光秀血風録   作:猫祭雉虎

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陸 暗闘 其の拾参

 二人は、心にぽっかりと虚が空いたような気分で立ち尽くしていた。しかし、あの女は重要なことを言っていた。鬼を地下道に押し込めておく代わりに、町の者から金子を得ていた。しかも、その一部が天台座主に上納されていた。これは由々しきことである。とりあえず、信長には報告しなくてはなるまい。公方様にも報告するのが当然なのだが、あのお方はどうお受け取りになるか……。それを考えると、気が重くなる。元々、僧侶であった公方様は、我々とは根本的に立場が違う。

 そう考えていることに気づき、光秀はドキリとした。自分の心が、公方様から離れつつあるとは認めたくなかった。

 比叡山――というよりは、麓の坂本の町であったが――の焼き討ちはうまくいったが、そのことで、織田の一派は世間の印象が悪くなり始めていた。

 光秀は、鬼になった祖父を利用して町人から金を巻き上げていた女がいたこと、また、その女が天台座主に金子を渡していたことを義昭に伝え、この際、旧き者、悪しき者を幕府内から一掃するよう、強く求めた。義昭はそうかそうかと聞いていた。初めて知ったような態度をとっていたが、おそらくは、天台座主をはじめとした教団の不正には薄々勘づいていたようであった。それでも、強いことは言えなかったようである。

 光秀の進言が堪えたのか、しばらく後に、義昭は摂津晴門に逼塞を命じることになる。表向きの理由は、相談なく伊勢神宮の禰宜職についての武家執奏を行ったこととされていたが、彼の行っていた数々の不正の証拠を将軍に突きつけたのは光秀であった。

 一方で、信長にも同様の報告をしようとしたところ、直前に、筒井順慶から書状が届いた。以前、約束していたとおり、信長様にお目通りいたしたい、とのことである。約束を反故にするわけにもいかず、光秀は順慶を伴って、信長のもとを訪ねた。

 順慶と落ち合ったとき、彼は会うなり、こう切り出してきた。

 「我らを悩ませていた野犬の退治、ありがとうございました。おかげで大いに助かりました」

 「犬だと聞いておりましたが、いざ行ってみると、鳥のようでございましたが?」

 光秀は鋭い視線を送った。順慶は黙って、頭を下げた。

 「あれは、元々は私の家に仕えていた者だったのですが、ある夜を境に、ああなってしまいました。鷹狩りの鷹の面倒を見させていたので、ああいう姿になったのでは、と推察していますが、詳しいことは分かりません。なぜ松永様を襲わず、私を狙ってきたのかも皆目、見当がつきません。私に対して、何か不満があったのでしょうか……」

 「明智様が鬼狩りであることを知ったのは都を訪ねたときでございます。矢傷を負って、都の医者を訪ねた折、先に順番を待っていた者たちが話しているのを聞きました」

 「ほう、どのような?」

 「近頃、都に人食い鬼が現れている。それを倒す、鬼狩り様がいる。幕府の中心人物でもある明智十兵衛様もその鬼狩りの一人らしい、と。そう聞いていたところに、ちょうど鉄砲の話からうまくご縁ができましたので、おすがりさせていただいたというところです」

 そんなことまで町の噂になっているのか、と光秀は驚いたが、もちろん、順慶が独自の情報網を持っているのかもしれず、この男には油断はできない、と改めて感じた。

 

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