いぬふぐりの小さな青い花がちらほら咲き始める頃、弱々しい陽光の下を、明智荘に一人の男が歩いていく。一本の刀をぶら下げ、ひょっとこの面を被った姿は一種異様にも見え、里の人々は遠巻きにして、少し怯えたように、その姿を見送った。関わり合いたくない、と誰もが思っていたが、その男は、明智の屋敷に向かっていた。
男が明智の家に着くと、下女がおそるおそる用件を訊いた。男は一本の刀をぐい、と突き出し、小声で、明智十兵衛光秀様にお目にかかりたい、と言ったものだから、下女はひいぃ、と大声を上げた。奥から最初に飛び出してきたのは、左馬助だった。どうしたことか、と問えば、男はもう一度、光秀に会いたい旨を申し出た。光秀様は奥じゃ、お主は何者か、と問えば、拙者は刀鍛冶の里の者、明智十兵衛光秀様の日輪刀ができあがったのでお持ちしました、と言った。
そんな妙な風体で来て、そのことを先に言わないから、刃傷沙汰にでもなるのかと怯えておるのじゃ、と男をなじりながら下女を下がらせた。
「持ってきたのは、十兵衛様の刀だけか?一緒に合格した儂の刀はどうなったのだ?」
「左馬助様という方の日輪刀については、存じ上げませぬ。私は明智十兵衛光秀様が選ばれた石を打って、この通り、日輪刀に仕上げてお持ちしたのみでございます。刀鍛冶は何人もおりまする。他の者が打っておるのかと」
そこに光秀が奥から出てきて名乗ると、男はあらためて大仰に挨拶し、こちらでございます、と刀を渡してきた。そして、ぜひ抜いてみられよ、と声をかけた。
言われるままに刀を抜くと、光秀の日輪刀は、鮮やかな青い色に刀身が染まった。
「日輪刀は持つ者によって、その色が変わるものでございますが、私は水の剣士の日輪刀を打つのは初めてなのです。水の呼吸の方は、青くなるのですね」
感極まったような男の言葉に、おお、そうかと応じた光秀であったが、それはいいが、これは長過ぎはしないか、と顔を顰めた。腰に差すと、地面に引き摺ってしまうほど長い。
「いえ、まだこれから大きくなられますので、大人用の長さにて、お造り致しております」
そうか、と光秀はため息をつき、自分の日輪刀の刀身をためつすがめつ眺めている。
「ときに、刀鍛冶の里では、皆、そのような面をつけておるのか?」
光秀が問うと、小声で、然様でございますとだけ答え、然らば御免、とだけ言い残し、来たとき同様、足早に去っていった。
光秀は己の刀、その刀身をじっと見つめていたが、次第にその顔から笑みが消え、厳しく変わっていった。鬼狩りとして生きること、その事実が突然、現実のものとして、ずしりと重く感じられたのである。
ふいに、左馬助が言った。
「拙者の刀は、まだ日にちがかかるのでしょうか」
少し、がっかりした風であった。
その夜、光秀は日輪刀を枕元に置いて、横になった。そのまま、まんじりともせずに一夜を過ごした。一晩中、鬼が現れた気配はなかった。
三日後には、左馬助の刀も届いた。同じようなひょっとこの面をつけていたが、別人であった。左馬助は、なぜ自分の刀はできるのが遅かったのか、と愚痴を言っている。刀鍛冶はそれには答えず、ただ頭を下げ、早々に去っていった。左馬助の刀も、彼が握れば青く変わったが、光秀のものよりは少し青味が薄く、銀色がかっているように見える。
ふぅむ、とうなったきり、黙って刀身を見ている左馬助の横で、光秀は眠くてたまらなくなっていた。何か、一つの区切りがついたような心持ちであったようだ。
ある夜、雨戸をカサカサと引っ掻く音がした。光秀は眠りが浅い。こっそり寝間を抜け出して戸を開けると、鎹鴉がいた。
「カァーッ!東ノ里ニ鬼ガ出タ!十兵衛、左馬助両名、スグニ東ニ向カエ!我等ガ道案内ヲスル!」