光秀血風録   作:猫祭雉虎

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陸 暗闘 其の玖

 翌晩、光秀は左馬助と二人で、大和国に向かった。全集中の呼吸で培われた脚力でも厳しい距離であったが、二人は昨今、順慶が取り返したばかりの筒井城を目指した。ようやく城が見えてきたとき、あれは!と左馬助が叫んだ。光秀にも、それは見えていた。

 それは、異形とでも言うよりなかった。鬼なのであろう。しかし、背中に鳥のような羽が生えていて空を飛んでいる。そんな鬼は初めて見た。

 それが城を襲っているようである。城からは鉄砲や弓矢で応戦しているようであるが、そもそもなかなか当たらない上に、当たったところで、一瞬ひるませることができるだけである。

 「いかが致しましょうぞ」

 左馬助が不安げに言った。とにかく、鬼をこちらに引き寄せなければならない。かと言って、大声を上げたりもしづらい。城の者には、こちらの正体を勘づかれたくないからである。大将である筒井順慶だけが知っているのと、筒井軍の全員に知られるのとでは、意味が違ってくる。

 「儂ラガ行コウ」

 ふいに、光秀の鴉が言った。そして、光秀が何か言おうとしたときにはすでに、二羽の鴉は鬼に向かって突進していた。

 光秀の心臓は早鐘のように鳴っている。左馬助といえども、それは同じであろう。鴉の身が案じられる。鬼の大きな腕ではたき落とされては、ひとたまりもないだろう。

 しかし、鴉は小さな体を生かして、鬼の周囲を目まぐるしく飛び回り、翻弄している。翻弄しながら、次第にこちらに逃げてきている。だんだん、鬼が近づいてきた。

 全集中の呼吸で培ってきた超人的な跳躍力をもってしても、何度も鬼のいる高さまでは跳び上がれぬ。一太刀でけりをつけねば。

 焦りが生じる。焦れば焦るほど、大地を蹴るタイミングがつかめない。

 「左馬助、こちらが跳び上がれるところまで鬼が下がれば、そなたがまず跳べ!頸を落とさずとも構わない。日輪刀で斬れば、一瞬なりと、隙はできよう。儂が仕留める!」

 「心得ました!」

 策どおりに左馬助が跳んだ。左馬助の刀は鬼の左肩あたりを斬り裂いた。鬼は身の平衡を失い、墜落しそうになる。傷が回復し、体制を立て直そうとする一瞬、その一瞬に、光秀の日輪刀が鬼の頸に食い込み、刎ね飛ばした。

 鬼の骸が灰となって、風に散っていくのを確かめて、光秀らは急いで戻った。

 その後、織田信長は徳川家康らとともに反撃に転じ、姉川の戦いにて、浅井朝倉連合軍を打ち破った。しかし、朝倉義景は比叡山に逃げ込み、匿われた。比叡山の僧兵たちは、完全武装した武士たちにも劣らぬ戦闘能力を持ち、何よりも信仰を拠り所とする士気の高さは己の利害のため戦う武士をも凌駕しており、朝倉を追撃した信長らは苦戦を強いられていた。自らの信仰を元に戦う者は、損得勘定がない。どれだけやられても、命あるかぎり、必ずまた立ち向かってくる。戦っても戦っても、終わりが見えない。

 「なんで、坊主どもは、朝倉をかばうのじゃ!合点がゆかぬ!」

 信長は怒っていた。激昂していた。しかし光秀は冷静だった。

 「今の天台座主におわせられます覚恕様は帝の弟君でございます。帝に調停をご依頼されるのはいかがかと」

 ふぅむ……と言ったきり、信長は黙り込んだ。内心、面白くない。帝に力を借りるのではなく、むしろ力を見せつけたい。かと言って、このまま戦を続けても、双方とも消耗するばかりである。光秀は、煮え切らぬ信長を見て、もう一押しすることにした。

 「そもそも、僧侶というものは、人々の安寧を願い、戦や争い事を諫めるのが本来の姿でござりましょう。それが武装して、己が権益を守ることに汲々としている。そこに、朝倉がうまく取り入った。そして、揃って、世の安寧を妨げている。これこそ、帝のご威光にて、正していただくべきことかと存じます」

 結局、信長は正親町天皇に調停を依頼し、これまでの一連の戦はいったん終結した。

 しかし、面白くないのは時の足利将軍、義昭である。

 

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