ようやく二人は堺に着き、今井宗久に面会したのだが、今井は、鉄砲はあるだけすでに売ってしまった、売った相手の名は言えぬ、と言うのであった。
光秀と秀吉は一瞬だけ、目を合わせた。
すぐに、若い方の秀吉が気色ばんで、声を荒げた。
「我らは織田信長様の命を受けて来て居るのだ!それを無下にし、敵に味方するつもりか!」
宗久の胸ぐらを掴もうとしたところで、年上の光秀がそれを制し、諫めにかかった。
「まあ、落ち着きなされ、藤吉郎殿。今井殿は、そんなお方ではない。都の平安を願って、信長様と公方様のご上洛を陰で支えてくださったお方じゃ。それゆえに、こうして頼ってきたのじゃ。何か、手立てを考えてくださる筈。そういきり立つでない」
宗久が嫌そうな顔をしたので、光秀は内心、さすがにこの芝居は臭かったか、と思ったのだが、宗久から、今日、茶会があるから来ないかと誘われた。光秀は、かたじけないと応じた。
いったん、宗久の屋敷を出たところで、秀吉が話しかけてきた。
「食えぬ御仁でござったな」
「うむ。しかし、ああでなくては、生き馬の目を抜く商いの世界で成功することはできないのであろう」
「そんなものですかねぇ……。それにしても、明智様がうまく乗ってくれて、助かりました」
光秀は、くすりと笑った。あらためて思い出すと、妙におかしかった。今まで、この男と、こんなに馬が合うことはなかった気がする。
適当に時間を潰して、二人は再び、今井宗久の屋敷を訪ねた。茶会に現れる人物が、先に鉄砲を買いつけた人物である。
緊張しながら、茶室に入ると、先に僧形の男が一人、座っていた。
――筒井順慶!よりによって、この男か!
光秀は、じわりと脇に汗がにじむのを感じた。光秀にとっては、織田方について、何度もともに戦った松永久秀と大和の地を争っている相手であり、いわば敵将である。その相手から、鉄砲を買いつけようというわけだ。宗久がこちらを見て、ニヤリとした気がした。
――どうです、明智様?私が会わせたがらなかった理由(わけ)がお分かりでしょう?
何も言わず黙っているが、宗久の目はそう言っている。しかし、だからと言ってあきらめる訳にはいかない。
お点前が一通り終わったところで、主人である宗久は席をはずした。そのとき、確かに、光秀を見て、片頬で笑った。
――さあ、手前どものお点前は終わりましたよ。ここからはそちら様のお手並みを拝見いたしましょう。
そんな風に言われた気がした。ふと気がつけば、筒井順慶は胡乱げにこちらを見ている。ならば、と正面から斬り込むことにした。
「筒井殿、私は明智十兵衛光秀、こちらは木下藤吉郎秀吉と申す者、ともに、公方様と織田信長様の下、世を平らかにするため、働いておりまする」
無論、光秀は、相手が自分たちを見知っていることも分かっている。順慶はますます不審げな顔をした。むしろ、不快感を露わにしたと言ってもいい。
「存じ上げております。そのお二人が、今日はどういった御用向きで来られたのでしょう?よもや、茶を飲むためだけに来られたわけではありますまい」
「そちら様と同じでございます」
――!
順慶の顔に驚愕の色が広がるのを見て、光秀はいけると思った。
「そちら様がお買い上げになったものを二百挺ばかり、お譲りいただけないものかと思いまして」
順慶はしばらく考え込んでから、
「それは当方も、必要があるゆえに買った物。しかし、私が織田信長様にお目通りかなうとなれば、百六十は譲っても結構です。なんでも、信長様は古き慣習を打ち砕き、新しき世を創らんとされているとお聞きいたしております。永久に平和な世の中をめざしておられるとか」
そう言った順慶の目がすうっと細くなった。そして顔を寄せて、光秀だけに聞こえるように囁いた。
「野犬狩りにも熱心だとか。私どもは、この頃、野犬に悩まされているのですよ」
――?まさか、筒井順慶も鬼狩りなのか?いや、そうではない。自身が鬼狩りならば、自ら鬼を斬り捨てている筈。しかも、鬼狩りを頼める相手もいないに違いない。これは交渉に使える。
「残り四十挺で、野良犬がいなくなるかもしれませんよ」
「やれやれ、そう言われては致し方ない。では、できるだけ早く、人を寄越してください。すべて片づいたら、鉄砲二百挺、遅滞なくお渡し申し上げる」
光秀は得たりと頷いた。商談は成立した。光秀は順慶と今井宗久に挨拶して、秀吉を促して帰路についた。
しかし、と光秀は考えを巡らせていた。この木下藤吉郎秀吉という男、儂が筒井殿と鬼の話をしている間、素知らぬ顔をしていた。しかも、話が終わった後の帰り道でも、二人の内緒話について、何も訊いてこない。こいつ、何をどこまで知っているのだ?
信長様は、心から信頼できるのは、儂とこの木下藤吉郎だけだというようなことを仰っていた。ということは、信長様ご自身から、鬼や鬼狩りのことを聞いている可能性もあるが……あるいは、何か企んでいるのか。なんとも薄気味悪いところのある奴よ。
それに、筒井順慶は、儂らが鬼狩りをしていることを知っていた。おそらく、儂自身が鬼狩りであることも知っているに違いない。そんな物言いであった。隠すわけではないが……迂闊なことは言えぬし、できぬ。
戻って、信長に事の次第を伝えると、ニヤリとほくそ笑んで、ならば、少しでも早く犬をどうにかしてやれ、と言われた。