光秀血風録   作:猫祭雉虎

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陸 暗闘 其の拾伍

 ご免つかまつります!と叫んで、光秀はその場を辞した。義昭を将軍の座に据えるまでの苦労を次々思い出し、昔は皆、同じ方を向いて、同じ夢を見ていたことを思い出し、自然と涙が溢れ出た。なぜ、こんなことになってしまったのか。世を平らかにするため、義昭を将軍に戴いて上洛したばかりの頃は、これで諸国が将軍の下、団結して世が平和になるものと思っていた。しかし、それから後は、幕府内の権力争いに巻き込まれた。それは、武士同士の戦とはまた違う、人知れぬ暗闘であった。思い通りにならない幕府のありようを変えるために、幕臣同士のいがみ合いに関わり、何事にも黒幕と言える存在があった。腹を括っていたとはいえ、比叡山の焼き討ちの中、泣いて逃げ惑う民衆の姿は、今も光秀の心に陰を落としている。そして、その際に知った、比叡山に隠されていた深い闇……。何かが次々と変わっていった。いや、変わっていったのは、己自身なのか?近衛前久と同じだ。自分の意に沿わぬことでも、仕方ない、仕方ないと言いながら、流されてきた。そんな気がする。

 では、誰に、或いは何に流されたのか?そう問えば、明確な答えはない。ただただ、今の自分が悲しく、嘆かわしかった。今はとにかく早く帰りたい。煕子と子どもたちの顔を見たい。いつの間にか、光秀は泣きながら走っていた。

 家に戻るなり、大声で煕子を呼び、驚いて出てきた妻に抱きついた。何も言わなくても察してくれたのであろう、妻は黙って、光秀の背中をなでてくれた。小さな子どもを寝かしつけるように、優しく背中を叩いてくれた。

 少し落ち着いてから、光秀はそっと、煕子の顔の痘痕をなでた。好きでたまらなかった。煕子は少し困ったような笑みを浮かべ、どうしたの?と言うように、小首を傾げた。ふふ、何でもないのだ、と言って、光秀はようやく煕子を離して、どっかと座り込み、茶を持て、と言った。自分には帰るところがある。それはここであって、幕府でも、織田家でもないのだ。そう感じて、しみじみと煕子が持ってきた茶を啜った。

 とうとう、義昭が挙兵した。光秀は暗澹たる気持だった。それは、信長にしても同じであったろう。重さの違いはあれど。

 義昭の軍勢は、朝倉、浅井も追従しているが、主力は甲斐の武田信玄である。風林火山の旗印で知られる武田軍は音に聞こえるとおり、勇猛果敢な戦いぶりを見せ、織田方の戦陣を切った徳川の舞台を三方ヶ原にて一蹴した。その勢いのまま、都に押し寄せてくるようだ。

 光秀は、家康の姿を思い出していた。キリリと引き締まった表情をしていた。浅井、朝倉の連合軍を相手にうまく立ち回っていたのだが……その家康をしても、武田にはまったく太刀打ちできなかったという。

 (まともにやりあっては勝てぬ)

 光秀らは焦っていた。信長とも、何度も軍議を重ねていたが、武田を退け、都を防衛しうる方策は思いつけずにいた。

 しかし、武田軍はその進撃をピタリと止めたかと思うと、なぜかそのまま甲斐に引き返してしまった。軍議に呼ばれた光秀は、武田信玄が急死したのだと知った。秀吉が送り込んでいた間諜からの情報だという。

 こうなれば、攻守は完全に逆転する。織田軍は一気に、浅井、朝倉を打ち破り、義昭を捕らえた。そのまま、義昭を鞆の浦へと放逐し、ここに、室町幕府は事実上の終焉を迎えたのであった。戦勝に意気上がる信長や秀吉らとは裏腹に、光秀にとっては痛みの残る勝利であった。

 この後、ともに幕臣であった三淵藤英と細川藤孝の兄弟は、細川藤孝のみが織田方についた。三淵藤英については、光秀も藤孝とともに説得にあたったが、あくまで公方様を裏切ることはできぬ、と言い張り、ついには信長から切腹を命じられた。それでもなお、信長を説得するという光秀に対して、これが己の生き方であると諭して、薄い笑みさえ浮かべて、自ら腹を切った。

 

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