退形成性星細胞腫の5年生存率は僅か20%とされていた―――だが、今は違う!(ギュッ) 作:推したい人
星野アイがT村に移住してから三週間が経過した。
当初は何もない田舎生活に苦慮していたアイだったが、現在は何とか適応し……、
「おばあちゃーん。食器全部出したよー」
「よぅし。それじゃあこっちに来て手伝ってくんろ」
「はーい!」
なんと、Kの診療所にて住み込みのお手伝いさんをしていた。これにはちゃんとした理由がある。
最初は予定通り診療所から程近い平屋を妊婦が生活しやすいように軽いリフォームができるまで診療所に住むことになっていたのだが……。
『先生大変だ!雪が積もり過ぎて家の一部が崩れちまっただ!』
『なんだと!?』
不運なことに今年の雪は十年に一度というレベルの大雪で、雪の重さに耐え切れずに潰れてしまった部分が出たとのこと。後から判明したことだが、知らぬ間にシロアリに土台や柱を食われていたことも原因の一つだったとか。
これは困ったぞ、とK達は頭を悩ませた。斎藤の両親は既に死去しており親族もおらず、詳しい事情を知っていて尚且つ同性の麻上が寝泊まりしている離れは一人用だ。かと言って村民の誰かの家にいきなり押しかける訳にもいかない……。
ウンウン頭を悩ませていると、意外なところから解決策が提示された。
『なら、私ここに住むよ』
お医者さんいるからいざとなっても安心だし、とアイはニコニコ笑った。
お手伝いのイシさんと看護師の麻上が毎日来るとはいえ男所帯だぞ、とやんわり断っても『黒津くんがサポートするって約束してくれたし♪』と返されてしまった。
『それに先生は佐藤社長の幼馴染なんでしょ?それなら安心だよ』
もうここまで言われては仕方ない。Kはアイと約束を二つ結び、診療所に住むことを了承した。
その約束とは以下の通りだ。
・一人の時間が欲しくなったら遠慮なく麻上夕紀の離れを使うこと。
・雪解けして家の修理が完了したら移り住むこと。
ちなみに、アイがお手伝いをしているのは自主的なものだ。ずっとダラダラしてたら身体が鈍っちゃうから、とはアイの談。Kも負担が少ない作業であるならば、と許可を出している。
ちなみに、斎藤はもういない。村民への挨拶回りを終えると東京へとんぼ返りしてしまった。
それも無理はない。彼はアイ専属のマネージャーではなく苺プロダクションの社長なのだ。当然他のアイドルの面倒を見る必要があり、アイが抜けた穴を必死にリカバリーしている最中である。
「それにしても、まさかおめぇが料理できるとは思わんかったぞ!最近のあいどるっちゅーもんはよぉ分からんが、料理できるのが当たり前になっちょるんか?」
「いやー多分できない子が多いと思うよ?私は必要だったから覚えただけで。……あ、でもさーちゃんはめっちゃ上手だよ。『せんせの胃袋を掴むのは私だ!』って言ってた」
「ほお~それは殊勝な心掛けじゃの。きっと将来は良い嫁になるじゃろて」
「そだねー」
口を動かしながらも、二人は料理する手を動かし続ける。
そして十数分後。綺麗な盛り付けをされたご機嫌な朝食が人数分テーブルに並べられた。
「お、おおおおお~~~。アイちゃんの手料理を食べられる日が来るなんて~~~」
全員が着席する中、富永は滂沱の涙を禁じえなかった。
推しのアイドルが自分の為に朝ごはんを作ってくれた。それだけで彼は今日一日をフルパワーで頑張れる気がした。
もちろん、気のせいである。
◆
朝食が済み後片付けを終えたら、次は掃除と洗濯の時間だ。と言っても、アイに任せられる仕事量はそれほど多くない。
イシさんのサポートがメインということもあるが、妊婦に任せきりにできないという点が大きい。一人にさせておいて、万が一があれば事だからだ。
それらが終われば昼食の準備だ。イシさんから受けた指示に従い、冷蔵庫から材料を取り出し台所に並べる。
まずはキャベツを千切りにする。イシさんほど速くないが、しっかりと正確に刻んでいく。
その次は麺だ。あらかじめ袋をもんで軽くほぐしてから、中火で温めたフライパンに投入する。軽くほぐしながら焦げ目が付くまで炒める。
焦げ目が付いたら次は豚バラだ。麺を皿に移し、空いたフライパンに焼きそば用に切ってあった一口サイズの豚バラを投入し炒める。そして、焼き目が付いたらキャベツ、天かす、麺の順に乗せてキャベツを蒸らす。
ここまで来たらあと少しだ。キャベツが蒸れたことを確認し、全体を混ぜ合わせ、中濃ソースが全体に馴染むように入れてサッと炒めれば完成だ。
「お待たせしました~。今日のお昼ご飯は焼きそばでーす♪」
台車に人数分の焼きそばを乗せ、リビングに入る。今日は急患がいなかったお陰か、全員揃っていた。
~~~昼食中~~~
「ごちそうさまでした~」
昼食を終え、食器を片付けるとアイの仕事はいったん終了する。自由時間だ。
いつもならテレビを観たり散歩に出かけたりするのだが、今日は特別授業が入っていた。
何故なら星野アイは初めての出産という特大イベントの当事者でありながら、妊娠期間中の生活の知識が全くなかったのだ。
これはいかん!ということで暇な時間を見つけてはKが講師役としてアイに知識を仕込んでいる。
「……という訳で星野くんはもうすぐ妊娠中期に入る。お腹も目立つほど膨み、張りや痛みの症状が出る可能性もある。着る服は全てマタニティーウェアに変えた方が良かろう。イシさんの手伝いについては、料理だけなら続けても良い」
「ふむふむ~」
ホワイトボードに書かれた要点をノートに書き込む。アイ自身頭が良くないことを自覚しているので、後から読み返せるようにしているのだ。
「間食については200kcalが上限。具体的にはプリン一個ほどだ」
「……アイスはダメ?」
「食べても良いが週に一度だけだ」
「そ、そんな殺生なぁ~~」
時折じゃれあいを挟みながらも(なお全て受け流される)特別授業を終え、今度こそ自由時間となる。今日は散歩の気分なのか、アイはしっかりと厚着して外に出た。
アイが住む予定の平屋を潰した雪もさすがに三週間経てばほとんど解けているため、転倒する心配はないとKも許可を出している。
「ふんふ~ん♪ふふふーん♪」
生まれてからずっと東京に住んでいた彼女の目には、N県T村というド田舎はとても新鮮なものとして映った。
生命漲る豊かな自然。澄んでいる空気で良く見える星空。16歳の妊婦というとても褒められたものではない自分を温かく受け入れてくれた村民たち。
「おーいアイちゃーん!よかったらウチで茶でも飲んでいきんさい!」
「うん、ありがとーおばあちゃん!」
こうしてお茶のお誘いを受けることもしょっちゅうだ。
アイは笑顔で老婆の誘いを受け、民家へと入っていった。
―――これは余談だが、アイは散歩するときは好奇心の赴くまま、鼻歌を歌いながら色んな場所を見て回っている。つまり、散歩コースはいつもランダムだ。
村の老人たちが孫扱いしているアイと遭遇する確率は低く、ちょうどお茶ができるタイミングで会える確率はもっと低い。このままでは構いたがりの老人がわざわざアイを捜し、家へ招待するなどという抜け駆けが発生するかもしれない。
その為村の集会で『星野アイを無理に招待するべからず。偶然家の前を通ったときのみにするべし』という紳士協定が結ばれたそうな。
◆
時は流れ夜22時。
村に来てから早寝早起きを心掛けていたアイにとって夢の中にいる時間帯だったが、この日はうっかり就寝前のトイレに行ってなかったため、尿意で目が覚めてしまった。
ベッドから下りスリッパに履き替え、トイレへと向かう。
そして問題なく花を摘み、自室へ戻ろうとしたところ……ふと、オペ室から灯りが漏れていることに気が付いた。
(そういえば、オペを生で見たことなかったんだよね)
村に来てから何度かオペ室が使用されたことがあったが、医師でもないアイが見学するなんてことは許されず、いつもリビングか自室にいるように命じられた。
しかし、彼女にも好奇心というものがある。
(ちょっとくらい覗いてもいいよね……)
誘惑にあっさり屈したアイは、そーっと扉の窓から中を覗き見る。
―――そこには、想像だにしなかった光景が広がっていた。
ドラマで見るような機材はなく、そこにあるのは手術台とシャウカステンのみ。
そしてオペ室にいる人間は白衣を着たKと……
(え、あれってもしかして……黒津くん!?)
手術着を着て何やら虚空に向かって手を動かしている一也だった。
(一体何してるんだろ?)
一也の行動は傍目から見れば、手術台の上で何やら手を動かしているようにしか見えない。
―――しかし、B小町の不動のセンターであり絶対的エースでもある星野アイが持つ観察眼は、一也の行動をはっきりと見て取った。
オペだ。
野球選手が素振りするように。ボクサーが鏡に向かって拳を打ち込むように。
いわば、オペのシャドー……『オペシャドー』をしているのだ。
(うわぁ!うわぁ!うわぁ!黒津くん凄い事やってる!!)
これにはアイも興奮してしまう。漫画でしか見たことないような
もっと見たい!できれば最後まで見届けてみたい!!そんな欲望がムクムクと湧き上がってくる……が、アイはハッと我に返りお腹に手を当てた。
(そうだ。私の体はもう私だけの物じゃないんだ……)
睡眠不足は妊婦の大敵。K先生もそう言っていたではないか。
アイはそそくさとオペ室から離れ、ベッドの中に戻る。
(明日黒津くんに訊いてみよっかな……)
若干のモヤモヤを抱えたまま、アイは眠りへと落ちていくのだった。
『双子を産んでからソッコー東京に戻れるものなのか?赤ん坊の負担ヤバくない?』と疑問に思ったので、アイが村に滞在する時間がちょっと延びました。
これでアイを宮坂さんと絡めることができる……!!
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