光秀血風録   作:猫祭雉虎

44 / 56
陸 暗闘 其の拾玖

 光秀としては、いつも左馬助とともに鬼と戦っているという想いがあり、自分だけが柱となるのは複雑な気分である。

 さらに、今回、柱となった者が、各々、最低一人の弟子を継子として育てることが決まった。これにも、光秀としては困るところがあった。今は戦に次ぐ戦の毎日である。誰かに稽古をつけている時間はない。それに、水の呼吸を修めるにあたって、必要な条件が分からない。体力があるとか、剣術の腕前が優れているとかいう条件だけでは充分でない気がする。以前、信長が儂も水の呼吸とやらを修めたいと言い出して、指南したことがあるのだ。

 しかし、呼吸法を修めることはできず、信長は早々に音を上げてしまった。体力や剣技については、すでに申し分なかったはずなのだが……。

 結局、彼らは柱に任命され、継子を育てるという使命を負わされることになった。また、このとき、縁壱の刀に『滅』という文字が彫られていることが話題となり、柱の刀には、『惡鬼滅殺』と彫られること、この文字を刀に彫ってよいのは、柱だけとすることが決まった。柱とその他の剣士の区別を分かりやすくすると同時に、一般剣士たちの向上心を刺激する目的もある。そこで、光秀らは皆、いったん、その場で日輪刀を預けることになった。刀身に文字を彫り入れるだけなので、そんなに日にちはかからない、とのことであるが、その間、鬼が現れたらどうするのか、と問うた者がおり、文字は交替で彫ってもらうことになった。光秀は、任務があれば左馬助に任せることもできるので、最初に刀を渡したが、強硬に断ったのが、月柱となった男だった。大柄で、いかにもいかつい男で、終始、縁壱を意識しているように見えた。とはいえ、その男は凄まじい殺気を発していて、光秀などは、自分ではまったく太刀打ちできないだろうと思えたほどだ。大して、縁壱という人物は、植物のように静かな佇まいであった。ただ――どこにもまったく隙がない、と感じられた。意表を突いたつもりで斬りかかったとしても、すい、と躱され、逆に真っ二つにされているだろう、と思わせるような気配がする。どちらも強いが、対照的な二人である。そのことが強く印象に残った。

 光秀は、行ったときと同様、目隠しを求められ、誰かに担がれて、戻された。

 

 「なかなか大義でしたな」

 左馬助がニヤニヤ笑いながら言った。問えば、顔を隠した屈強な男たちが現れ、有無を言わさず光秀を担ぎ上げ、すごい勢いで走り去ったのだという。その様子が面白かったらしい。

 光秀は、産屋敷家で決まった内容を包み隠さず、左馬助に話した。左馬助は神妙な顔をして聞き、光秀が水柱になったことを喜んだが、継子の問題については、同じように困った顔を見せた。自分自身が継子になれば話は早いが、現実的には、光秀と常に行動を共にしている。死ぬときは一緒だと思い定めた間柄である。光秀亡き後、柱として水の呼吸を継いで、それをまた後世に伝えるのは難しい立場である。彼らから見て信頼のできる者は皆、似たような事情がある。戦国の世のつらいところでもある。

 「羽柴殿などはいかがでしょう?」

 左馬助の問いに、光秀は思案げに言った。

 「いや、それは止しておいた方がいいだろう。あやつは、もう一つ信用しきれない」

 「しかし、あの御仁は目端が利くところがあるとお見受けします。たとえ、織田軍が全滅しようとも、どこかで仕官して、うまくやっていきそうな気がします」

 光秀は思わず、ギロリと左馬助を見た。そして、ニヤリと笑った。

 「なるほど。それがいいかもしれぬな」

 そして真顔になって、

 「だが、あの者には義の心がない」

 二人は顔を見合わせ、あらためて、深いため息をついた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。