退形成性星細胞腫の5年生存率は僅か20%とされていた―――だが、今は違う!(ギュッ) 作:推したい人
これからは最低週1更新を目指します。
さすがにタイトルを語録統一するのはキツかった。
そして予約投稿し忘れてて慌てて投稿。
アイが夜のオペシャドーを目撃してから三日。
その間、彼女は一也にもKにもオペシャドーについて訊き出すことができなかった。
Kは西海大からのオペ依頼。一也は東京の実家の用事。
各々の都合により、質問するタイミングを逃してしまったのだ。
ならば事情を知っているかもしれない富永たち他の面々に訊けばよい、という話になるかもしれないが、アイはその選択肢を選ばなかった。
もしかするとオペシャドーは二人の秘密かもしれない。うっかり二人以外がいる場で質問してバレようものなら目も当てられない。
そしてなにより、質問に驚く彼らの顔を一人占めしたい。そんなイタズラ小僧染みた欲求が彼女にはあった。
……まぁ、そのせいで質問できず、モヤモヤが溜まっていくわけだが。
しかし、そんなモヤモヤを晴らせる時が来た。
遂に一也が村に帰ってきたのだ。しかも、都合がいい事に休日でもある。
アイは一也と二人きりになるべく、昼食を終えると一也を供に散歩へと繰り出した。
「ほらほら黒津くん!今度はあっち行こ!」
あっちへふらふらこっちへふらふら。
アイは好奇心の赴くまま、ずんずんと山道を突き進んでいく。
「ち、ちょっと待ってよ星野さん!危ないからちゃんと前を見て!」
そんな彼女の後を追いかける一也は気が気ではなかった。平時なら問題ないような山道でも、今の彼女は妊婦だ。重心は変わっているし、何より転んで下手なところを打ったら流産する可能性もある。
「ダイジョーブだって!私アイドルなんだよ?ダンスだって一番だったしこれくらいヨユーヨユー♪」
アイはブイ!とピースしているが、一也は全く安心できなかった。
一か月弱ではあるが生活を共にしたので、彼女の身体能力は理解している。整備された街中であれば、転ぶことは万に一つもないだろう。
しかし、ここは山だ。
最低限の整備を成されているとはいえ、今踏みしめられている地面はアスファルトではなく土であり、二人を囲むのは人工物ではなく自然だ。
―――だからこそ、この先に起こるアクシデントは必然だったのかもしれない。
山の中腹辺りに差し掛かると、急に開けた場所に出た。木製の柵とベンチがあり、どうやらここは個人的に製作された休憩所のようだ。その証拠に―――
「うっわぁ~~~!すっごい景色……♪」
アイの目に映った景色は壮大な物だった。T村を一望でき、なおかつ雄大な大自然が額縁のように村をめかしこんでいる。朝日や夕日に彩られれば、より一層美しさが際立つだろう。
興奮した彼女は、柵へと寄りかかりながらブンブンと一也へと手を振る。一刻も早く、この絶景を共有したいと思ったからだ。
しかし、それがいけなかった。
長年手入れされていなかった
バキリ、と不運なことに根本が折れてしまったのだ。
あ、と気の抜けた音がアイの喉から発せられる。重力に逆らえず、身体が柵の向こう側へと傾いていく。
命の危機によるものか、アイが認識する世界は急激にスローになる。ああ、ほんとに遅くなるんだな。とどこか他人事のように感心するとともに、後悔の念が溢れる。
今お腹の中には双子の赤ちゃんがいる。自分一人なら不注意による自業自得で済むが、双子は完全に巻き添えだ。
先ほどチラリと見た限り、柵の外側は急斜面だ。崖ではないとはいえ、大怪我は免れないだろう。
せめて、お腹の子たちだけは。アイはお腹を庇おうと身体を丸めようとし―――
「星野さんッ!!」
ガシリ、と大きな二本の腕によって抱き留められた。誰の腕かは、明らかだ。
黒須一也の腕だ。彼は息を切らしながら、しっかりと星野アイを抱きしめていた。
◆
先ほどとは打って変わって、アイは大人しく一也の隣を歩いていた。
一也にこっぴどく叱られたからだ。
『星野さんの体は星野さんだけのものじゃないんですから!』
ぐうの音も出ない叱責だ。反論の余地は1ミリも存在しない。
それに、一也の叱責は本気で自身を案じたモノだった。テレビ局のプロデューサーがやるような、相手を見下しマウントを取るような、悦に浸る為の叱責ではなかった。
だからこそ、アイは大人しく一也の言うことを聞いた。
「ねえねえ!あれナニ!?」
だからと言って、アイのパワフルさが損なわれることはなかったが。
今も目に付いた見知らぬ植物を片っ端から一也に質問している。
「ああ、あれはね……」
それに律儀に答える一也も、相当のお人好しだ。
そんなこんなで散歩を続けていると、突如茂みがガサガサと揺れる。
もしやイノシシ?クマ?……まさか不審者!?
目を輝かせているアイを背中に庇いながら、一也は茂みを注視する。
奇妙な沈黙が場を支配する。ガサガサ、と葉が擦れる音が嫌に大きく聞こえる。
そして、ついに茂みから何かが飛び出してきた!
「……き、きゃわ~~~♥♥♥」
それはニホンカモシカの子どもだった。抱きかかえればすっぽりと腕に収まりそうなほど小さい、可愛らしい子カモシカだ。あまりの可愛らしさに、アイは思わず駆け寄りそうになる。
しかし、一也が行かせまいと全身でアイが飛び出すのを阻止した。
「ダメだ星野さん。カモシカは必ず親子で行動する生き物なんだ。下手に子どもにちょっかいをかけると、近くにいる親を刺激して危険だ」
「むぅぅ……どうしてもダメ?」
「ダメ」
「……そっか。じゃあ見るだけで我慢する」
大人しく一也の隣に立ち、アイはじっくり子カモシカを観察する。しかし、まだ未練があるのかワキワキと両手を動かしている。
そんな葛藤も露知らず、子カモシカはジッと二人を見つめていた。まだ人間の恐ろしさを知らないのか、はたまた好奇心が旺盛なだけか。逃げる様子はない。
首を傾げる子カモシカに、きゃわ~~~と興奮するアイに、それどころではない一也。
三者三様の沈黙が混ざり合い、場を支配する。
―――その沈黙を破ったのは、またも茂みからの闖入者だった。
先ほどより大きく茂みが揺れ、のそりと現れたのは成体のニホンカモシカだった。おそらく子どもを連れ戻しに来たのだろう。子カモシカに顔を近づけ、森に戻るように促している。
それだけならば、微笑ましい光景だっただろう。テレビで流せば、お茶の間を笑顔にするようなほのぼの映像だっただろう。
「ッ!!」
思わず叫びそうになる口を、アイは咄嗟に両手で覆った。叫んで興奮させれば、血に塗れた角がこちらに牙を剥きかねないと本能が察したからだ。
またも沈黙が場を支配する。親カモシカが注意深げにこちらを見てくるが、二人は刺激しないよう視線を逸らす。こちらから何もしなければ、カモシカは興奮する事なくその場から立ち去る。村の老爺から授かった知識を頼りに、一也はアイに危害が及ばぬよう、再度背中で彼女を庇う。
そして一分か二分か。正確な時間は分からないが、ようやく親カモシカは子カモシカを連れて二人の前から立ち去った。
緊張から解放され、はぁ~、と合わせた訳でもなく吐く息が重なる。
「危なかったね……。やっぱり野生の動物って危険なんだ」
「うん。でもちょっと気になるな……」
「気になるって、何が?」
「角に血が付着している割には、体に目立った傷がなかった。動物と喧嘩したならどうしたって傷つくものなんだけど……まさか!」
一也は慌てた様子でカモシカがやってきた方へと走り、茂みを掻き分け森へと侵入する。
「ち、ちょっと待って!」
遅れてアイが駆け出す。幸い一也が獣道を作ってくれたお陰で、迷うことなく彼を追うことができた。
一也の姿はすぐに発見できた。木の根元で片膝立ちしており、何かを揺すっているようだ。
一体何してるの?とアイが一也の背越しに覗き込む。
そして、またもや手で口を覆うことになってしまった。
何故ならば……一也が揺すっていた物の正体は、右腕から大量出血している成人男性だったからだ。