光秀は疲れ果てていた。鬼との戦いにもだが、正直、人間はもっと厄介な生き物かもしれぬ、とさえ思えてきた。とにかく憂鬱であった。
そんな折も折、光秀は信長に呼び出され、丹波攻略の命を受けた。
「丹波ですか。難しいところですな」
「何年かかっても構わぬ。何としても攻め落とせ」
信長も苛立っているように見えた。信長は元々、強引な性格であったが、ここまで一方的にものを言ってくるのは珍しいことでもあった。
光秀は少し思案してから、こう言った。
「近衛前久様にお目通りは叶いませぬか?あのお方ならば、丹波の現状についても詳しかろうと思うのですが」
「なるほど。連絡をとってみよう。都合がつき次第、そなたに連絡する」
よろしくお願いします、と頭を下げ、その場を辞した。
光秀としては、義輝の後継に義栄を推挙したことで、今は朝廷内で立場をなくしている前久に対し、朝廷への復帰を見返りに、丹波攻めへの協力を取り付けようという考えである。
首尾よく近衛前久から協力を取り付けた光秀は天正三年十月から丹波攻めを始めたのだが、その動きを早々に察知した荻野直正が黒井城に戻り、臨戦態勢を整えていた。
意外と迅速な動きである。だがこの時点では、丹波国衆は半数以上が織田方についていたこともあり、年が替わる頃までには勝てると光秀は踏んでいた。
ところが、突如、謀反を起こした多野秀治に背後を突かれ、光秀は軍を退却させるよりなくなった。
今回の戦はことごとく裏をかかれた格好になった。もしや、近衛前久に騙されていたのかとも考えたが、彼の立場からして、織田を裏切って得になることはないと思われる。
まさか、内通者がいるのか?だとすれば、かなりうまく立ち回ったと思われる。そのことは気になったが、そのことを詮索する間もなく、今度は大阪本願寺へと転戦することになった。
本願寺勢は信仰による士気の高さもさることながら、鉄砲の扱いに長けた雑賀衆なども軍勢に加わっており、光秀らも苦戦を強いられた。
しかも、夜になれば鴉に呼ばれることもある。呼ばれれば駆けつけて、斬らねばならない。鬼はあちこちにいる。それに対して、鬼狩りの数はあまりに少ないのだ。
さすがに連日の無茶が祟ったのか、光秀はついに倒れてしまった。意識のないまま坂本城に運び込まれた光秀を案じ、煕子はすぐに医者を呼んだが、なかなかよくならない。 煕子は光秀を看病しながら、心の中で神仏に祈り続けていた、この人を助けてくださいと。
必死の願いが通じたのか、光秀はなんとか息を吹き返した。
話を聞いて、信長もやってきた。病み上がりとはいえ、畏まって控えると、ひとしきり労苦をねぎらった後で、毛利水軍が本願寺に物資を届けていることが分かったと言い、まず毛利水軍を叩いて補給路を断ち、それから本格的に本願寺を攻めようと思うのだ、と言った。
やれやれ、病人の見舞いに来てまで戦の話か、となかば呆れながら、光秀が賛同すると、子どもみたいな笑顔で、そうじゃろう、そうじゃろうと言った。
(信長様は、ずっとこういうお方なのだ。良くも悪くも、ずっとこうなのだ)
そう思うと、光秀もなんだかホッとする心持ちがするのだった。
変事に、いつもと変わらないことが何かあれば、これほど心が安らぐものかと光秀は思った。