「殿が、帝にお会いなさったようですよ」
――帝に?そんなことが叶うのか?
光秀はよほど、疑念に満ちた目で藤吉郎を見たのであろう、彼はすぐに言い足した。
「ええ、なんでも、お内裏の南門を修復したので、特別に参内を許されたのだとか。さすがでございますな」
耳を疑う話であるが、こんなところで、わざわざ嘘を吹き込んでくるとも思えない。
「朝倉攻めでございますよ、明智様」
秀吉が、さらに声をひそめた。
「公方様が上洛する折、抵抗した三好の一派と結びついた朝倉義景を討伐するために、公方様にお伺いを立てられたのですが、いいお顔をされなかった。業を煮やして、帝にお会いして、勅命を賜ったそうですよ。今日、我々を集めたのは、その件だそうです」
光秀は訝しんだ。この男、耳が早い。その上、なぜ今ここで、その話を自分にこそこそご注進に及んだのか。何にせよ、食えない相手である。
光秀が黙っていると、通り過ぎていく織田家の家臣一人一人に、親しげに声をかけている。しかし、声をかけられた方は、ちょっと不思議そうに会釈を返す程度だ。特に親しいわけでもないらしい。
やがて、広間に武士たちが参集してきた。皆、緊張した面持ちである。そして信長が現れ、重々しく口を開いた。
「皆のもの、大儀である。我らが足利義昭様をいただいて上洛するにあたり、障害となった三好三兄弟とその一派であるが、上洛を果たしてからは、そこに朝倉義景が加わり、余に刃向かってきておる。そこでじゃ。儂は公方様に、朝倉討伐の命をお下しいただけるよう働きかけてきたが、いつまでたっても、それが叶わぬ」
信長は、ここで一同を見回し、片頬で嗤った。
「仕方なく、儂は帝にお目通りを願い、朝倉討伐の勅命を受けることにした」
一同がざわめく。本来、信長は帝にお目通りのかなう階級ではない。いったい、どうしたことなのかと皆、訝しんでいるのだ。と、光秀の背中をつつく者がいる。振り返れば、先の藤吉郎秀吉である。秀吉は、ほら言った通りでしょう、と言わんばかりの、意味ありげな笑みを浮かべている。何のつもりなのかと当惑するばかりの光秀であったが、信長が話の続きを始めたので、前を向く。
「さる筋にてお目通りを願ったところ、本来ならば叶わぬ願いであるが、内裏の門を修理したため、特別にお目通りがかなったわけだ。帝は、門の修理ができたことを、大層喜んでおられた。そして、儂に、こうお告げになった。若狭守護の武藤友益を討て、と。儂は勅命を以て、武藤友益を討つ」
そして、ねめつけるように全員の顔を見回し、ニヤリと嗤った。
「武藤は朝倉義景の家臣である。武藤討伐に抗して、朝倉が出てくれば、当然、それも討たねばなるまい」
なるほどな、と光秀は思った。朝倉家は名家であり、帝としても、直接的に討伐を命じる訳にもいかなかったのだろう。それで、その家臣である武藤氏の討伐を認めることで、暗に朝倉討伐の錦の御旗を与えたというわけだ。やんごとなき世界は、なんともややこしい。光秀は、そっと溜息をついた。