光秀と煕子の祝言の日が近くなり、明智の家の者は皆忙しくしていたが、その顔は晴れ晴れとしていた――のだが。
ある日、妻木の家の使者が青ざめた顔をしてやってきた。煕子が疱瘡にかかってしまったので、婚姻の儀は今少し待っていてほしいということであった。
それを聞いた光秀は、忙しい中、毎日、煕子の病気平癒を祈願していた。ある日、煕子は一命を取り留めたと知らせがあった。それ以来、光秀は、煕子と再び会える日を心待ちにしていたのであったが、まったく音沙汰がなくなってしまった。
ついに、光秀は矢も盾もたまらなくなり、妻木の里に馬を走らせた。
家に行くと、煕子は顔も見せずに、そのまま帰ってくれと言う。それが嫌なら、自分ではなく、妹の芳子と結婚してくれと言うのである。光秀としては、とうてい納得できない。粘り強く聞き続けるうち、出てきた母親が仔細を話してくれた。それによると、疱瘡は治ったものの、左頬にひどい痘痕(あばた)が残ってしまい、それを煕子は気に病んでいるという。こんな顔で嫁に行っては、明智様に失礼だと言っているというのだ。しかし、妻木家としては、明智家と縁組はしたい。煕子としては、せめて、自分と似た顔立ちの妹を、十兵衛様に娶ってほしいと言っているという。
ご免つかまつる、と一声、光秀はずかずかと妻木の家に上がり込み、家人が止めるのを聞かず、煕子の部屋の戸を開けた。
嫌、と小さな声で言って、煕子は向こうを向いた。両手で顔を隠している。その煕子を、光秀は後ろからそっと抱きしめた。
「そなたの代わりなど、この世界のどこにもおらぬ。儂にとって、そなたは唯一無二なのじゃ。姿形がどうなろうとも、そなたの心の美しさは永遠に変わらぬ」
恐る恐る、煕子が振り向いた。確かに痘痕(あばた)が痛々しい。しかし、光秀は笑った。一片の悲しみもない、晴れやかな笑顔であった。
「ほら、これまでと何も変わらぬ、美しい煕子殿じゃ」
痘痕の頬を涙が伝った。光秀に、ぐっと抱きしめられ、煕子はあらためて、この人とともに生きるのだ、死ぬまで必ず、この人と添い遂げるのだ、と思った。その心の中に、暖かいなにかが、静かに広がっていった。
数日の後、二人は祝言を挙げた。祝宴に参加した者は、誰もが晴れやか笑顔を浮かべていた。
後々にも、光秀はこの日のことを思い返すことが度々あった。その度にいつも、この日が、人生で一番、幸せな一日だったと、しみじみ思うのであった。