一軒ずつ、順繰りに襲っていったのだとすれば、他の家の者が途中で気づいて、逃げ出すなり、大声で皆に知らせるなりしそうなものだ。とすれば、里全体が同時に襲われたと考えた方が理にかなっている。生き物を石のように固めてしまう霧のようなものが、どこかから流れてきた?それも違う。それなら、この家族はこんな姿勢で固まってはいない。父親は、目の前に現れた何者かを迎え撃とうとしたし、母親は、その何者かから、子どもを守ろうとしたのだ。
光秀は、一つの結論を出した。おそらく、この里を襲い、人々を陶器のように固めてしまった犯人は、同時に多くの場所に自分の姿を現すことができる。さらに、その分身のすべてが、人を陶器のように固めてしまう能力を持っている。さらに言えば、この家の者に傷痕が見られないことから、爪や牙に毒があるとかいうわけではない。おそらくは、霧のようなものを吸わせるか、妖しい光を浴びせるような方法なのだろう。敵に立ち向かおうとしたらしい父親が眼を見開いていることから判断して、目が眩むような光を発したわけではない。霧のようなものを吐き出す、あるいは、自分がそのようになるということだろう。ではなぜ、自分と左馬助は、その能力の被害に遭っていないのか。里全体を襲い、すべての人間をこうするのに、体力を消耗しきってしまったのだというのが妥当なように思われる。だとすれば、そいつは今、どこかで体力が回復するのを待っている。こいつらは、それまでの時間稼ぎを命じられたのか。
「おい、お前に俺たちを襲わせたのは、鬼舞辻無惨なのか?」
光秀が問えば、鬼は両耳を塞いで、声も立てずガタガタ震えだした。よほど恐れているのか、鬼舞辻無惨を。
答えないなら死ね、と言って、光秀は鬼の頸を刎ねた。
「急ごう、左馬助。勘解由左衛門範煕様の元へ」
走りながら、光秀は自分の考えを説明した。里全体が同時に襲われ、里の者が石のようにされたと思われること、しかし、それをした鬼が現れないのは、どこかで力が回復するのを待っているのではないか、と。そのどこかとは、里長である妻木氏の家ではないかと考えていることを。
「確かに、そのとおりですね。しかし、そうなると…」
「うむ。そいつが力を取り戻す前に見つけて倒さねば、我らとて危ない」
妻木氏の家にたどり着いた二人は裏口に回った。光秀が巧みに戸板を外す。ここの戸板は外れやすいのだ。子どもの頃、イタズラをして、こっぴどく叱られたことがある。その子どもの頃のイタズラが、思わぬところで役に立った。左馬助はただ呆れている。
できるだけ気配を殺し、音を立てぬように気をつけて、家の中に入り込んだ。廊下を進んでいく。光秀は一つの部屋の前で、そっと細く戸を開けた。煕子が横になって、眠っているように見える。しかし眠っているのではないことは、その上にしゃがみ込んだ鬼の姿が示している。鬼はこちらを見た。
「もう来たのか」
鬼が言い終わらぬうちに二人が飛び込み、刃を振るった。しかし、それは空振りに終わった。鬼が躱したわけではない。煙のように霧散したのだった。間髪開けず背中を合わせ、辺りを窺う。霧散した煙が再び一所に集まってくる。大きな顔を形作った。
「お主らが来たということは、あやつらはもう倒されたのか。意外に使えないやつらだったな」
光秀は答えない。相手が鬼であるかぎり、頸はあるはずだ。どうやって斬る?今話しているこいつは、鬼が見せる幻のようなものなのか、鬼の本体ではないのか。懸命に考え、凝視している。どこかに、秘密を解く鍵があるはずだと信じて。やがて、静かな声で言った。
「左馬助、勘解由左衛門範煕様の部屋を見てまいれ」
はっ、と一声、左馬助が部屋を出て走っていった。顔の形が崩れて、煙が左馬助を追おうとする。光秀もその後を追うが、突然、方向を変えて、向かってきた。咄嗟に伏せてすべり、襲撃を躱した。今ので分かった。
左馬助が向かった先に、鬼の本体がいる。この煙を吸うか何かしたら、陶器のように硬くなってしまうに違いない。
再び向かってくる煙を躱しながら、光秀は考えた。これを躱し続けるのは容易ではない。いくら刀を振るおうとも、煙を斬ることはできないのだ。左馬助に助太刀しに行きたいところだが、この煙をこちらに引きつけておかねば、二人とも陶器のようにされてしまう。
光秀は日輪刀を振るって威嚇しながら、躱し続ける。もし、どこかの戸を開けて、風を入れたらどうなる?こいつは霧散して、力を発揮できないのではないか?しかし、逆に形を失ってしまえば、攻撃を躱すこともできなくなるのではないか。……しかし、こいつは不定形ながら、ずっと何らかの形を保っているようだ。見えないほど風に薄まれば、こいつは力を失うのではないか。試してみたい。しかし、裏目に出る恐れもある。逡巡しながら、光秀は廊下を走る。途中、慌てて煙が向きを変えた。勘解由左衛門範煕様の部屋に向かっている!本体が追い詰められ、煙が光秀を追う余裕がなくなったのか、光秀が追い縋っても襲ってくる気配もない。
左馬助が肩で息をしている。何度か、そいつと斬り結んだ。鬼は刀を持っていた。元々が名のある武士なのか、刀の扱いにも長けている。