ある男が、中心駅から徒歩五分ほどの人気の少ない小高い神社の一角に立っていた。
その男の名前は官といい、大柄な体格と、顔色の悪さが特徴の二十代中頃の社会人である。
周辺の夕闇はまだほの明るく、日没まではまだ少し時間がある。
官は早く来すぎたかなと思いながら、備え付けのベンチに腰かけ、うとうととうたた寝を始めた。
今日は1日中、強い風が吹いたが、夕刻になって、徐々に弱まってきた。
しばらくするとその風さえやんで、彼自身の息づかいと、木々のざわめきだけが官の世界の全てになった。
19時50分。
官は立ち上がり、神社の入り口まで歩き、階段のてっぺんから見える風景を眺めた。
街に建物の明かりがつき始めた。
遠くの森にも、ポツリポツリと明かりが差していて、その所々に風車がそびえていた。
赤い太陽の光が、雲の隙間から流れ落ち、山の頂きが残光を浴びている。ふと見上げると、東の空に一番星が見えた。
官は遠くから聞こえてきた石段を登る音に耳を澄ました。
小刻みな靴音がより大きくなっていくのを、ひたすら心待ちにしながら、彼はらしくないイタズラ心で、木陰に隠れ息を潜めた。
しかし愛らしい靴音がいよいよ近づくと、あの小さくて儚い人を怖がらせることが急に申し訳なくなり、逆に自分の所在を知らせるために、足音を立てるように歩き回った。
階段を上りきり、角を曲がって、うろうろしている官をちらりと見た、官と同世代のかわいらしい人、半は、何もなかったかのように、官のいる付近を通りすぎ、神社の奥へと歩いていった。
官は半に『おい、どうした』と声をかけるが、半は振り向かない。
官は仕方なく半の後を黙ってついて歩いた。
半は神社の賽銭箱の前に立ち、ポケットから財布を出して100円を投げ入れ、祈りを捧げてから、官がいる方向へ振り返った。
半はいたずらっ子のような笑みを作り、
『あれ、官、そこにいたんだね。あんまりにも顔色が悪いからてっきり幽霊だと思っていたよ。いやぁ、失敬、失敬。』
官は半のその生意気そうな顔に腹を立てながらも、いまから始まる幸福な時間に胸が踊り、この愛しいひとの芯からの笑顔を見ることが私の人生の宿命であると確信し、なぜだか無性に興奮を覚え、少しでも平静でいようと深呼吸をしてから、なんでもないように装って、
『早く出発するぞ。お前が好きそうな蕎麦屋があるんだ。』
そう言って、彼は半のきゃしゃな腕を取って歩きだし、彼らは薄明るい馴染みの街へと向かっていった。
彼らの会瀬は、まだ、始まったばかり。