光秀血風録   作:猫祭雉虎

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陸 暗闘 其の参

 摂津晴門の顔から、さっと血の気が引いた。いや、それは、などと口の中でもごもご言っている。義昭は驚いたように、摂津の顔を見た。なんじゃ、それは本当か?と問いながら。摂津は答えることができない。光秀は頭を下げ、顔が見えないようにして、ニヤリと笑った。してやったり、とはこのことである。当然、ここは一気に畳みかける。

 「そういえば、この二条城を少しでも早く建築するために、信長様や私が寺社にお願いして、襖など、城に必要な品々をもらい受けたのだが……ちょっと小耳に挟んだのだが、摂津殿が、寺社を唆(そそのか)し、それらを返すように公方様に頼んだとか、頼まなかったとか」

 将軍はじっと光秀の顔を見て、また横を向き、摂津の顔をしかと見た。そして、また光秀を見た。

 「そのとおりじゃ。しかし、それは寺社の言い分も理解できるところ。儂は元僧侶であったし、断りにくかった。それで、そなたらには内緒にして、少しずつ返していたのだ」

 「公方様。失礼ながら、その金子が本当に寺社に返されているのか、ご自身でお確かめなさいましたか?」

 義昭は絶句した。顔が引き攣っている。光秀は、しからばご免、と立ち去った。

 その後、一応、信長に事の次第を報告しておいた。信長はそうか、と応えたが、どこか上の空のようでもある。光秀が帰ろうとすると、そうだ!と突然、大きな声を上げた。

 「この間、御所の塀の話をしたのを憶えているか。儂はあれから、人足を雇って、その塀を直させているのだ。帝(みかど)も喜んでおられるとの由じゃ」

 はぁ……、と光秀は応えたが、自分自身が今、初めて聞いたのだから、おそらく幕府を通してはいないのだろう。信長の心情は理解できなくはない。とはいえ、幕府には幕府の立場もある。今後、余計な火種にならなければいいのだが……。

 そんなことを思いながら、ふと信長を見ると、彼も何か言いたそうにしている。ん?と光秀は思った。普段の信長は、言いにくいことでも、平気でズケズケと言う方だ。    「どうかなさいましたか?」

 光秀は、自分の方から聞いてみた。

 「いや、なに……。近頃、京では、野犬の被害が増えているようじゃ。何人も死んでいるという。そなたにも気をつけていよ、と言おうと思ってな」

 野犬?光秀は訝しんだ。おそらく、それは本当の野犬の仕業ではない。人が噛まれて殺されているのだとすれば、それは鬼による被害だと考えられる。信長は、鬼のこと、鬼狩りのことを知っているのか?だとすれば、どこまで知っている?

 「いや、実は、御所の塀の件で、朝廷から礼を言ってきたのだがな、その使者がそんな話をしておった。朝廷では、炎で焼いて難を逃れたそうだ。それを聞いて驚いていたら、その使者が、水でも追い払えるらしいですよ、と耳打ちしていった。それで、なんとなく、そなたの、珍しい色をした太刀を思い出したのだ。それだけじゃ」

 信長はニヤリ、と笑った。光秀は、はぁ……、と言ったものの、後が続かない。実際に起きたことは、もちろん、野犬の襲撃などではない。帝が鬼に襲われ、煉獄がそれを退けたということだろう。そして、自分に鬼狩りとしてもっと奮起せよ、と言わせた。光秀は嫌な汗が出るのを感じながら、信長に言った。

 

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