光秀血風録   作:猫祭雉虎

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参 鉄砲(其の弐)

 

 光秀には、京に来るにあたり、個人的に期待していたことが他にもある。鬼殺隊を組織した産屋敷家というのは公家らしい。ひょっとしたら、京に居を構えているのではないか、それならばちょっと見てみたいとも思い、道すがら、鴉に尋ねたが、鴉は返事もしなかった。

 人に道を聞きながら、ようやく本能寺に辿り着いた。本能寺では、結構な金額のお布施と引き換えに、鉄砲の情報を聞き出すことができた。近江の国友村に日野村、和泉の堺、紀伊の根来などで大量に造られているのだという。この間、鴉がビビらせた商人なら、ちょっと脅せば、安く大量に仕入れられそうではある。だが、鎹鴉のことを利政に話すわけにはいかない。前回、買いつけに成功した折には大層喜ばれて、光秀も誇らしかったのだが、お前のような若い者が、よく値引きまでさせたな、いったいどうしたのだ?と問われて困ったのだ。どのように交渉するかはともかく、まずは急いで、国友村に向かうことにした。

 しかし、本能寺を出たところで、光秀は思わぬ相手と出くわしてしまった。

 侍の一行であるが、その衣装などから、中央にいる馬上の人物が時の室町将軍、足利義輝その人であり、左右に徒歩(かち)にて付き従っているのが、奉公衆の者だと見当がついた。

 光秀は、ゴクリと唾を飲み込んだ。美濃の守護代、斎藤利政から、将軍家の動きを探るように言われている。そのことについても、どうやって探ったものか思案していたが、心の準備もできていないのに、いきなり出会うと、どうにも気まずい。とりあえず、道端に控えた。……のだが、奉公衆らしき者の一人が光秀の背負う鉄砲に気がつき、刀に手をかけて近づいてきた。

 「お主、背に負っているのは、鉄砲ではないのか」

 光秀は答えに窮した。あいまいにうなずいたが、その男は納得せず、さらに問い質してきた。

 「何故に、鉄砲を持ってこんなところを歩いていた?天下の往来で、それを使って、何をしようというのだ?」

 光秀は黙っていた。正直に、本当のことを話すわけにもいかないが、もっともらしい方便も思いつかない。

 「将軍様の御前であるぞ!その物騒な物を渡してもらおう!」

 他の者も気色ばんで、詰め寄ってきた。

 「それはできませぬ。人に危害を加えるつもりはございませんので、どうかお見逃しいただきたい」

 「見逃せぬ!」

 光秀の言葉が終わるか終わらぬか、叫びと電光石火の太刀が襲ってきた。すんでのところで躱したが、油断なく構え、さらに二の太刀を放とうというのか、その侍はじりじりと近づいてくる。他の者たちも、ずらりと刀を抜いた。銀色に光る刀身を見回して、光秀も刀を抜いた、そのとき――

 藤孝、止(や)めい!

 最初に刀を抜いた男が一瞬、ビクッとしてから、油断なく構えたままじりじりと後ずさり、充分に離れたところで、刀を鞘に収めた。奉公衆とみられる者たちも、同様に後ずさって刀を収め、将軍に頭を下げた。光秀も同じようにする。将軍はうっすらと笑みを浮かべた。

 「儂は、公家衆と争う気はない。そなた、名は何という?」

 公家衆?不審に思いながら、光秀は正直に答えた。

 「美濃の、明智十兵衛光秀にござります」

 ほう、明智…とつぶやいて、将軍は馬に乗ったまま近づいてきた。

 「で?それは使えるのか?」

 光秀は、将軍の真意を図りかねながら、仕方なく答えた。

 「使える物かどうか、見定めようとしておりまする」

 将軍はくすり、と笑った…ように見えた。

 「生真面目な男だな。…お主は、水か?」

 他の者に聞こえぬような小声でそう言われて、光秀はハッとした。争いを止めたのは、自分が抜いた刀身の色が青かったからだ。将軍は、鬼狩りのこと、日輪刀のことを知っておられる!

 驚いて、目を見開く光秀に、将軍は言った。

 「最初に、お主に斬りかかったのは、細川藤孝という。儂の奉公衆でも、一二を争う手練れじゃ。しかし…」

 と言って、藤孝の方に向き直り、

 「あのまま、斬り合っていれば、お主の首が飛んでいくところであったぞ…スパーン!とな」

 細川藤孝と紹介された男は、ちょっと不服そうな顔をした。が――

 「明智殿、もう行かれよ。我らもこの寺に用事があるのだ」

 そう言って、将軍の一行は本能寺の門をくぐった。もう振り返りもしない。細川藤孝とは、お互いに軽く頭を下げた。彼もまた、無言のまま、去っていった。

 

 

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