光秀が回復し、家族や家臣の皆が喜んだのも束の間、看病疲れが高じてしまったか、今度は煕子が寝込むことになってしまった。
彼女は何度もごめんなさい、と言った。一番苦しい思いをしているはずなのに、なぜ謝るのか、とその度に光秀は叱った。自らを思ってくれていた、そのことが煕子を追い詰めていたのか、と光秀も苦しい思いであった。その思いもあり、熱が高くなれば、光秀が自ら手ぬぐいをしぼり、煕子の額にのせた。そんな調子で、ずっとつきっきりで看病を続けたのだが――
煕子も、光秀を救ってくれた医者に診てもらっていたのだが、その甲斐もなく、ついにその命は尽きてしまった。
医者が黙って首を振り、部屋を出た後、光秀はそっと、煕子の顔の痘痕をなでた。
煕子に膝枕をしてもらって、この痘痕をなでるのが好きだった。なぜだかは分からない。だが好きだった。煕子がちょっと嫌そうな顔をしても、にこにこ笑ってなでたものだ。
心底嫌だったのなら、相済まぬ。心の中で呟いて、光秀はそっと妻と唇を重ねた。冷たくて、少し固い感触だった。
かのように、光秀にとって、石山本願寺攻めは辛い想い出の多い戦になったのだが、その後も畿内各地を転戦し、感傷に浸る時間もなかった。その間も、鴉に呼び出されれば、鬼を斬りに行かねばならぬ。
(まったく、信長様も鴉も人使いが荒い)
光秀は独りごちた。そんなある日、昼間から鴉がやってきた。左馬助の鴉はいない。鴉は口に黒い布を銜えていて、それを突き出してくるので受け取ると、
「ソレヲ巻イテ、目隠シヲセヨ。急ゲ!」
「拙者は?」
左馬助は問うたが、鴉は首を振った。
「来ルノハ、十兵衛ダケダ!急ゲ!」
訳の分からぬまま、光秀は目隠しをした。
(何なんだよ、まったく……)
布を縛り終えると、鴉が叫んだ。
「シッカリ縛ッタカ?何モ見エヌナ?」
見えない、と答えてうなずくと、
「ヨシ、者ドモ!急ゲ!」と叫んだ。
かすかな足音がして、娘たちが騒いでいるのが聞こえる。何があったのだ?と思うや、光秀は体が浮くのを感じた。誰かに背負われたようである。
「ヨイカ、産屋敷家マデハ、何人カガ交代デ、オ前ラヲ背負ッテイク。屋敷ノ場所ガ分カラヌヨウニスルタメダ。我慢シロ。モチロン、帰リモ同様ダ。御館様ニ、失礼ノナイヨウニナ!」
鴉の言ったとおりだった。自分たちを背負っているのが誰かも分からない。時々、息が聞こえるが、話しかけても、返事さえしてくれない。何日かかったのか、ずっと目隠しした上に、何かを頭に被せられていたので、昼と夜さえもよく分からなかったが、腹は減った。