光秀血風録   作:猫祭雉虎

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伍 雌伏 其の陸

 光秀は一晩中、まんじりともできなかった。久秀には話していないが、自分には、鬼狩りという立場もある。新しい将軍は、少なくとも、鬼と鬼狩りの存在を認め、武士全体を、いやむしろ人間全部を一つにまとめ、鬼どもと対峙できる人であってほしい。そのためには、覚慶様が還俗して、将軍になってくれれば、と思う。私欲を捨て、仏敵でもある鬼との対決姿勢を鮮明にしてくれるのではないかという期待が、淡いにせよ、持てる。問題は、それぞれの利害や立場によって対立している武家を理解し、うまく調停してまとめられる器量があるのか、という点である。その点は、実際、はなはだ心配なところである。

 対して、義栄様はどうか。義栄様は元々、武士であり、僧として生きてきた覚慶様とはまるで違う。武士の武士としての立場や事情はよく分かっておられるはずである。にも拘わらず、少なくとも現状は、一部の武士と結託し、己が従兄弟でさえも殺そうとしたという。いや、結託しているのでさえないかもしれぬ。むしろ、三好一派などに操られているのではないかという疑念が消えない。これでは、武士をまとめ、謂わば一つの刃として、鬼どもと対決することなど、叶うはずもない。

 しかし、覚慶様には、武士としての素養がない。武士という立場、生き様をよくご理解いただき、その上で、公平かつ公明正大に世を平らかにしてもらわなくてはならない。そのためには、武士という生き方を、辛抱強く説いて教える人がいなくてはならない。覚慶様が真に武士の頭領となるまで、守り支える存在が必要である。

 それをする覚悟がお前にあるのか、と松永様は、自分に問われた。あると答えた以上、自分がその役目を担わなくてはならぬ。とはいえ、現状、自分だけでは力不足である。三淵藤英や細川藤孝の協力は得られよう。それでもまだ足りぬ。自分が今、世話になっている朝倉義景はどうか。家柄も古く、一定の発言力は持っている。しかしながら、それゆえに事なかれ主義の一面もある。光秀には、そう見えている。覚慶様や自分とともに、天下を治める気概があるのかどうか。つらつら考えているうち、光秀の脳裏には、一人の男の顔が浮かんできた。

 ――織田信長。

 進取の気性に富み、頭脳明晰である。帰蝶が嫁いだ関係で何度か話す機会があったが、情に流されず、誰に対しても同等に接し、新しい世を創るのは、彼しかいないのではないかと思う。近年では、桶狭間の戦いに勝利したことで、天下の耳目を集めている。戦(いくさ)の才もあるということだ。

 新興で勢いのある織田と、旧家で顔の利く朝倉がともに覚慶様を担いで新しい幕府を創り、古い体制を一新する。光秀の中では、素晴らしい青写真ができていた――この時点では。

 

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