或る日、光秀は美濃国の守護代である斎藤利政に呼ばれ、鉄砲を手に入れてこいと命じられた。春の陽光に照らされた街道を歩いていくのは、もう日輪刀が長すぎることもない、精悍な青年の姿であった。時折すれ違う人は、その肩にとまった鴉を珍しそうに見ていた。
光秀が向かうのは、堺である。種子島に伝来した鉄砲は諸国に広まりつつあり、その多くが外国から堺に入ってきているという。それを諸国の武家が争って買いつけているという。
生来、新しもの好きの光秀にしてみれば、元々、興味津々であったし、鬼狩りのためにかなり遠出をしたこともあり、一度、美濃の外の世界をじっくり見てみたいという若者らしい情熱もあった。だから、この旅は楽しかった。しかも、本来は一人旅になるところだったが、鴉を連れているので、全く寂しさは感じなかった。人目のないところでは、鴉と談笑していた。
なんとか伝手を頼り、鉄砲を扱う商人が参加するという茶会に参加することができた。
桜がちらちら舞う中、茶を飲み干した後、いったん主人の腕前と茶碗を褒めてから、光秀は鉄砲がほしいと切り出した。
しかし、先約があり、何ヶ月も先になる、などと言うので、一挺だけでもいいから、と光秀も必死に食い下がった。しまいにしびれを切らせたのか、鴉が光秀の頭に飛び乗り、カアァーーッ!と大音声で鳴いた。
「四ノ五ノ言ワズニ、トットト寄越セ!我に従ワズンバ、ソノ目ノ玉ヲホジクリ出シテクレヨウゾ!カアァーーッ!」
その場にいた誰もが凍りついた。商人たちは小声で、妖怪だ、とか、魔物だとか言っているようだ。光秀は赤面し、嫌な汗をダラダラ流している。
鴉がさらに威嚇するように嘴を突き出すと、怯えきった商人は、すぐにお持ちしますゆえ、しばしお待ちを、と震える声で言い、一度、奥に引っ込んだ。逃げ出すつもりではあるまいな、と光秀は訝しんだが、本当にすぐに戻ってきた。ありがたい。ここは一つ、鴉の柵に乗っておくのがよかろうと考えた。
「これです。お鴉様」
「ウム。我ガ弟子ニ渡セ」
光秀は、え、俺、弟子なの?鴉の弟子なの?と思った。内心は面白くない。面白くなくとも、目的は果たさねばならぬ。とりあえず、はっ、と答えて、恭しく鉄砲の包みを受け取った。我ながらわざとらしいと思ったが、商人は気づいていないようだ。
「では、失礼して、中身を検めまする」
光秀は震える手で包みを開けた。果たしてそこに鉄砲はあった。初めて見る、本物の鉄砲である。黒光りする銃身は独特の光沢があり、手にはずっしりと重い。光秀は飛び上がりたい気持を必死に抑えて、なんとか渋面を作り、重々しく言った。
「師匠、これでようございますか?」
「ウム、良キニハカラエ」
こん畜生、絶対に三日間は餌抜きにしてやる、と内心思いつつ、光秀は商人から、鉄砲の使い方の手ほどきを受けた。さらに鴉は、商人を脅して、三割ほどまけさせた。
光秀は冷や汗ものである。ありがたいにはありがたいが、ちょっと気恥ずかしくもあった。
美濃に戻った光秀は、利政の元に鉄砲を持っていき、実際に的を撃って見せた。見事に命中し、的は吹っ飛んだ。弓矢ではあり得ない壊れ方を見て、利政の眼の色が変わった。すぐに、光秀を屋敷に上がらせ、今度はすぐれた鉄砲鍛冶を探して、この鉄砲を組み分けしてもらえ、これを大量に仕入れる算段をつけるのじゃ、と命令した。そして手招きをするので、光秀が近くに寄ると小声で言った。
「都の公方様が、このところ鉄砲を大量に買い集めているとの噂がある。真偽のほどを確かめてまいれ。もし噂が真実であるならば、何のために、公方様が鉄砲を集めておられるのか、探ってくるのだ」
本能寺に頼めば、鉄砲やその弾を入手しやすいらしいと鴉から聞いた光秀は、京に急いだ。初めて訪れた京の都は、予想以上に人も多く、賑やかではあったが、町は荒れ果てていた。光秀のような田舎侍でも、世が荒れているのを感じずにはいられなかった。将軍様のお膝元がこの有様とは……いったい、どうしたことなのか。崩れたままの塀や壁、小汚く汚れて、子どもらしくない鋭い目つきでこちらを見てくる子どもたち……気にはなるが、とりあえず、まずは本能寺に向かうことにした。