退形成性星細胞腫の5年生存率は僅か20%とされていた―――だが、今は違う!(ギュッ)   作:推したい人

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黒須一也:2

 右腕から止めどなく出血している男性を前に、アイは言葉を失うことしかできなかった。

 それも無理はないだろう。アイドルとはいえ、彼女はまだ16歳の少女だ。

 鼻に届く血の匂い、真っ赤に染まる洋服。五感に暴力的に作用してくる現実(ノンフィクション)の情報量は、テレビ越しに見る創作物(フィクション)の比ではなかった。

 

「大丈夫ですか!?意識はありますか!?」

 

 しかし、星野アイと同い年である黒須一也は、迅速に救命活動を開始した。

 男性の意識が出血多量によって失われていることを確認した彼は、タオルで上腕部をきつく縛り一時的な止血をすると、鞄から文庫本ほどの大きさのケースを取り出した。

 

「星野さん!」

「は、はい!」

「素人のあなたには酷なお願いだけど、このハンカチで血を拭き取って術野を確保してくれませんか?」

「だ、大丈夫だけど、黒津くんだって素人……あっ」

 

 アイの脳内に駆け巡るのは、毎夜行われるシャドーオペの記憶。

 そうだった。彼は決して素人ではない。むしろ腕は医療技術について無知な自分でも理解できるほど優れていて……。

 

「問題ないよ」

 

 一也は血管鉗子で動脈を結紮すると、ギュッと顔を引き締める。

 

「これより動脈吻合を行います!」

 

 

 

 

 

 

 持針器を巧みに操り、縫合針で動脈を吻合する様子をアイは間近で観察していた。

 彼が未成年であり医師免許を持っていなくともオペができることは知っていたが、血管を吻合していく一也の所作は予想外としか言えなかった。

 シャドーオペで技術があるのは知っていた。しかし、シャドーオペはあくまでシャドー。実物相手ではさすがに手間取ってしまうと考えていた。

 しかし。

 

(綺麗……)

 

 持針器を持つ手は淀みなく、迷いなく動かされ、あっという間に動脈が吻合されていく。野外での緊急オペという修羅場でありながらもその光景は一種の芸術の様にも感じられ、アイは思わず見とれてしまう。

 

「よし、吻合完了」

 

 パチンとナイロン糸を切り、血管鉗子を取り外した一也はハンカチで道具に付着した血を拭い、鞄に仕舞う。

 

「え、血管を繋いだだけで終わりなの?」

「本当なら傷口を洗浄して挫滅やドロ汚染の程度を確認してデブライドメント*1したいんだけど、ここには生理食塩水がないからね。それに、輸血する為に血液型を特定する必要があるから診療所にこの人を運ばなければならないんだ」

 

 一也は血で汚れることも厭わず男性を背負い、男性の荷物を肩に掛ける。

 

「星野さん。確かケータイ持ってたよね?▲▲山の麓まで車で迎えに来てくれるように診療所に電話してほしいんだ」

「う、うん。分かった」

 

 アイはスマホを取り出し、診療所へと電話する。幸いにも緊急の患者はいなかったようで、すぐにKと繋がり一連の出来事を伝えることができ『すぐに車を向かわせる』と約束してくれた。

 

「あと星野さん。急ぐからちょっとごめんね」

「え?……あっ、ちょっ」

 

 そして、一也はアイを横抱き……いわゆるお姫様抱っこをして、速足で下山を開始した。

 

 うわ、うわ、うわああああああああ!?!?とアイの脳内が混乱で埋め尽くされる。なにせ生まれて初めてのお姫様抱っこだ。世の全ての女の子が憧れるシチュエーションに、様々な思いが交錯する。

 なんでお姫様抱っこ!?うわぁ体ガッシリしてるムキムキだぁ。おお、二人も抱えているのに足速いなぁ。……私重いって思われてないかな!?

 

「大丈夫だよ星野さん」

 

 え、と顔を上げた先では、一也が笑顔をこちらに向けていた。

 もしかして……私を気遣って伝説のあの言葉を!?

 

「見ての通り鍛えてるから、これくらいへっちゃらさ」

「……案外デリカシーないんだね」

「え!?」

 

 

 

 

 

 

 男性を発見してから30分後。

 アイと一也は診療所のリビングでお茶を片手に向き合っていた。

 二人はあの後無事に下山し、村の人が運転するワゴン車に乗り診療所へと向かった。

 そして、診療所へと到着した後はKに男性を任せ二人はリビングにて休息を取っていた訳だが……。

 

「ほ、星野さん」

「ん、なに?」

 

 二人の表情は対照的だった。一也は親に悪事がバレた子どものようなばつの悪そうな顔で、アイはニコニコと何やら楽しげだ。

 

「じ、実は星野さんに話さなきゃいけないことがあって……いや、別に隠していた訳じゃないんだけど……」

「未成年で無免許なのに医療行為をしちゃった悪い子だってこと?」

「……うん、言い訳はできないな。……そうだね、一般的な感覚からすれば、僕は法律違反を犯した。でも―――」

「大丈夫だよ。私は()()()()が悪い子だって思ってないから。だって、悪い子だったらK先生と二人っきりで夜のオペシャドーなんてやらないもんね」

「……えっ、なんでオペシャドーのことを!?……あ!あと今僕の名前を間違えずに―――」

「あんなに真剣に練習してたんだもん。それに、男の人を助けようと必死に治療する黒須くんの姿はすごくカッコよかったし!」

 

 呆気にとられる一也を気にせず、アイはお茶を一口飲む。

 

「でも、黒須くんが説明したいことがあるなら聞きたいな」

「……うん、ありがとう星野さん」

 

 そして、一也は自身の出自を除く全てをアイに説明した。

 Kの一族の事、幼い頃は東京に住んでいた事、訳あって今代のKである神代一人の下に引っ越した事、Kから直々に技術指導を受けている事、そして……この村の掟の事を。

 一般人からすれば到底受け入れられないような衝撃事実の連続だったが、アイは目を逸らすことなく真摯に受け止め続ける。

 それが己を受け入れてくれた彼らへの礼儀だと、アイは覚悟を決めていたから。

 

 

 

 

 

 その後の顛末を語ろう。

 意識を取り戻した男性は自身を救助してくれた一也(アイはこの村にいることがバレると面倒なため自室に引きこもっている)に礼を述べると、なぜあの場で大怪我を負ったか説明を始めた。

 なんでも彼の趣味は無名の山や森林を探索することで、今回もその一環で▲▲山に来訪したとのこと。

 そして探索途中で子カモシカを発見し可愛がろうと不用意に近づいたところ、子を守ろうと殺気だった親カモシカに襲われ右腕を一突き。出血多量で意識朦朧とし座り込んでしまったという訳らしい。

 そして現在、Kと一也が見送る中、男性は富永が運転する車でT村を後にした。

 

「しかし、思い切ったことをしたな」

「? 何の事ですか?」

「星野くんに全てを話したのだろう?」

「……聞いてたんですか」

「リビングを通りかかった時に偶然、な。まぁ、この村に住んでいれば遅かれ早かれ知っていたことだ。問題はなかろう」

 

 Kと一也は踵を返すと、診療所へと戻る。

 

「あ、そういえばK先生。星野さんやっと僕の名前を憶えてくれたんですよ!」

「ほう、そうなのか」

「はい!これは大きな一歩だと思うんです。この調子で行けば診療所のみんなはもちろん、村の人達の名前だって……」

「……いや、事はそう単純に行かないと思うぞ」

「え?」

 

 一也が頭にクエスチョンマークを浮かべる中、Kはつい先日偶然耳にしたアイと斎藤社長の電話会話を思い出していた。

 

『うんうん、そっちも順調みたいで良かった良かった。でも佐藤社長、さーちゃんばっかに負担押し付けちゃダメだからね~。……え?主治医の名前くらいは覚えただろうなだって?失礼な!それくらい覚えたよ!……え~~~っと、確かぁ…………()()先生だったはず!!』

 

 僅か一文字の通称すら覚えてもらえず、あまつさえ一也に先を越されたという事実に、Kは若干の敗北感を覚えるのだった。

 

 

 

 

 

 

*1
死んでしまった組織をメスで切除すること




という訳で負傷していた男性はストーカーくんではありませんでした。
彼の出番はまだまだ先です(寿命が延びたとも言う)。
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