すぅ…と音も立てず、入口の戸が開いた。
何かが飛びかかってきた。二人とも、それを躱したが、父親だったらしき男の体が少し動いた。
「おい、鬼狩りども!ちょっとでも動いたら、こいつの首を折っちまうぜ!固くなってしまっているから、俺が捻ればポキリと折れちまうぜ!」
光秀と左馬助は刀の柄に手をかけたまま、油断なくそいつを見ている。目に見えなくても、そいつが舌なめずりをしたのが分かった。緊迫した状況だが、鬼の言葉からすれば、固められてしまった人は、動けなくなっても、まだ命はあるということだ。光秀はそこにわずかな救いを見いだした。煕子殿を救えるかもしれない。
「まずはその物騒な物を鞘に収めて、床に置いてもらおうか」
それの言葉に腹を立てながらも、従うほかはなかった。二人は小さくため息をついて、日輪刀を鞘に収め、しゃがんで床に置いた…と同時に飛び出したのは、左馬助だった。
固くなっている父親の体に思い切り、体当たりをする。その瞬間には、もう日輪刀を手にした光秀が跳び上がっていた。父親と左馬助の体重をまともに乗せられ、叩きつけられた鬼は動けない。しかも、男の首に手をかけていたのだから、姿は見えなくとも、その位置は、光秀にははっきり分かっている。光秀は、刀を突き立てて、鬼を床に釘付けにした。傷は塞がろうとするが、日輪刀が邪魔をして塞がることもできない。起き上がった左馬助が自分の日輪刀を拾ってくるまでの間、光秀は、鬼の頭を殴り続けた。
十兵衛様、と声をかけて、左馬助が自身の日輪刀を鬼の頸にあてがった。
「死にたくなければ言え。他の鬼はどんな力を持っていて、どこにいる?なぜ、人を喰わずに、このように固めてしまったのだ?どうすれば、この人たちは元に戻る?」
表情は見えないが、鬼は苦しんでいるようだ。そして怯えているようだが…、救いが来るとでも思っているのだろうか、何一つ答えない。
「腹が減ったのではなかったのか?それとも、鬼舞辻無惨の差し金か?」
問うや否や、鬼は声を限りに悲鳴を上げた。鬼も悲鳴を上げるのか、と光秀も不思議に思った、その時。
床を突き破って、二本の腕が伸びてきた。
二人は一瞬の差で飛びすさった。その際、透明鬼を床に固定している光秀の刀はそのままになってしまった。腕はさらに伸びて、その柄を掴もうとする。左馬助がすかさず、その腕を斬り飛ばした。
――致し方ない。
左馬助は、光秀の顔をチラリと見てから、自分の刀で透明鬼の頸を刎ね、光秀の刀を引き抜いた。透明鬼は灰になった。しかし、直後に床から飛び出した鬼の腕が、左馬助の足首を掴んだ。そのまま鬼は硬化して、左馬助は動きがとれなくなった。
その様を見ながら、光秀は逡巡していた。普通に斬ったのでは、あの硬くなった腕は斬れない。だが、水の呼吸を使えば、どうしても動きが大きくなり、左馬助の足を斬ってしまいかねない。鬼の腕は地下から出てきている。鬼は地下にいて、そこから腕だけを地上に出して攻撃してきているのか。であれば、地面に刀を突き立てて、鬼の頭を貫けないものか。しかし、正確に鬼の頭を突けなければ、さっきのように刀身を掴まれてしまうかもしれない。十兵衛様、と左馬助が声をかけた。
「こやつ、最初は私の足を引っ張りましたが、硬くなってからは、まったく動きませぬ。体を硬くしたら、自らが動けなくなるのではないでしょうか」
なるほど、と光秀は思った。体中の関節までも、金剛石のように硬くしているのだとすれば、動けなくなるのも道理である。
光秀は、鬼の頭部があると思われる辺りを何度も刀で突いた。何度目だったか、切っ先がコツリ、と何か硬いものに当たった。光秀は、大きく跳び上がった。そこめがけて、刀を突き下ろそうとしたが、眼下の鬼は、すぐに手を離して地中に戻した。光秀も突き技を中止し、床に降りた。あのまま、床に刃を突き立てていれば、地中で刀身を握られていたかもしれない。
「どうする、左馬助。地上に引きずり出さねば、いつまで経っても決着がつかぬ」
光秀は苛立ってきていた。
「我らが、樹の上にでも登れば、こやつはどうしますかな?」
「おそらく、そのままこれ幸いと逃げ出してしまうだろうな」
そう答えて、光秀はふと、左馬助の意図するところに気がついた。ニヤリと嗤う。
「鬼のくせに弱虫だな」
左馬助が頷いた。
「我ら武士と違って、奴らには、誇りも何もありませぬ。歯が立たぬ相手には、こそこそ逃げ回るか、安全なところからちょろちょろ手出しをするぐらいが精一杯なのでしょうな。情けない連中です」
哀れだな、と言って光秀が高笑いをしたところで、床を突き破り、鬼が全身を現した。優に八尺はありそうな大きな鬼だった。鬼は怒っているようだ。すかさず、二人は鬼の足をそれぞれ斬り落とした。今度は左馬助が、鬼の首あたりを日輪刀で貫き、床に縫い止めるようにした。自ら鬼の背に乗り、しっかり体重をかけて、鬼を動けなくする。光秀が鬼の頸に刃を当てる。
「さっきの鬼にも訊いたのだが、うぬらはなぜ、人を喰わずに固めてしまったのだ?何か目的があるのか?固まった人たちは、どうすれば元に戻る?答えねば、頸を刎ねるぞ」
さっき、鬼舞辻無惨のことを尋ねたら、透明鬼は悲鳴を上げた。心底恐れている様子だった。鬼がそこまで怯える鬼舞辻無惨とは、どんな奴なのだろう?もう一度、鬼舞辻無惨の命令でやったことなのか訊いてみるか。と考えたが、そうすると、またさっきと同じことになりそうだとも思う。
「十兵衛様、こやつは自らを金属のように硬くする力を持っています。人を固めたのも、こいつの力ではありますまいか?」
そうだろうか…光秀は思案した。もし、この鬼にそんな能力があるなら、なぜ我々を石のように硬くしなかったのか。そもそも、どうやって、あんな風にしたのか。そのまましっかり押さえておけよ、と左馬助に言って、光秀は陶器の人形のようになった家人をあらためて検分してみた。引っかかれたり、噛まれたりしたような痕はない。しかし、家族の様子は、何者かに襲撃されたように見える。母親が子どもたちをかばい、父親が棒を振り上げて、襲撃してきた何者かに立ち向かおうとした。そういう風に見える。彼らがこんな風にされたとき、近隣の者はどうしていたのだろう?