「この際、お話ししておきたいことがござります。人払いをお願いしたいのですが」
「ふむ。ならば、立ち話というわけにもいくまい。ついてまいれ」
そう言って、先に立って歩き始めた。光秀がそう切りだすのを待っていたようにも見えた。
居所に着くと、信長は茶を出すという下女にも、それはいらぬ、と怒鳴って、光秀と二人きりで部屋に籠もった。
「では、聞かせてもらおうか。あの使者が何を言っていたのか、本当のところを」
はっ、と応じた光秀は、自分がこれまで見知ってきた、鬼と鬼狩りについてのすべてを洗いざらい話した。
光秀の話が終わっても、信長は腕を組んだまま、じっとしていた。険しい顔をして、何も言わない。
「信じられませぬか?」
沈黙に耐えきれず、光秀が尋ねた。
「むぅ。信じられぬ……が、儂も実は、その亡骸を見たのだ。食い散らかされた人間の体を。それは、犬などでは、できるはずもないと思えた。今、そなたの話を聞いて、それならば納得もできようと思えた」
信長は天井を見上げた。
「しかしじゃ。そなたの話に出てくる、産屋敷とは何者ぞ?上洛してから、公家衆とも話をする機会もできたが、その名は聞いたことがない。もし、そなたの話がすべて真実なのであれば、すぐにも武家衆を束ね、鬼と戦わなくてはならぬ」
そうして、ものすごく深い溜息をついた。 「しかし、だ……現実は、なかなかそうはいかぬ。儂は、諸国を一つに束ね、世を平らかにするために努力してきたつもりだ。しかし、それには障害がある。障害となっているのは、そなたの足を掬おうとした摂津家に代表される古い勢力であり、いまだ彼らをのさばらせている公方様御自身に他ならない。儂は、公方様とは最初から、どこか反りが合わなんだ。儂は随分と公方様に尽くしてきたつもりだ。しかし、公方様は政所の連中の顔色ばかり窺うている。しかも、儂らに敵対する三井や朝倉らと通じているのではないかという噂さえある」
まさか……と光秀は口籠もった。三井、朝倉と公方様が通じている?
「もちろん噂は噂、信用するに足るかどうか分からぬ。だから今、調べさせておる」 信長の顔に、苦い笑みが浮かんだ。
「儂らはいったい、何をしているのであろうな?誰が敵で誰が味方なのか、それすらもよく分からぬ。ただただ、分からぬままに戦を繰り返すばかりじゃ。儂はもう疲れた」
光秀も同感だったが、信長がこんなことを言うとは思ってもいなかったので、少し驚いた。しかし思い返せば、平らかな世を創ると称して戦を繰り返し、大きく強固な国を創るべく幕府を立て直そうとして幕府内の権力争いに巻き込まれ、右往左往している。返す言葉もなく黙り込むより他なかった。気がつけば、仕方がない、仕方がない、と言いながら、本来の思いとは別の方向に向かって進んできたのやもしれぬ。光秀は嘆息した。胸の内に去来するものはいろいろあったが、するべき話は一通り終わった。光秀は黙って頭を下げ、席を立った。信長は、何かしきりに考え込んでいる様子であった。
そんなことがあってから数日後、信長が突然、家臣を招集した。光秀も呼ばれて行った。屋敷の中で、明智様、と声をかけられ、見れば、木下藤吉郎秀吉であった。彼は人懐っこい笑みを浮かべ、寄ってきた。そして、光秀に耳打ちした。