光秀血風録   作:猫祭雉虎

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陸 暗闘 其の拾壱

 複雑な心持ちの者も多かったが、比叡山の焼き討ちは実行された。光秀も意気揚々と乗り込んでいったのであるが、意外にも、山はすでに荒廃しており、比叡山の僧兵たちの本拠地となっていたのは、主に麓の坂本の町であった。そのため、焼き討ちの対象も、坂本が中心となった。そして、僧兵ばかりでなく、多くの罪なき民衆も犠牲になったのである。

 「まったく、これでは誰が鬼か分からぬな……」

 光秀が独り言ちたとき、鴉の声がした。

 「ソウデモナイ。イルゾ、十兵衛」

 見れば、鴉が焼け落ちた家屋の柱にとまっている。嘴をくいっ、くいっと下に向けた。光秀は左馬助を呼ぶと、鴉が示した家に向かった。壁などはほぼ焼け落ちてしまっているが、確かに鬼の気配を感じる。燃え残っていた畳を剥ぎ取ると、板でできた戸、あるいは蓋のようなものが見えた。光秀と左馬助は互いに頷き、光秀がそれを開けた。鬼の気配が濃くなった。思い切って飛び込んでみると、意外に穴は深く、横に長く延びている。光秀は、上の左馬助に、灯りを持ってくるように命じた。奥がどこまで続いているのか分からないほど長い道ができている。この奥に鬼がいるのか。幸か不幸か、鬼の気配は、濃くも薄くもならない。奥のどこかにとどまっているのだろう。向こうから、明るい方にくることはない。しかし、遠ざかるのでもないようだから、おそらくは、この奥は行き止まりになっていて、そこに鬼がいるのだろうと光秀は睨んだ。

 左馬助が戻ってきた。灯りを手にして、彼も地下道に入ってきた。二人は頷きあい、灯りを頼りにそろそろと進んでいった。

 「何だ、あれは――?」

 光秀が掠れた声で言った。左馬助も足を止めて、目の前に現れてきたものに見入っている。

 高さも幅も七尺ほどはあろうかという球体である。全体に、黴のようなものが生えている。気配からすれば、これが鬼だ。しかし、襲ってくる様子もなく、そもそもピクリとも動かない。

 「迂闊に斬れば、あの黴みたいなものが、そこら中に舞い散りそうだな」

 「越前のあばら家を思い出しますな」

 「しかし、あれが鬼だ」

 「御意。間違いございません」

 「どうする?あれでは、頸がどこかも分からない」

 左馬助が灯りをひょいと持ち上げた。

 「焼いてみますか?」

 「とりあえず、いったん下がろう」

 二人は、蓋のあったあたりまで退却した。ここなら、上から光が入る。もったいないので、灯りはいったん消した。

 「儂が思うに、あれは鬼が黴びた姿ではないか。全身に黴が生えてなお、鬼だから死なない。黴に全身の栄養を摂られて、動けなくなっているのではないか」

 左馬助は黙って頷く。光秀は続ける。

 「でも、だとすると、どうしてあんなに丸々と太っているのだ?痩せさらばえていてもよさそうなものだが……」

 二人は暫し沈思黙考したが、どちらからともなく言った。

 「誰かが、人の血肉を与えている?」

 いや待てよ、と光秀が言った。

 「あるいは、黴が増えすぎて、まん丸になってしまったのかもしれぬ……」

 左馬助が自嘲気味に言った。

 「火をつけてみますか?幸い、我らは、火をつける道具には困りませぬ」

 二人とも、腰にまだ何本かの松明をぶら下げている。もちろん、焼き討ちに使うためのものだ。そうだな、と光秀が言い終わるかどうかのうちに、左馬助は再び、外に出ていった。しばらくして、どこで調達したのか、油壺を持って戻ってきた。左馬助と目配せを交わし、また地下道を奥へと進む。遠目から、油壺の油を黴びた球体にぶちまけた。離れてから、松明に火をつけ、放り投げる。すぐに燃え上がらず、失敗かと思ったところで、火の手が上がり始めた。光秀らは退却した。いったん、上に上がって、下の様子を窺う。

 「おそらく、あれの向こう側にも、風の通り道があるのであろう。でないと、こんなに燃えはしない」

 

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