光秀血風録   作:猫祭雉虎

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肆 邂逅 其の参

 妻木の里にたどり着いたが、鬼に襲われたにしては、妙に静かである。しかし、不穏である。何かがヤバい。目を閉じて、耳を澄ませてみた。鬼の声も人の声も、何らかの生活音もしない。真夜中とはいえ、奇妙である。ふと、光秀の耳が、かすかな葉ずれの音をとらえた。風はない。音がしたあたりに、じっと目を凝らすが、何も見えない。光秀はそっと間合いを詰め、居合の一閃を見舞った。

 ギャッと声がして、何もない空間から、血が吹き出した。

 「ほぅ、姿を消せる鬼か」

 光秀がつぶやく間にも、傷は閉じつつある。すかさず、二度、三度と刃を振るう。その度に新しい傷が現れ、鮮血を吹き上げる。鬼はたまらず、ついに姿を現した。こちらを見る目が怯えているようだ。

 「この里を襲っている鬼は三体いると聞いている。後の二体はどこだ?」

 問いかけたが、鬼は何も答えない。また、肌の色が透け始めている。光秀は、さらに刀を振るった。その刀を、地面の下から急に伸び上がった腕が捉えた。

 ――むっ!

 腕は刀身を掴んだまま、金剛石のように硬くなった。どちらにも動かせず、引き抜くこともできない。水の呼吸の技を使おうにも、刀が固定されてしまっては、どうにもならない。光秀は、片足を硬くなった腕にかけて踏ん張り、鬼の指の間から刀を引き抜こうとする。そのとき、腕を振るう風音が聞こえた。首をすくめると、鬼の爪がかすめた髪が宙に舞った。見えない鬼の襲撃である。

 ――まずいな。

 光秀は一度、日輪刀から手を離し、透明鬼のいるあたりに、鉄拳を振るった。

 ――グゥ!

 声にもならぬ声が響き、手応えのあったあたりから、一筋、血が流れた。地下から伸びた腕は刀を握ったまま、下がっていった。そのとき、光秀の耳が、背後から来る風の音をとらえた。光秀は高く跳び上がった。

 跳んだ光秀の足下を体を横にして滑り込みながら、左馬助が腕を斬った。斬られた腕は灰になる。光秀は降りると同時に刀を掴み、左馬助と背を合わせた。

 「遅れてすみませぬ」

 「よい。二人とも昼間の騒ぎで疲れて、すっかり眠り込んでしまっていたからな。今の腕の持ち主と、もう一体、透明になる鬼がいる」

 「鬼は三体いると、鴉が申しておりました」

 「もう一体には、まだ遭遇しておらぬ」

 小声で話しながら、二人とも、五感すべてに集中して、鬼の居所を探る。

 「逃げ出したのでしょうか?」

 そんなことはあるまい――と左馬助の問いに答えようとして、光秀は先ほどから感じていた違和感の正体に気づいた。

 「この騒ぎに、里の者が誰も出てこない」

 「確かに、夜中とはいえ、妙ですね」

 二人は手近な民家に行き、戸を叩いてみた。――返事はない。

 失礼つかまつる、と叫んで、戸を開ける。

 そこには、親子と思われる四人がいた…いや、四人の肉体があった。部屋の角に四人が固まっている。二人の幼子を母親がかばっている。その前で、父親らしき男が棒を振りかぶっている。――妙なのは、そのまま、ピクリとも動かないことであった。

 「固(かと)うなっておりまする」

 光秀も触ってみたが、着物の生地まで、陶器のように固くなっている。

 二人は顔を見合わせた。先ほど交戦した鬼二体のどちらか、あるいは三体目の鬼の能力であろうか。

 「おそらく、どの家も同じようなことになっているのだろう」

 光秀は、言葉を絞り出した。煕子のことが気になってならない。あの優しげな笑顔も恐怖に凍りついたまま、固まってしまったのだろうか。胸が痛む。俺は、命よりも大切なものを守れなかったのか――。

 「しかし、妙ですな」

 左馬助が口を開いた。

 「鬼は、喰うために人を襲うのではなかったのですか?鬼どもがやったとすれば、なぜ喰わなかったのでしょう」

 言われてみれば、そのとおりだ。光秀は、もの問う眼で鴉を見た。

 「何故カハ分カラヌ。コンナノハ、儂モ初メテ見タ」

 そして、お前は知っているかと言いたげに、左馬助付きの鴉を見た。

 「儂モ初メテジャ。ナレド、コウナルト、考エラレルノハ一ツ。騒ギヲ起コシテ、鬼狩リヲオビキ寄セル」

 全員が、その言葉にハッとした。向こうも、こちらを攻撃しにかかってきているということか。鬼どもの所業に対し、人間も呼吸の技を持つ剣士を増やし、鬼狩りとして組織的に働かせようとし始めている。それに対抗するため、鬼狩りを狙い撃ちにしようということか。

 

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