光秀血風録   作:猫祭雉虎

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漆 決戦 其の捌

 秀吉は青い顔をして、それを見つめていた。それは、そこにあってはいけないものであった。

 ――光秀の首。そして、首を切り離された胴体。

 それらは、小栗栖の藪で見つかったというのだが、何故そんなところで光秀は死んでいたのか。そもそも、どうして死んだのか?自分の軍勢でからは光秀を討ったという報告は届いていない。もし光秀を討った者がいれば、すぐさまその功を訴え出てくる筈である。だが、その亡骸を見れば、人に殺されたのではないことは一目瞭然である。

 秀吉はそれを長い間、凝視していたが、掠れた声で言った。

 「逃亡する途中で、農民どもの落ち武者狩りに遭ったのであろう。さらし首にせよ」

 そう言った秀吉は、周りにいる者の顔を見られなかった。自分が嘘を言っており、周りが皆、それに気づいていると分かっている……こんなにも気まずく、恥ずかしいことがあるだろうか。

 いったい、どこのどんな農民が、光秀が着けていた南蛮作りの鎧を突き破れるような槍を持っているというのか。また、それを引き抜くのも、相当な力が必要となるそんな農民がいるものか。しかも、胴体を貫通した穴の入口と出口を見比べると、体の中で曲がっている。槍のような武器では、決してこんなことにはならない。先端は鋭く尖っているが触手のように柔らかいもので突き刺したのに違いない。

 それに、農民どもの落ち武者狩りであったなら、なぜ、その首を秀吉軍の元に持ってこないのか。報酬を得られないのでは、落ち武者狩りをする意味がないではないか。

 奇妙なのは、それだけではない。その首の切り口も奇妙であった。

 前方が長く、背中側が短くなっており、よほど背の低い者が、下から斬りつけたように見える。そうなのか。

 いや、真実は分かっている。

 光秀の死体が見つかったのは、昼間でも暗い藪の中であったという。

 おそらく、というよりほぼ確実に、光秀はそこで鬼と遭遇し、戦ったのだ。しかし、鬼は槍のような鋭い切っ先を持つ管のようなもので光秀を突き刺した。死を予見した光秀は日輪刀を逆手に持ち、自らが鬼にならぬよう、我が首を落としたのだ。

 そう考えれば辻褄が合う。そう考えなければ説明がつかぬ。

 しかし、自分は鬼が存在することなど、まったく知らなかったという体でなくてはならぬ。信長が鬼になったため、光秀が彼を殺したのだと知れてはならぬ。

 それが世に知れれば、自分が誉れ高い忠義者ではなく、意地汚い裏切り者であると知られてしまう。

 秀吉の言葉どおり、明智十兵衛光秀の首はまず本能寺、ついで粟田口にて晒され、時の民衆からは、光秀の三日天下と揶揄されることになる。そして秀吉は、清洲会議を経て、信長の後継者としての地位を確保し、いよいよ天下人への階段を駆け上がっていくことになる。

 しかし、彼が知己を得た月の剣士とは、ほどなくして、まったく会えなくなった。後に聞いた話では、その者は鬼殺隊を裏切り、鬼となったということであった。

 信長が明智を擁していたように、自らも鬼狩りの剣士を身近に置きたいと思ったが、その願いは一生、叶わなかった。明智が信長を慕ったのは、彼がともに鬼を憎み、彼や鬼殺隊に便宜を図ったことが大きかったが、元来、人のために何かをするという発想とは縁遠い人間である。鬼殺隊やその頭領であるという公家などに逆恨みをして、一生を過ごした。

 

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