とりもなおさず、光秀は、信長に戦果を報告した。もちろん、信長はすでに知っており、上機嫌で光秀を褒めそやした。しかし、光秀の表情は暗い。不審に思い、問い詰めたところ、光秀はようやく重い口を開き、母が鬼となったこと、それを自ら殺害したことを話した。
信長は泣いた。盟友の肩をかき抱き、その背を叩きながら、小さな子どものように大きな声をあげて泣いた。ひとしきり泣いて、ようやく落ち着いた後、少し考えてから口を開いた。
「波多野らを殺す。儂が命令を出す」
そして、震える手で光秀の手を握った。
「こうするのだ。お主は波多野らに命は救うと約束して、投降を呼びかけた。その際、波多野らがお主を信用しなかったため、お主の母上が人質となった、そういうことにするのだ。ところが、実際に安土に送り届けたところ、織田信長によって殺害された。それを恨んだ丹波の国衆によって、お主の母上は殺された。そういうことにするのだ」
「そんな顔をするな、十兵衛。お主の意に反して、奴らは殺されるのだ。この件については、お主のあずかり知らぬところですべてが決まった、非道な殊勲のせいで、お主が彼らを騙し討ちにしたような格好になってしまった、人にこのことを尋ねられたら、そう言って憤慨するのだ。十兵衛、儂は、お主の心を誰よりもよく知っている。お主に、母殺しの汚名は着せさせぬ!悪いのはあくまで、残虐非道の大うつけ者、織田信長じゃ」
「しかし、それでは……」
「心配するな。どうせ、比叡山以来、儂は悪鬼のように恐れられておる。今さら、世の人にどう思われようと構いはせぬ」
「人知れず鬼を狩らねばならぬお主の苦しみを、儂は知っておる。儂は鬼の頸を斬ることはできぬが、せめて、お主の苦しみを少しだけでも背負わせてくれ」
信長は光秀を下がらせて、すぐさま人を呼び、その日のうちに、波多野秀治らの首を斬らせた。首斬り人の腕はそのとき震えていたが、信長は平然とそれを見ていたという。その話は世間に流布し、信長に対する反感、恐怖感を煽りたてた。
信長の心情はありがたいが、内通者がいたのかどうか、いたのであれば誰だったのか、問いただすことはできなくなってしまった。曇り空を見上げ、光秀は大きく嘆息した。
明智荘が狙われ、母が鬼になったのは偶然であったのだろうか、それとも、何かの意図があってのことか。考えれば分かるというものでもないが、考えずにはいられない。空は暗く、雲に覆われていた。