光秀血風録   作:猫祭雉虎

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陸 暗闘 其の拾漆

 光秀が回復し、家族や家臣の皆が喜んだのも束の間、看病疲れが高じてしまったか、今度は煕子が寝込むことになってしまった。

 彼女は何度もごめんなさい、と言った。一番苦しい思いをしているはずなのに、なぜ謝るのか、とその度に光秀は叱った。自らを思ってくれていた、そのことが煕子を追い詰めていたのか、と光秀も苦しい思いであった。その思いもあり、熱が高くなれば、光秀が自ら手ぬぐいをしぼり、煕子の額にのせた。そんな調子で、ずっとつきっきりで看病を続けたのだが――

 煕子も、光秀を救ってくれた医者に診てもらっていたのだが、その甲斐もなく、ついにその命は尽きてしまった。

 医者が黙って首を振り、部屋を出た後、光秀はそっと、煕子の顔の痘痕をなでた。

 煕子に膝枕をしてもらって、この痘痕をなでるのが好きだった。なぜだかは分からない。だが好きだった。煕子がちょっと嫌そうな顔をしても、にこにこ笑ってなでたものだ。

 心底嫌だったのなら、相済まぬ。心の中で呟いて、光秀はそっと妻と唇を重ねた。冷たくて、少し固い感触だった。

 かのように、光秀にとって、石山本願寺攻めは辛い想い出の多い戦になったのだが、その後も畿内各地を転戦し、感傷に浸る時間もなかった。その間も、鴉に呼び出されれば、鬼を斬りに行かねばならぬ。

 (まったく、信長様も鴉も人使いが荒い)

 光秀は独りごちた。そんなある日、昼間から鴉がやってきた。左馬助の鴉はいない。鴉は口に黒い布を銜えていて、それを突き出してくるので受け取ると、

 「ソレヲ巻イテ、目隠シヲセヨ。急ゲ!」

 「拙者は?」

 左馬助は問うたが、鴉は首を振った。

 「来ルノハ、十兵衛ダケダ!急ゲ!」

 訳の分からぬまま、光秀は目隠しをした。

 (何なんだよ、まったく……)

 布を縛り終えると、鴉が叫んだ。

 「シッカリ縛ッタカ?何モ見エヌナ?」

 見えない、と答えてうなずくと、

 「ヨシ、者ドモ!急ゲ!」と叫んだ。

 かすかな足音がして、娘たちが騒いでいるのが聞こえる。何があったのだ?と思うや、光秀は体が浮くのを感じた。誰かに背負われたようである。

 「ヨイカ、産屋敷家マデハ、何人カガ交代デ、オ前ラヲ背負ッテイク。屋敷ノ場所ガ分カラヌヨウニスルタメダ。我慢シロ。モチロン、帰リモ同様ダ。御館様ニ、失礼ノナイヨウニナ!」

 鴉の言ったとおりだった。自分たちを背負っているのが誰かも分からない。時々、息が聞こえるが、話しかけても、返事さえしてくれない。何日かかったのか、ずっと目隠しした上に、何かを頭に被せられていたので、昼と夜さえもよく分からなかったが、腹は減った。

 

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