちの意のままに操れる者を将軍に据えようという者たちじゃ。それ自体は今に始まったことではないが、はいそうですかと従うのも業腹だ。彼らが鉄砲を集めていることを知ったので、それに立ち向かうため、こちらも鉄砲隊を組織しようというわけじゃ。まあ、利政としては、鉄砲のことが気になって仕方ないであろうな。長年、美濃と争いおうておる尾張の動きがな。尾張には、よい港がある。魚が捕れる、それだけではない。他の国から珍しい物がいろいろと手に入る。鉄砲や鉄砲玉の原料となる鉛などの金属も、港を通して入ってくる。ただ、肝心の当主、織田信秀は、その重要性に気づいていないようじゃ。織田家では、長男の三郎信長という者が、鉄砲を導入しようと動いているらしい。信長はうつけ者と呼ばれているらしいが、本当に恐ろしいのは、そういう男だと、儂は思うている」

 その後は、埒もない雑談をいくらか交わして、光秀は辞去した。義輝によれば、ご奉公衆のうちで、鬼や鬼狩りのことを少しなりと知っているのは、細川藤孝と三淵藤英くらいであり、その二人は将軍自身がもっとも信頼を置いているので、何かで自分を頼りたいときは、そのどちらかを通すとよいとのことであった。

 別れ際、義輝将軍は、縁があればまたあおうぞ、と言った。名残惜しそうにも見えたが、光秀には急ぎの用がある。丁寧に頭を下げ、別れの口上を言って、屋敷を後にした。それが終の別れとなるとは思ってもいなかった。

 光秀は、鴉とともに、当初の予定どおり、国友村に向かった。途中の山の中で、日が暮れ始めた。やれやれ、将軍家で時間を取り過ぎたか。しかし、有益な話をいくつも聞くことができた。また、自分自身、将軍様から少しでも信頼を得られたように思う。

 

 

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