光秀血風録   作:猫祭雉虎

56 / 56
終章 後日譚

 継国縁壱から教わった一切を記して残していた煉獄家は代々、炎柱を輩出し、後に鬼殺隊と呼ばれることになる鬼狩りの集団の中でも、中核を担う一族となっていく。

 そして、時は流れ、徳川家康が江戸幕府を開き、今は三代将軍家光の時代。水の呼吸を受け継いだ柳生宗矩が座っている。その長男である柳生三厳がその前に控えている。彼が父から水の呼吸を学び、最終選別を経て正式に鬼殺隊士となったのは、二年ほど前のことである。その三厳に、父は言った。

 「儂はこれまで水柱として、あまたの鬼と戦ってきたが、その地位をそなたに譲るときがきた」

 三厳は驚いた。自分の技量も実績も、父に追いついたとは思えない。三厳は父にそう言った。私は、いまだ父上の域には達しておりませぬ、と。しかし、父はゆっくり首を振った。

 「いや、そなたはすでに充分な実力があるし、実績も申し分ない。儂はそなたに水柱の地位を譲り、徳川家の剣術指南役に徹しようと思うのだ。優れた資質のある者を見いだしたら、水の呼吸を伝えていくという役割もある。その両方で、儂は新しい剣士を育てることに集中する。そこでだ、お主にこの剣を託す」

 そう言って、彼は三厳に一振りの剣を渡した。三厳は怪訝な顔をしたが、黙って受け取り、鞘から抜いてみた。水の呼吸の剣士が使う刀は、自分自身のものも含めて、何本も見てきたが、このような深い青色は初めてだ。相当の剣士が使っていたと見える。

 「それは、初代の水柱が使った刀。儂は、そのお方が亡くなられた後にそれを手に入れた」

 「それは、どなたなのです?最初の水柱というのは?」

 刀身に彫られた惡鬼滅殺という文字をじっと見ながら、三厳が問うた。そういえば、水の呼吸を父に伝えたという人のことは聞いたが、その名は知らない。

 「故あって、その名は口にできぬ。知ればお主は驚くだろう。ある意味、失望するやもしれぬ。しかし、そのお方は、巷間で語られているようなお方ではない。真の忠義者であり、五常の徳を備えたお方であった。儂も、徳川家康様も、心からそのお方を尊敬し、そのようになりたいと思っておったのだ」

 宗矩の目にみるみる涙が溜まった。彼は絞り出すように言った。

 「しかし、羽柴の奸計に陥り、その名を貶められた!真実の姿は、世の知るところとまったく違うのだ……」

 「そのようなお方の使われた刀であれば、なおのこと、私は受け取れませぬ」

 「そなたはこれから旅に出よ」

 宗矩は唐突に言った。三厳はその意味を図りかねる。話がつながっていない。

 「鬼を刈りながら旅をせよ。そして、珠代という女の鬼を探すのだ」

 「珠代?手がかりはあるのですか?どんな姿をしているのですか?」

 「若い女の姿だという以外に、これといった情報はない。これは、御館様からの密命である。見つけたら、殺してはいけない。どこでどんな生活をしているのか掴み、鴉を通じて、御館様に連絡するのだ。厳しい旅になる。その刀は、いわばお守りだ。そなたを守ってほしいという願いを込めた」

 三厳は黙って、頭を下げた。どうやら、いやもおうもないらしい。ただ、かなり重要な任務だということは分かる。

 「できるだけ急いで発ちます」

 「頼む。そして、くれぐれも、真の身分は隠せ。そなたが旅を続けている間のことを後に尋ねられたら、尊父・宗矩殿から蟄居を命じられ、仕方なく一人で剣の腕を磨いていたとでもするがよい」

 「それならば、私の名も名乗らぬ方がよろしいのでは?」

 「ならば、十兵衛と名乗るがよい。その刀を使っておられたお方の御名じゃ」

 「十兵衛、ですか?」

 「ふふ、その名を言っても知らぬ者の方が、今では多いであろうな。だから、よいのだ」

 こうして、柳生十兵衛は旅に出た。風の吹くまま気の向くままの自由な旅路である。その途中、滝沢馬琴という人物が鬼に襲われていたところを助け、その際、青く輝く刀身を持つ不思議な刀について根掘り葉掘り訊かれたという。

 仕方なく、十兵衛は、これは五常の徳を備え、真の忠義者であったお方が使われた刀であったのだが、故あって、自分が受け継いだのだと語った。

 その体験が馬琴を駆り立て、後に八徳を象徴する犬士たちの活躍を描いた「南総里見八犬伝」として結実し、作中に抜けば玉散る氷の刃として登場する「名刀村雨」の着想に結びついたのである。

 その南総里見八犬伝のように、時とともに因果は巡り巡っていく。後の世に、鬼舞辻無惨が死ぬまで、淀みなく。

 まさに、永遠なるは人の想いのみなのである。

 

 

           ――了  

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。