光秀血風録   作:猫祭雉虎

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肆 邂逅 其の壱

 光秀は元来、戦が好きではない。父が鬼に殺されるという悲劇がなければ、積極的に剣術を修めようとも思わなかった。それよりは、世の中の不思議を解き明かしたい、という気持ちが強かった。だが不思議なもので、剣の道を究めんとし、鬼狩りになってから、怪我人を手当てする機会が増え、自然と、医学にも詳しくなっていった。それは、人を救いたい、人の役に立ちたいと願う、光秀の生まれながらの心性に近いものでもある。光秀はなんとなく、人はどのような道を歩もうとも、最後には、自分の行くべきところに行きつくように生まれてきたのではないかと思うようになっていた。

 それだけに、叔父、光安の口から、どうやら美濃と尾張が和睦することになりそうだと聞いたときは驚きと喜びに打ち震えた。しかし、叔父も光秀同様、戦嫌いであるのに、その表情は冴えない。

 「織田家の方から、和睦の条件として、帰蝶様を長男、信長の嫁にくれと言ってきたというのだ」

 光安はそう言って、ため息をついた。光秀はうなった。織田信長といえば、最近、都におわす将軍様からその名を聞いたばかりである。うつけ者と呼ばれているが、本当に恐ろしいのはそういう男、義輝による人物評はそうであった。

 (いったい、どんな奴なのだ?)

 一度、会ってみたい。光秀はそう思った。

 「しかし、帰蝶様はあまり乗り気ではないみたいじゃ。それもそうじゃろうて。あの方は、最近、夫であった土岐頼純様を、お父上の手で殺されたばかりじゃ」

 ふぅ、と光安は大きな息をついた。優しい叔父のことだから、帰蝶に同情しているのだろうな、と光秀は思った。しかし、尾張との同盟がうまくいけば、美濃にはない港が手に入る。鉄砲が手に入る。もし、十分な数の鉄砲を手に入れ、本格的な鉄砲隊を組織できれば、おいそれと手を出されることのない国作りができる。明智荘は尾張との国境の近くにあり、戦の度に、前線を任されてきた。その度、相応の犠牲も出る。それが、尾張と同盟を結べば、無駄な戦をしなくても済む。死者や怪我人が減り、田畑からの収穫も増えるだろう。一見、いいことずくめに思える。

 とはいえ、尾張とは、長年にわたり反目しあっている。此度の協議には、何か裏があるやもしれぬ。何か、やむにやまれぬ事情があるのではないか。光秀は、叔父にそう話してみた。 光安は少し考えて、もし織田が窮地に陥っているのであれば、これまでのことは水に流して、助けてやるのも……やむを得ないかもしれぬな、と呟いた。ああ、どこまでも優しい人だ、この人は……。そう感じて、光秀は少し淋しい笑みを浮かべた。優しくあれ、まっすぐであれ、公平であれ、そんなことを、父もよく言っていた。自分も、そうあるべきだと思っている。だが、この戦国の世の中、曲げねば折れることもある。諸国の成り行きを見ていると、どうにも割り切れぬ思いがする。尾張の足下を見て、有利に交渉を進めることもできるのではないか、と光秀は言いたかったのだが、それは言わずにおいた。

 結局、帰蝶は信長の妻となった。ならざるを得なかった。家臣の中には、それを快く思わない者も少なからずいたが、それはそれである。利政はどうしても、港のある国と同盟を結びたかったのだ。

 その祝宴の席で、初めて信長に会った。色黒で、卵形の顔をした男だった。よほど機嫌がよいのか、誰彼かまわず捕まえては、よく喋っていた。ずいぶんと賑やかな男だな、と思いながら、こっそりじっくり観察していると、帰蝶の方は面白くなさそうにしている。そういえば、子どもの頃から男勝りのおてんば娘だった。よく苛められたものだったな、信長様も大変だろう、と片頬で嗤ったところに、その信長から声をかけられて、思わず口の中のものを吹き出しそうになった。

 赤ら顔の信長が、お前は鉄砲を知っているか、と問うてきたので、多少のことは、と答えると、細々した知識をひけらかしたりしてくるので、光秀もだんだん意地になってきた。つい、普段から胸の内に秘めていた、鉄砲に対する考えを滔々と語ってしまっていた。信長はそれを面白そうに聞いていた。そうじゃ、そうじゃと上機嫌である。そのうち、大規模な鉄砲隊を組織できれば、それを二つか三つの班に分け、一班が射撃をする間に二班が準備をしておき、打ち終わったら交代し、先に撃った班が次の攻撃の準備をする、というようにして、切れ目なく攻撃できるようにしたい、などと途方もないことを言い出した。

 なるほど、面白いやつだ、と光秀は思った。途方もないことのようであるが、もし実現すれば、戦で凄まじい働きを見せるであろう、と思った。気がつけば、二人はすっかり意気投合していた。

 それからというもの、信長は、やれ鷹狩りに行かぬか、釣りにつきあわないか、とことある毎に光秀を呼び出すようになった。ある日などは、悄然としてやってきて、おい、今日は早めに帰るぞ、などと言うので、どうしたのか尋ねたら、帰蝶のやつめが、十兵衛、十兵衛と、そんなに十兵衛がよいのなら、私とではなく、十兵衛と結婚なさったらよかったのです、とお冠なのだと真顔で言うものだから、光秀は爆笑してしまった。信長は情けない顔で、おい十兵衛、そんなに笑うな、お主は、帰蝶の怖さを知らないのだ、と言う。光秀は息が苦しくなるほど笑いながら、いやいや、よく知っております、子どもの頃は、私もよく苛められたものでした、と返した。結局、女は怖いということで、二人の意見は一致した。信長は何度も、すまんな、かたじけない、と言いながら帰っていった。

 しかし、光秀は内心、それは帰蝶様だからじゃ、と思い、にやけていた。そう、光秀には、密かに心に決めている思い人があった。

 土岐氏の傍流である明智氏のさらに傍流にあたる妻木勘解由左衛門範煕の長女にあたる煕子という女性であった。

 

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